奪われて、また奪われる
初投稿となります。
ゆっくりと自分のペースで投稿していきます。
よろしくお願いします。
弟の亡骸を背負って森の中をゆっくりと歩いているのは、まだ年端もいかない少女だ。
背負った宝物は重く、足取りは危うい。
それでも歩き続けるのは、せめて眠る場所は暗い洞窟ではなく、明るく長閑な森の中にしたいから。
この世界が残酷で、自分が無力だと少女が気が付いたのは、12歳の頃だった。
この12年間という短い年月の中で、少女は幾度となく絶望を味わい、利用され、捨てられた。
それをなんとか乗り越えられたのは、かけがえのない弟という存在であった。
だが、神は無情にもその弟すら奪うらしい。
ずっと昔。今は亡き両親は神を信じていた。どんなに辛くても、毎日祈れば願いは届くと。
だが祈れば祈るほど、彼女から大切なものが次々と奪われていく。
神など存在しない。仮にもし存在するなら、その神は酷く自分のことが嫌いなのだろう。
祈れど欠伸をして悲劇を傍観する神など、それは悪魔に等しいのだ。
「あ」
聞いたこともない悍ましい鳴き声と突風。
上から少女の身体に何らかの力が加わり、地面に叩きつけられる。
ふと気が付けば、これまで感じていた重さが消えていた。
慌てて空を見上げると、巨大な鳥が弟の亡骸を掴んで飛んでいるのが見えた。
どうやら埋葬も叶わないらしい。
悪魔は弟の命を奪い、そして亡骸までも奪い去って鳥の餌にするようだ。
「もう死のう、疲れた」
初めて彼女の口からこぼれた弱み。
だが、それを実現できる道具などなく、彼女はまた無力感を味わう。
ずっとこのまま寝転んでいれば、いつか肉食獣がやってきて食べてくれるのだろうか。
来なくても、何も口にしなければいつか死ぬだろうからこのままでいよう。
そう決めて体感では2時間は経っただろうか。
何かがこちらに向かって近づいてくる音が聞こえる。
「お前、こんなところで何してるんだ?」
視界に映ったのは肉食獣ではなく、男の顔だった。
「天気がいいから寝ようとしていただけです」
「そうか、ならやめておけ。この辺りは、最近変な化け物がひしめいているからな」
「大丈夫です。別に死んでも構いませんから」
「なるほど。差し詰め、生きる希望を失った小さな放浪者か」
少女の身なりや汚れ具合からそう判断して、男は少女の隣に座り込んだ。
「いい天気だな」
「……」
「風が心地いいな」
「……」
男の問いには答えず、少女は空を、あるいは虚空を見つめたまま動かない。
男はそんな少女を見て、また質問した。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが。お前はこの世界を憎んでるか?」
再び沈黙が流れる。
だが、その沈黙はしばらくして破られた。
「憎んでないです。でも、何もできない自分は大嫌いです」
その回答に、男はにやりと笑った。
「へぇ。大体お前みたいな奴は、こんな世界はクソだって文句の一つや二つ言うんだがな」
男は意外だと言わんばかりに目を見開き、じっとして動かない少女に目をやる。
「なぁ、ちょっとお前のことをもっと教えてくれよ」
「何でですか? 私の話を聞いてバカにしたいんですか?」
訝し気な視線を男に向ける。
すると男は笑いながら首を小さく振った。
「そんなんじゃないさ。ただ、君に興味があるんだ」
そう言うと男は立ち上がり、寝転んでいる少女に向けて手を指し伸ばした。
「俺の名前はゲール、この世界を救う英雄を探して放浪中の、ただのおじさんだ」
屈託のない笑顔を向けてそう言った。
少女は久しぶりに、誰かに笑顔を向けられた気がした。
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