天才カップル!?
「どうだった?翔」
山中彰との組手を終えた未惟奈は俺たちの元へ戻るなり、すこぶる上機嫌に、そう言った。
また未惟奈は、いったいどういった心肺機能をしているのか、1分間あれだけ動いたのに息が殆ど乱れていない。つくづく未惟奈の運動能力には驚嘆せざるを得ない。
「いろいろ感動したよ」
今になってようやく、未惟奈が俺に訴えていた「二人で頑張ろう」という真の意味を理解した俺は涙がこぼれそうになるほどに感動した。だから未惟奈から「どうだった」と問われて咄嗟に出た言葉が「感動」だった。
「ええ?感動?なに言ってんのよ、翔?」
未惟奈にしたらこの答えは「唐突」だったのかもしれない。未惟奈はなんとも可愛らしく「きょとん」と不思議そうな顔をした。
「いや……だから」
俺は少し照れ臭かったのと「いまさら気付いた」なんてことを口にするのが憚られ、言葉が途切れてしまった。
そんなタイミングで春埼須美が助け舟を出してくれた
「未惟奈ちゃん……予想はしていたけど、山中彰相手に初見で互角に渡り合うのって怖すぎるんだけど」
この様子だと春崎須美は、俺のそんな面倒くさい思考を読み取ってフォローしようとした訳ではなく、未惟奈の動きに心底驚き「口に出さずにはいられない」のだったようだ。
「うん、ポイントルールってはじめてだったけど、結構面白かったな」
未惟奈はまるで「ゲームを終えた感想」でも言うかのように涼しい顔でそう言った。
すると山中彰と未惟奈の組手の審判をしていた黄師範が、近づいてきた。
「さすが未惟奈さん、完全にルールに適応していたね。チャンピオンの山中彰と互角に渡り合えるとは正直、私も驚いたよ」
黄師範は「驚いた」と言うわりに、いつもと変わらない感じで淡々とそう口にした。もしかすると黄師範は既にこの結果を予想していたのかもしれない。
また、未惟奈に互角の戦いをされてしまった山中彰の様子といえば……なんとも嬉しそうに他の道場生に手ぶり身振りで今の組手の様子を解説している様だった。山中が悔しそうにしていないのは意外だったが、おそらく山中は対戦中に未惟奈の尋常ならざる才能に気づきすでにその気持ちは「ライバル心」というよりは「リスペクトする気持ち」が勝ってしまったのだろうと想像した。
だからむしろ山中は未惟奈と対等に渡り合えたことを自慢げに話しているのだろう。
未惟奈は俺が安座していたすぐ横に、殆ど腰が触れるくらいの至近距離でストンと腰を下ろした。この距離感は完全に「彼氏彼女」の距離感なのだが、未惟惟奈はこんな風にいつでもどこでも、どんなシチュエーションでも素直にこういった行動をとってくる。
そして未惟奈は上機嫌で話掛けてくる。
「翔、話途中だったけど、どう思った?」
激しく動いたせいで少し紅潮した頬と、少しだけ汗で潤った前髪が彼女の容姿を引き立てていた。
俺はそんな未惟奈の容姿に今更照れながら、なんとか言葉を紡いだ。
「山中彰を見て、伊波に似てると思ったよ」
「お!さすが翔、それに気づいたんだ」
「まあな。むろんムエタイの伊波と、テコンドーの山中では動きそのものは似ても似つかないが、よどみないコンビネーションと技の正確性。そこは明らかに伊波を彷彿とさせた」
「だよね。だから私も前に伊波さんとやった時と同じ轍は踏まないようにちゃんと戦ったんだよ?」
「ああ、それはよく分かったよ。ちゃんとテコンドールールに適応しながら、軸足スライドとか蹴りのカウンターとかテコンドーの動きで戦ってたもんな……見ただけであれだけできるとはな」
「でしょ?凄いでしょ?褒めて、褒めて!」
いつになく機嫌がいい未惟奈は、小さくて形のいい口から真っ白の歯を覗かせながら子供のように笑ってみせた。
「いや、だからもう褒めてるだろ?……てかさ、未惟奈、なにげに「気」のコントロールまでしてたよな?」
「ほほう、ちゃんとそれに気づきましたか。鈍い翔も、武道の話になると流石鋭いね」
「ああ、鈍くて悪うございましたね」
俺はこれについては反論できず、ただ苦笑いしつつ続けた。
「もしかして俺へのヒントの意味もあったんじゃないか?」
未惟奈の組手を見て「感動してしまった」原因である「そのこと」を俺は口にした。
すると未惟奈は目をパチクリして、キョトンとしてしまった。
そして、驚きすぎたのか未惟奈は直ぐには返答をみせなかった。
「言葉を失うほど、俺がそれに気づくとは思わなかったという感じだな」
俺は自嘲気味にそう言った。
「いや、それについては私の中でも明確に意識してたわけじゃないんだけど」
「というと?」
「だから、翔がチャンプアに対抗するなら何が今後必要なんだろうってずっと考えてて……組手中もそれを考えて色々試そうと思っていたのは事実」
そうか未惟奈ほどの才能があると、自分の認識より先に身体がそのように動いていてもそれに気づけないこともあるという事か。しかし少なくとも、未惟奈はそれをやろうとしていたし、それを見て確かに俺は大いにヒントをもらえた訳だ。
……これについては俺の深読みが過ぎたということか。でも未惟奈がそれほど意識していなかったとはいえ俺がヒントをもらえたという事実に変わりはない。
「翔はいつもは鈍い癖に、ほんと武道・格闘技の話になるとずっと先まで読まれちゃってついていくの大変だよ」
「いやいや、同じ言葉を返してやるよ」
「え~!私が普段鈍いって言いたいの?」
「いや普段じゃなくて、未惟奈だってさっきの山中との組手見ればどんだけ先に行くんだよって思ったさ」
「じゃあ、私たちは天才カップルだ」
そう言って周りの目をはばかることなく未惟奈は俺の右腕に両腕を絡めてきた。
「こらこら、よその道場来てイチャイチャしない」
さすがにその様子を見かねたのか、春崎が呆れ顔でそう突っ込んできた。
見ればテコンドー道場生全員の驚きの視線がこちらに向けられていることに今更気付いていしまった。そりゃこんな冴えない普通男子が未惟奈とベタベタしていたら異様な風景に見えますよね~。
俺は背中から嫌な汗が流れるのを感じた。
そんな状況の中、黄師範だけはやはり涼しい顔を崩さず生暖かい目でこちらを見ていた……




