ええい!ままよ!
俺はいま、普段めったに使わない学食にいる
いつも昼食は弁当なので、教室でさっさと済ませることが多い。最初のうちは弁当派が多かった教室も今ではほとんど学食派になっているので大抵は一人寂しく昼食をとっている。
ただ今日に限って、母親が寝坊したため弁当がなく学食に来ているのだ。北辰高校の学食は体育館脇にあるプレハブで、教室の寂しさとは違い昼休みには食券販売機の前で学生が列をなしている。
学食のメニューは概ねスーパーマーケットのフードコートと同じと思ってもらえば間違いない。麺類、定食がメインでどんなに高くてもワンコインでおつりがくる。
「あれ?珍しく学食かよ?」
声を掛けてきたのは及川護だ。護は同じクラスの数名の輪の中にいたが、その輪を離れて近づいてきた。護は俺と違って社交的なのでいつもクラスの輪の中にいる。しかし中学時代からの腐れ縁でより気楽に接することができるのか俺を見つけると近寄ってくることが多い。未惟奈狙いという説もあるが……
「ああ、今日、母親が寝坊してさ、弁当なし」
「そうなんだ。檸檬さんが代わりに作ってくれるとかないの?」
「ないない。檸檬だって今日は学食なんじゃないの?」
「えっ!ってことは檸檬さんいるかな?」
「さあ、いるかもな」
俺は適当にそう答えたが、護は目を輝かせた。やっぱり護が俺に近づく理由は檸檬目当て、もしくは未惟奈目当てだな。
「さがそ!さがそ!」
「おい、いつもは未惟奈、未惟奈と言っておいて今日は檸檬か?それは節操なさすぎだろ?」
護は女性に対する興味を全く恥ずることなくガンガンと行動する。俺にはとてもまねのできない芸当だ。
「なんだ、なんだ?おまえのシスコンぶりも相変わらずだな?それを言うならおまえにも同じ言葉を返してやるよ。檸檬さんという美人な姉がいるのに未惟奈ちゃんとも仲がいいとか節操がないにもほどがある」
少しだけギクリとする。護は俺の檸檬への特別な感情のことは知らないから、深い意味はないのは分かっているのだが。
「どういう理屈だよ?檸檬は姉弟だからノーカウントだろ?」
「じゃあ翔は未惟奈ちゃん一筋とでも言いたいのか?」
「まあ端的に言えばそうだ」
「なに!お前やっぱ未惟奈ちゃん狙ってんの?」
「いまさら何言ってんだよ?この学校で未惟奈が気にならない男子探す方が難しいだろ?」
いつもは護の前で未惟奈との関係は適当にはぐらかしていたが、あえて今日ははっきりと口にした。
護とそんな話をしていると、学食の入り口辺りが一瞬ザワザワしたので、俺はなんとなしに視線を移すと、そこには未惟奈の姿があった。
相変わらず未惟奈が通ると、そこにはスター特有のオーラで一般学生の態度が浮足立ち直ちにざわついた空気になる。
そしてこういう時は異様に目ざとい護が早速に反応した。
「あ、未惟奈ちゃん!翔いるよ!」
大声で未惟奈を呼んだ。しかもなんだよ?俺がいるから来なよ的な誘いは?
「おい、だから俺をだしに使うなよ」
しかし未惟奈は護の声に気付くと視線を俺に合わせて、スタスタと近づいてきてしまった。
「未惟奈ちゃん!一緒に食べようか?」
そう誘った護に軽く微笑を向けてスルーする未惟奈。
「珍しいね、翔が学食とか」
未惟奈とは毎日のように会っているのだが、なぜか学食という場面で会うのが初めだったので妙に新鮮だった。
「未惟奈はいつも学食?いいのか?アスリートの栄養バランスとか考えるとこの学食じゃあ随分問題ありそうだけど?」
未惟奈ならウィリス父オリジナル栄養食とかで三食管理されていそうなイメージだ。
「いいのよ、私はアスリートじゃなくて『武道家』だから」
未惟奈は俺の口真似をしながらからかうように言った。そしてからかわれたはずの俺の口角はがうっすら上がってしまった。それは俺の影響で未惟奈がたとえ冗談でも武道家だと言ったことがことのほか嬉しかったのだ。
「翔、檸檬さん向こうにいるみたいだから合流しましょ」
突然未惟奈が言った。
「は?檸檬に会ってなに話すんだよ」
「決まってるでしょ、私たちのことよ」
「私たちのことって……」
「その様子だと檸檬さんとの話はついたんでしょ?」
未惟奈はまた俺の表情の変化を瞬時に読み取ったのだろうか?俺が檸檬への未練に『かたをつけた』ことを見抜いている様子だった。
「未惟奈ちゃん?何の話?」
当然、俺でもついていけない未惟奈の話に護がついてこれるはずがない。
「及川くん、この件は聞かないでもらえるかしら」
またもや未惟奈は満面の笑みを向けて切り抜けようとした。
護もクラスでよほど塩対応されているのか、この笑顔だけで例によって満足して黙ってしまった。これにはさすがの俺も護が少し気の毒に思えてしまった。
未惟奈はまるであらかじめから檸檬の居場所が分かっているかのようにスタスタと学食の奥に進んで行ってしまった。俺と護はただ慌ててついていくしかない。
果たして、檸檬は親友の浅沼美香と二人で確かにいた。
「こんにちは、檸檬さん、美香さん」
未惟奈は二人に迷うことなく声を掛けた。
「あら、未惟奈ちゃん!」
檸檬は少しギクリとしたようにそう反応した。
「未惟奈ちゃん、久しぶりだね。また翔くんといるんだ」
浅沼美香は笑顔で少しからかうように未惟奈に言った。
「美香さん、まだ未惟奈が陸上やらないこと根に持ってるの?」
俺は話がややこしくならないように、直ぐにそう返した。
浅沼美香は檸檬の中学時代からの親友で中学、高校と何度か家に来ているので俺はよく知っている。そしてなぜ未惟奈が彼女を知っているのかは浅沼美香が陸上部のエースだからだ。
未惟奈が転入当初、この浅沼美香から猛烈な勧誘があったらしいことは未惟奈本人と檸檬からも聞いていた。彼女は未惟奈が陸上部に入らないのは俺のせいだと思いってるらしい。まあ、事実だから言い返せないんだけど。
浅沼美香は中性的な整った容姿で、むしろ女子に人気があるというタイプの美人だ。日焼けが残った肌とスポーティーなショートカットがいかにも陸上部のエースを思わせた。
「いや三人もの美人が集うとなんとも壮観だな」
護は話には全く入れないのだが、この場にいるだけで満足なようにそう言った。
「翔、ここで言うことがあるでしょ」
未惟奈がいきなり俺にそんなことを言った。
「え?何の話?」
俺は訳も分からずそう答えた。未惟奈はいつも言葉を端折りすぎるのでついていけないことが多い。
「今度は、翔から言ってよ」
「だから、何をだよ」
「ほんっとに鈍いんだよ!翔は」
未惟奈は睨みつけるような鋭い視線を俺に送っていたが、その表情は怒っているというよりは少し照れているように見えた。
まさかここで俺に公開告白しようなんてことを言ってないよな?
俺がそんな焦りの表情をしたのを未惟奈は相変わらずの鋭さで察知してしまったようだ。
「分かったなら言ってよ」
檸檬と美香さんはポカンとして未惟奈の言動が理解できていないようだった。護は……何か嬉しいのかいまだニコニコしている。
未惟奈は俺の檸檬への未練はもうないということを見抜いている。そうでなければ檸檬の前でこんなことを俺に要求はしまい。
それにしても檸檬の目の前で、俺の気持ちをはっきり宣言させようとする未惟奈の強引さには全くもって閉口してしまう。
しかし俺はそんな未惟奈を好きなったのだから、ここは未惟奈の意志を尊重するべきなのだろうか?
一瞬、色々なことが頭に浮かんだが、未惟奈の真剣な眼差しを正面から浴びて覚悟を決めた。
ええい!ままよ!
「俺は未惟奈を愛している。だから付き合ってくれ」




