自分のフィールド
自分のフィールドで戦う。
フィールドといっても「場所」とか「ルール」のような環境のことを言っているのではない。
言葉では言い表しにくいが、あえて言うなら自分の「戦術」の中で戦うといったところだろうか。
今、テコンドーの本部道場にいて、テコンドー道場生の組手を見学して、未惟奈と山中彰の「テコンドールール」での対戦を見て……そして今まさにテコンドー界のレジェンド、黄厳勇師範を目の前にしている。これだけのテコンドーと言う外的環境に晒されれば、知らず知らずに俺の頭の中で「テコンドー」というフィールドに飲み込まれようものだ。
今こうして自分の慣れ親しんだ「構え」「呼吸」「思考」を取り戻すに至ってようやくそのことに気づくことができた。
フィールドは外的要因では決してない。フィールドは自分で作るものだ。そんな当たり前のことを忘れていた。
確かに黄師範の「気が見えない」「感情が見えない」という「異常事態」が目の前に存在した。
しかしそれにしても「外的要因」であることに違いはないのだ。
ならば、こっちからその環境を変えてやればいい。その発想にもっと早くに気づくべきだった。
視界の端に未惟奈の姿が入った。俺はその未惟奈の姿を見て、咄嗟にあるアイデアにたどり着く。
「よし、黄師範に気の動きが見えないなら、未惟奈のような強い気を”こちらから”強引にぶつけてやる」
もともと気の感覚に無頓着だった俺だが、芹沢薫子からの大成拳を習うにつれその感覚は十分にマスターしつつある。芹沢に言わせると、俺がもともと祖父の鵜飼貞夫から大成拳の分派である大気拳を幼少時から実践していたので短期間で多くの奥伝にたどり着けているともいう。
だったらできるはずだ。
俺は今まで「技」にこだわり過ぎて、意識的に自分から未惟奈のように「気」を対戦相手にぶつけるようなことはしてこなかった。しかし、気の動きを全く封じ込めている相手だからこそ、今、それが有効であることがありありと分かる。
体中に気を巡らし……
その気の幅を体外にまで広げる。
いつも未惟奈から感じるような圧に全身が包まれその圧力が俺の意識にのって相手まで到達する。
場の空気が変わった。間違いない。黄師範もそれに気づいている。
だから……決して崩れなかった「能面」のような師範の表情がわずかに変化した。
俺はその瞬間を逃さなかった。激しくステップワークして目まぐるしく動き続ける黄師範との最短距離を瞬間的に見切って俺は練り足で一気に間合いを詰めた。
蹴りで勝負するテコンドーのレジェンドに、恐らく蹴りは当たらない。
だから……俺は最小限の動作で技が完結する一発の中段突きにかけた。
『半歩崩拳、あまねく天下を打つ』
咄嗟に俺は、たった一発の中段突きで誰もが倒れたという、かつて芹沢薫子から教えてもらった郭雲深のエピソードを思い出し、そのイメージをもその渾身の一撃に込めた。
しかし、状況は思いもよらない方向に進んだ。
俺の渾身の一撃が確かに黄師範の中段に刺さった。俺の拳は「相手のダメージ」をありありと感じ取っていた。並みの相手であれば間違いなく、これで沈んだはずである。しかし、黄師範は偉大な武道であり、さらに優れた競技者としてのアスリートでもあった。だからその一撃に耐えた。
しかも俺の一撃で一瞬後退した勢いを即座に回転力に変換して飛び後ろ回し蹴りを放ってきた。この状況でこんな大技を繰り出すことは、空手の常識ではありえない。しかしこれは周りへの印象を狙ったポイント競技者らしい咄嗟の反応だと感じた。この攻撃は確かに想定外だったが俺もすでに自分のフィールドにいる。だから即座にそれに反応した俺は二発目のカウンターの突きを放つ。しかしそれに対しても黄師範は大技のカウンターで反応した。
……それからどれくらいそんな攻防が続いたであろうか?山中彰の「やめ!」の合図が入りようやく黄師範との対戦は終わった。
道場はシンと静まり返っていた。未惟奈ですら顔が引きつっているのが分かった。また審判役の山中彰に至っては顔が青ざめていた。俺と黄師範の攻防が周りにいったいどう映っていたのだろうか?
結局、俺の攻撃は最初の一撃しか入らなかった。しかし俺も黄師範の攻撃はことごとく躱した。
これがもし競技としての判定だったらどうなっていたか?
そんな想像を巡らしたのは、今まさに激戦を繰り広げた相手であり競技を極めた黄師範の影響かもしれない。
今回は「空手ルールで」といって始まった対戦だが皮肉にもポイントルールなら俺の一撃がポイントになって……なんて結果もあったかもしれない。しかし大技を最後まで繰り出した黄師範のオフェンス力は見るものを驚愕させるに値するほどのインパクトであった。むしろ直接打撃性のルールなら黄師範の「積極性」が評価され黄師範に軍配があがったかもしれない。
しかしそれは今となってはどうでもいい。どちらにしてもそれは競技としての勝ち負けの話だ。悲しいかな俺はやっぱり競技者ではなく武道家だから、最後はそこに興味はない。今回、俺は武道家として負けたという気はしないが、勝ったという気も全くしない。
ただ俺は途中からこの攻防をずっと続けていたいというような妙な感覚があった。
楽しかったのだと思う。こんなにも高度な攻防を繰り広げられることに。
きっと黄師範もそうだと思う。
その証拠に、対戦が終わってお互いに握手をした瞬間の黄師範の顔は、ずっと変えることのなかった能面のような張り付いた笑顔ではなく、確かに感情のこもった真の笑顔だったからだ。
そしてはっきりした事実がある。
俺はこのたった一分間の対戦で、計り知れない多くのことを学ぶことになったという事実。
それを今から未惟奈に、春崎に話してやるのが楽しみなくらいに……




