不意打ち
俺がいる場所から半径10mくらいにいた学生がほぼ全員、一瞬で俺に注目するのが分かった。
ザワザワした学食内だったので、まさか周りの学生が俺らのことに関心あるなどと想像していなかったが、どうやら未惟奈と檸檬という校内二大美女が会するこの場がこの学食にいる学生の関心を大いに引いていたようだった。
俺は全身に数えきれないほどの視線を一気に感じて背中から汗が噴き出してきた。
「ええええ!!ど、どうした!翔くん!」
そんな注目が集まるところに追い打ちを掛けるべく浅沼美香がそんな大声を出してしまったのでなおのこと俺はこの場で注目の的になった。
「おい、翔!!何ふざけてんだよ?」
ただ護は冷静だった。
俺の告白がまさか本気とは思わなかったらしく、苦笑いをしつつなだめるようにそう言った。
檸檬は、俺と未惟奈の関係のことは概ね分かっている。しかし流石に俺の告白を目の前で見せられるとは想像していなかったはずで、案の定、檸檬の綺麗な切れ長の目が丸くなるほどに見開かれて絶句していた。
さて俺の告白を受けた当の未惟奈といえば……
父、エドワード・ウィリスというアメリカ人の血を引く彼女は驚くほどに真っ白で透き通った肌をしている。その透き通る程の白い肌をした未惟奈の顔面が真紅に染まっていた。そしてその大きく力のある目はまるで怒っているかのように俺を睨みつけていた。しかし未惟奈は怒っている訳ではない。未惟奈がこんな表情をするときは決まって恥ずかしいということを俺は知っていた。
「な、なんで『好き』が『愛してる』になってるのよ」
そう言った未惟奈は明らかに動揺していた。
「それは、ほら……やっぱ最終的な告白は男からでないと思ってさ」
俺は未惟奈から先に「好き」と告白されてしまっていた。もちろんすぐに俺も同じ気持ちであることは伝えた。
ただ未惟奈もそれが大いに不満だったのだと思う。だからこんな強引な形をとってまでして「仕切り直し」をしたかったに違いない。
俺はこの時代に男だ女だという差別意識をもちだそうとは思わない。それでも俺の中では告白は女子ではなく男子からという価値観を持っていた。
だから未惟奈にここまでお膳立てをされて、未惟奈が想定していたであろう「好きです」という応えをそのまま告げても、それはそれで情けないなんて思ってしまったのだ。
それならばと、俺は「好き」の上位互換である「愛」という言葉をあえて使った。ただの強がりなのかもしれない。しかし咄嗟のことだったので実際のところここまでの分析をしていたわけでもなく「愛してる」という本音が口をついてしまったという可能性もあると思いたい。
さて、俺たちがいる一角だけ、俺の公開告白劇でシンと静まり返ってしまった。その緊張感はすでに学食全体に波及してついには学食全体が俺たち一同に注目するという状況になっていた。
そんな異常な状況の中心にいる俺は背中から噴き出していた汗がすでに背中をつたって腰まで滴る勢いであった。
そういえば未惟奈との「出会い」というエピソードの時も、体育館の舞台で全校生徒に注目されていた。そして奇しくも「告白」という重要な場面でも同じような注目をされてしまっている。俺と未惟奈はそんな運命なのかもしれない。
未惟奈は未だに真っ赤に赤面しながら俺を睨みつけている。その視線は端から見れば敵意をもっているように見えてるだろう。
なかには俺の突飛な告白で、未惟奈が激怒していると思った生徒もいるに違いない。
ただ未惟奈の「言葉」はそんな怒りの表情とは裏腹なものだった。
「べ、別にいいけど」
未惟奈は”らしくない”蚊の鳴くような声でそう一言呟いた。
んん?!……別にいいとは?付き合ってもいいという応えなのか?
俺は恐らくうぬ惚れていたのだろう。この中途半端な答えに少し不満を覚えた。
だからついこんな言葉が口をついた。
「え?なんだよ、そのしかなくOKするみたいな感じ?」
「だ、だって想像した通りに翔が応えないから」
「いやいや、未惟奈の想像通りの正直出来レースに乗らされるだけじゃね」
「出来レースとか言わないでよ。全くなんでそんな偉そうなの?」
確かにそうだ。あのウィリス未惟奈に対してこの物言いは端から見たどうみてもおかしい。あまりに普通過ぎる俺が未惟奈にこんな上から物申すなんてあり得ない話だ。
そんな俺と未惟奈の関係を、鋭く察知した上沼美香が反応した。
「いや、驚いた。二人って実はそこまでの関係だったんだ」
半ば口をあんぐりと開けたまま彼女はそんなことを言った。
しかし、概ね状況を理解したであろう檸檬は、姉らしい優しい笑みを俺に向けていた。
「お、おい翔?どうなってんだよ?お前未惟奈ちゃんの弱みとか握ってるのか?やめとけよその辺で」
護はこの状況を全く理解できない。なんとか護なりにこの異常な状況を解釈すると、俺が未惟奈の弱みを握って強気に未惟奈に付き合ってくれと強いていると思ったらしい。
そんなことするかよ!
いや、でもこの護の反応こそ普通の反応なのかもしれない。それぐらい俺が未惟奈と付き合うという事態はここにいる学生の理解を超えていた。だから概ね、今周りで俺達の会話に耳をそば立てている学生も護と同じことを思ったに違いない。
今度は俺が未惟奈を射るような目でじっと見つめた。未惟奈の言葉を待っているのだ。
もっと違った答えを未惟奈から欲しかった。
だから俺は未惟奈の「応え」をじっと待っていた。
しばらく無言のまま俺と未惟奈と視線が交錯していたが、ついに観念したのか未惟奈は表情を緩めて”ほぅ”と小さく息を吐いた。
そして何かを覚悟したような顔をした。
と、次の瞬間俺は未惟奈の全く想定外の行動に全く反応できなかった。
未惟奈は持ち前の電光石火のスピードで間合いを詰めて俺の顔面に向けて光速の攻撃を放ってきたのだ。
俺は流石に想定外すぎる未惟奈の動きに虚を突かれた。今までに未惟奈とは何度も対戦しているがこの時「初めて」未惟奈の攻撃をまともに受けてしまった。
未惟奈の攻撃は常人離れしたスピードであったにもかかわらず、その攻撃はやさしく俺の顔面に吸い込まれてた。そして俺は唇に感じたそのあまりに柔らかい感触で全身に電流が走ったかのような衝撃を受けた。
未惟奈の容姿があり得ないくらい美形であることはほぼ毎日一緒にいる俺が一番よく知っている……はずであった。
超至近距離で、未惟奈の顔が視界一杯に広がっていた。閉じられた切れ長の目。そこには長くて美しいまつ毛があった。小さくて形のいい鼻。赤く染まって熱を帯びた日本人離れした白い頬。そんな美しすぎる造形美と唇に感じる感触に俺は眩暈を起こしそうになった。
ジャブのように軽く当てるのではなく、空手の直突きのようにしっかりとしたインパクト。しかも接触時間も3秒程度はあったように思う。
俺は不動明王になったかのように背中が燃えるように熱かった。
ようやく俺の身体から離れた未惟奈は、相変わらず睨みつけるような目つきを俺に向けていたが、その目はいくらか熱をもって潤んでいるように見えた。
そして未惟奈は動揺収まらぬ表情で口を開いた。
「こ、これが私の応え。これならいいでしょ?」
「あ、ああ……も、もちろん」
なんとも情けないが、俺はこれだけ言うのが精いっぱいだった。
結局、俺が先に未惟奈の想定外の「愛している」という返事をしたのに、それをはるかに上回る想定外すぎる「応え」を未惟奈に返されてしまった。
ここで気の利いた一言を返せるほど俺は恋愛に慣れてはいない。
この場で、こんな行動に出れる未惟奈はやはり只者ではない。だがそれでも未惟奈の本気度があってこその行動であることには違いがない。俺は今、あらためて未惟奈の本気を文字通り「この身」で思い知らされることになった。
さて、未惟奈の俺への突然のコンタクトに学食内は騒然となってしまった。あちらこちらで悲鳴とも思える男子の叫び声が聞こえた。
流石に護も衝撃のあまりなのか、石のように固まっていた。
「み、未惟奈ちゃん……イケメンすぎる」
浅沼美香がため息交じりにそう言った。
「れ、檸檬さん?こういうことだから……その」
未惟奈はいきなり檸檬に話しかけた。
「え!?わ、わたし!?」
檸檬は突然話を振れて流石にしどろもどろだった。
「多分、檸檬さんの協力もあったと思うから……その、あ、ありがとうござました」
俺は未惟奈の言葉で理解した。
未惟奈は檸檬の前で俺との関係を宣言することだけを目的とした訳ではなかったのだ。
未惟奈は檸檬に、この結果を見せて「ありがとう」と言うことこそ真の目的であったと思った。
やっぱり未惟奈は、性格が激しすぎるから誤解されやすいが根が正直でこんなにも真面目な少女なのだ。
「未惟奈ちゃん?それは私のセリフよ。ホント……ホントにありがとう」
そう言って檸檬は涙ぐんだ。
先に檸檬は、自分が原因で俺が他の女性を好きになれないことに責任を感じていたと告白してくれた。でも今まさにそんな檸檬の責任をもこの未惟奈は解放させてしまった。
俺が言うのは全くおこがましいと思うが、未惟奈は凄い女性だ。いや凄いんじゃない俺からしたら世界一素敵な女性なんだ。
そんな素敵な女性が俺みたいな普通の男子を好きになってくれたという奇跡にただただ感謝するしかない。
「後だしで情けないんだけど……二人ともありがとう。ホントありがとう」
俺はそんな言葉が自然に口をついた。
檸檬はついに涙を流してそして未惟奈まで目を真っ赤にして俯いてしまった。
「じゃ、じゃあ翔……また」
未惟奈はおそらくあふれてしまった涙を見られないよう俯きながら言った。そしてそそくさと後ずさりしてから急回転して走り出してしまった。
未惟奈は食事もせずに、また流石世界のアスリートらしく人込みを潜り抜けてあっという間に学食を後にしてしまった。
緊張の解けた俺はその姿をただポカンとして見送るしかなかった。
しかし。
この場がまだ納まりつくはずもない。
「か・け・るー!!」
そう言って護が俺の胸倉をつかんだのをきっかけに男子生徒が周りに押し寄せて俺はなすすべもなくぼろ雑巾のように揉みくちゃにされてしまった。その後しばらく男子生徒達によって学食に軟禁され罵声、泣き言を散々と浴びせられた。
結局俺は昼飯にありつけずようやく解放されたのは昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いた後だった。
仮に食事をしてもあまりの精神的動揺で飯が喉を通ることは極めて困難だったろうからいいのだが……




