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二人の戦い

 空手やキックボクシングと比べるとはるかに広いテコンドーのスタンス。


 その理由は、足への攻撃がルール上禁止されているためローキックを警戒する必要はないことがひとつ。さらに彼らの組手を見て「当てること」を最優先するなら脚はなるべく「相手に近いことろに置く」ことがどうやら重要であろうことが分かった。


 つまり彼らが広いスタンスをとるのは、空手家がやるように「重心を低くする」ためではなく「前足をなるべく相手の近い位置に置くため」にそうしてることが理解できた。


 前足が相手に近くなるということは簡単に言えば「間合いが近い」ということになる。だから彼らは状態をやや後方に倒して「上半身の間合い」は十分確保していることが「なるほど」と思えた。


 俺や未惟奈のような空手家からすれば、違い過ぎるテコンドーの構え。それを「山中彰風」に瓜二つにコピーした未惟奈。


 自分の構えをマネされたことに気づいたであろう山中彰の顔が少しだけ強張ったのが分かった。おそらく山中にしても、未惟奈の有栖天牙とのエキシビジョンマッチをはじめとする未惟奈の尋常ならざる戦闘力は過去の映像などで知っていたはずだ。


 だから大いに警戒もしていたとは思う。


 しかし、このテコンドー道場に入って僅か20分程度で自分の構えを寸分たがわず「マネされる」とは流石に予想していなかったに違いない。


 山中彰から最初に感じられていた「鋭利な刃物」のような緊張感が、一瞬「動揺」に変わったと思った刹那、その機を逃す程、未惟奈は甘くなかった。


 未惟奈は山中同様に広くとったスタンスから、その前足を音もなく「フワリ」と浮かせた。その軽く前足を浮かした、そのほんの僅かな勢いを利用して未惟奈の軸足がまるで氷の上をすべるフィギアスケーターのようにスルスルと山中に向かって滑り出し、気付けば未惟奈はサイドキックの姿勢でその前足が山中の腹部に吸い込まれるように届いていていた。


 山中は「意表を突かれた」かたちとなり、未惟奈の最初の一撃をまんまと腹部にもらうことになってしまった。


 端から見ると「軽く当たった」だけに見えた未惟奈の前足だったのだが、山中は弾かれたように後方に飛ばされた。なんとかしりもちをつくことなく踏みとどまった山中だが、体勢は大いに崩れた。ここで未惟奈が「倒すため」に追撃すれば、おそらく山中はこの場で倒されたいたことだろう。


 でも未惟奈はそうはしなかった。未惟奈は山中が体勢を立て直すまでしっかりと待ってから再度山中と向き合った。未惟奈はしっかりと「テコンドールールで対戦する」ことを実行していたのだ。


 未惟奈の「速すぎる」動きを警戒した山中は、開始直後よりも間合いを遠くとった。山中の表情は明らかに動揺している。当然だ、全日本チャンピオンがテコンドー経験のない自分より明らかに体格の劣る未惟奈の初手をこんなにもあっさり貰ってしまったのだ。


 しかしさすが全日本チャンピオン。そんな未惟奈に即対応して「リーチに勝る」山中は、遠い間合いから……つまり未惟奈の攻撃が届かない間合いを頑なにキープしながら、彼しかできない淀みない連続攻撃を機関銃の如く浴びせてきた。


 その連続技はまるで格闘技ゲームを見るかのように華麗で洗練されたものだった。山中のそんな動きを見て俺は咄嗟に天才ムエタイ少女「伊波紗弥子」のことを思い出した。


「山中彰、伊波紗弥子に似てるでしょ」


 そんな俺の心見透かしたかのように、突然春崎が言った。


「もしかして、それを想定して山中彰を?」


「私がお願いした訳じゃないわよ?ただ黄師範に今回の趣旨を説明する過程で、伊波ちゃんの映像を見せたのよ」


「そうか、黄師範が伊波の洗練された連続攻撃と山中彰との共通点に気づいて」


「ええ、一瞬でそれを見抜いていたわ」


 黄師範……さすがだ。テコンドーとはまるで動きの違うムエタイ伊波の動きを見て、その「見かけの動きではない」その背後にある「洗練された連続攻撃」という要素を即座にたどり着いた。


「それにしても未惟奈ちゃん凄いわね。あの山中彰に一撃入れるなんて」


「なんなんですか?あれは……一瞬フィギアスケーターかと思いましたよ」


「あはは、確かにあんなにきれいな軸足のスライドを一瞬でマスターするなんて世界広しと言えども未惟奈ちゃん以外にいないでしょうね」


「言えてる」


 未惟奈が最初にやって見せた、スケーターのような軸足のスライドは、テコンドーでは皆が使うポピュラーな技術とういことは、さっき見せてもらった組手でよく分かった。でも未惟奈は誰よりも上手くそれをやってのけてしまったのだ。そう、チャンピオンの山中すら反応できないレベルで。


「やっぱ凄いな、あいつ」


 ……目の前で「世界級の才能」を見せつけられ今更ながらそんな当たり前の感想が口から洩れていた。


 しかし、驚くのはこれに止まらなかった。


 その後も、未惟奈はことごとく山中の攻撃をかわした。俺はそれだけなら驚かない。未惟奈の身体能力をもってすれば「避けるだけ」に集中すれば造作もないはずだ。しかし未惟奈は「避けるだけ」ではなくさらに驚くべきことを2つしたのだ。


 一つは、その山中の攻撃「全てに」「蹴りによる」カウンターを合わせていたこと。テコンドーの組手のもう一つの特徴が「蹴りへの蹴りによるカウンター」というのは俺もすぐに理解した。未惟奈はそれをすでに山中相手に的確にやってのけていたのだ。


 そしてもう一つ。これには心底、震えがくるほどに驚いた。なんと明らかに未惟奈は「気の動き」をコントロールしていた。つまり伊波とのスパーリングではそれが出来ずに「悔し涙を流していた」はずなのに……既に未惟奈は俺が芹沢薫子から学んだ大成拳を「見よう見まね」でマスターしつつあることを意味した。


 山中彰の攻撃を「気の流れ」で見切る。これは伊波の攻撃より山中の攻撃が劣っているという意味ではない。むしろ経験に勝る山中の方が伊波の攻撃力を凌いでるといえた。それに加えてテコンドーという他流の動きの中で、未惟奈はすでに「伊波攻略」の糸口をとっくに見つけていたのだ。


そして俺は気付いた。


「翔は何にも分かってないな」


 俺はこの組手の前に未惟奈が言っていた意味に。つまり……


「そうか、これを俺に見せるつもりだったのか」


 そうだ、これは未惟奈自身の伊波対策だけでなく、俺が最強ムエタイチャンピオン「チャンプア・プラムック」と対戦するためのヒントを未惟奈なりに俺に見せているに違いない。


 未惟奈はしきりと「一緒に試合頑張ろうよ」と言っていた。未惟奈は試合が決まったその日からすでに「一緒に頑張る」ことを意識して「俺の分まで」研究していてくれたことを、まざまざと今、見せつけられれてしまったのだ。


「翔は鈍いんだよ」


 俺は未惟奈によくそうなじられる。


 でもこの時ほどそれを痛感したことはない。その通りだ。そしてそんな未惟奈の「気持ち」を目の当たりにした俺は不覚に込み上げてしまい涙がこぼれそうになった。


「そうか、俺たちは二人で戦っているんだな」


 恥ずかしながら、今ようやくそれに気づいた。


 確かに俺は鈍すぎた……


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