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観察の力

 道場生の組手が概ね一巡したころだろうか……


「私も組手をやらせていただいていいかしら?」


 ずっと道場生が行う組手を見ながら丁寧な解説をしてくれていた黄厳勇師範に未惟奈が突然、そんな提案をした。


「あれ、もうできるのかな?」


 黄厳勇師範は少し面食らったようだったが、涼しい笑顔は崩さずにそう返した。


「おい、まだ早くないか?」


 道場に入ってものの20分程度だ。いくら未惟奈でもそんな短時間「見ただけ」でこのトップクラスのメンバー相手に組手をするには無理があるように思えた。


 未惟奈がこのメンバーに「対応できない」ということはないだろう。いつも通りに戦えば例えトップクラスの道場生とて未惟奈を凌ぐのは難しいはずだ。問題はそこではない。今の目的はテコンドールールで未惟奈がちゃんと動けるかどうか、ということなのだ。特に俺が恐れていることは……


「コントロールできるのか?」


ということ。


「あら?私が一撃で相手を倒しちゃうなんて思った?」


「え!?」


 俺がまさに一番気になっていたことを、いきなり未惟奈が口にしたので驚いた。


「フフフ、やっぱそうね。翔の考えることなんか全部分かるんだから」


 未惟奈は勝ち誇ったように言った。


「あらあら、仲のいい事」


 未惟奈ほどではないにしろ、俺の隣でずっと道場生の組手を真剣に見ていた春崎がまた茶々を入れてくる。


 俺は「惚気のろけ」ていたわけではないのだが、端から見るとまたバカップルのように見えるのかと少しだけ照れて頬が火照ってしまった。


 対して未惟奈のと言えば……春崎の言葉に、自慢げにピースサインをしている。いや、そのリアクションはおかしいだろ?バカップルにしてるの未惟奈説あるな……


 さて、未惟奈がこの組手に混ざって「いつものように」光速の一撃を放ったら「相手が危険」だ。


()()()()テコンドールールで動けるのか?」


「翔って全然私のこと分かってないよね?」


 未惟奈は少しむくれて言った。


「フフフ、じゃあ未惟奈さん。やってみましょうか」


 そんな俺と未惟奈のやり取りを見ていた師範が、ほほ笑みながらそう返してくれた。はたして黄厳勇師範はどこまで未惟奈の危険性を把握しているのか?


 先に春崎は「黄厳勇師範を俺に会わせたい」と言った。その言動から黄厳勇師範はきっと只者ではないのだと思う。春崎がそう言うならきっとそうだ。


「大丈夫なんだよな?」


 流石に師範の前でテコンドーチャンピンの面々に対して「手加減しろよ」と言うのは憚られたので、俺は曖昧にそう言った。


 未惟奈には俺の意図、つまり間違っても相手を瞬殺KOなんてしてくれるなということは伝わったはずだ。


「まあ見てなさいよ」


 未惟奈は不敵に笑んだ。


 *  *  *



 未惟奈が立ち上がってアップを始めると、流石に組手を続けていた道場生の視線も一斉に未惟奈に集まった。期待に目を輝かせる女子ジュニアの選手もいたが、男性陣の……特に全日本チャンピオンの面々からはピリピリとした緊張感が走ったように感じた。


「山中彰、未惟奈さんの相手してもらえるか?」


 黄厳勇師範がそう指名した相手は、さっきの自己紹介で確か全日本ライト級のチャンピオンと言っていた。しかも、全員の動きを見ていた中で「頭一つ飛び抜けた」動きを見せていたのがこの山中彰だった。


 淀みないコンビネーション、当て感、間合いのコントロール……どれをとっても洗練されていた。そして元々の身体能力も高いのだろう。


「未惟奈さんよろしく」


 山中は、顔色を変えずにまるで自分が指名されるのを知っていたかのように直ぐに反応した。


「よろしくお願いします」


 未惟奈は、そう言っていつになく丁寧に頭を下げた。こんな未惟奈の反応を見ると、いつも無粋な態度でヒヤヒヤする未惟奈ではなくなってきているのは確かだ。最近「自分でもトラブルを起こさないように努力している」と言っていたことがこんなところからもうかがえた。


 ただ未惟奈は頭を下げた後、俺の顔をチラ見して「どう?偉いでしょ?」と言わんばかりのどや顔してた。いやいや、これ普通の対応だから。それにいちいち俺にそんなアピールいらないから……


「フフフ、未惟奈ちゃんカワイイね」


 やっぱりそんな未惟奈の態度に気づいてた春崎がほほ笑みながら言った。


 いままで組手をしていたメンバーは山中を除いて、壁際にはけた。……道場の中央には未惟奈と山中が向かい合う。


 その二人の中央に審判役の黄厳勇師範が立った。


 道場内にはシンと静まり返り、未惟奈と山中両名から放たれる緊張感はまるで鋭利な刃物を彷彿とするほど鋭すぎるものだった。


 ただ、未惟奈は確かに鋭い緊張感を放っているもののいつものような強い「圧力」を感じる程に感情をむき出しにしていないようだった。


「では1分だけ、やってみようか」


 黄厳勇師範が静かに言うと、未惟奈は「はい」と言いながら黄厳勇師範を見ながらゆっくり頷いた。



「ではお互い構えて!」


 黄厳勇師範がそう言うと、山中彰はさっきの組手で見せていたようにさっと間合いを開けてテコンドー独特の広いスタンスで構えた。


 それに遅れて未惟奈が……構えた。


「え?」

「え?」


 俺と春崎の声が被った。


 二人がそんな声を上げてしまう程に、未惟奈の「構え」は意外なものだったのだ。


「ははは、流石未惟奈だな」


 そう、未惟奈がとった構えは、全日本チャンピオン、山中彰をそっくりそのままコピーしたものだったのだ。

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