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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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恐怖と好奇心

 今まで持ち前の童顔と作り笑顔でふわふわとした”可愛らしい少女”を演じてきたであろう芹沢薫子。


 その彼女が未惟奈から”対戦してほしい”と言われた時、一瞬その”可愛らしい少女らしさ”に似つかわしくない”鋭い視線”を未惟奈に返したのを俺は見逃さなかった。


 もちろん俺の中ではこの芹沢薫子が可愛いらしいだけの”お飾り顧問”だとはとっくに思ってはいない。


 芹沢が”ただの空手素人”ではないのは明らかだ。


 しかし俺は、そんな芹沢の”鋭い視線”には気付かなかい振りをして未惟奈へ”ワザとらしく平凡な”突っ込みを入れてみた。


「おい!未惟奈!なにをバカなことを!!おまえは一体何を企んでいるんだ?」


「企む?人聞きの悪いこと言わないで?純粋にこの芹沢という女に興味をもったのよ」


「なんで?」


「だ・か・ら!!……鈍いんだよ、翔は!」


 鋭すぎる未惟奈から”鈍い”と言われても最近はもう何とも思わなくなった。


 むしろ俺には気付き得なかった”何かに”勘づいている未惟奈が何を企んでるのか興味があった。


「有栖君すら敵わなかった未惟奈さんに、私なんかが敵うはずがないじゃない?」


 芹沢は緊張した表情をはすでにひっこめて、今まで通りの少女らしい”作り笑顔”でそう応えた。


「へぇ~私と対戦して”敵う訳ない”ってことは対戦すること自体は”ありえなくない”って思ってるんだ」


 未惟奈は鋭い”突っ込み”を入れた。


 見た目と雰囲気からはただの女子高生ににしか見えない芹沢は”私はただのお飾り顧問です”と言い逃れしてもよさそうだが……


 ”敵うはずがない”ということは少なくとも”勝てなくても戦える”という意味になる。


 俺を過小評価せずに有栖との対戦を避けようと提案してきたんだから素人であるはずがないのは確かだ。


 しかしさすがに未惟奈と戦うってことはあまりにリスクがある気がした。


 だって未惟奈に負けるという事はすなわち失神させられる可能性が極めて高いからだ。


 するとこの時、突然に意外な人間がこの対戦を後押してきた。


「先生、是非対戦してください。俺も見てみたいです!」


 そう会話に入ってきたのはさっきまで眉間に皺を寄せて憤慨していた有栖天牙だ。


 芹沢は、一瞬眉間に皺を寄せながら顔を歪ませ”チッ”と舌打ちしたように見えた。


 彼女らしからぬリアクションだが……


 おそらくこの有栖の空気を読まない(読めない)言動に、毎度ウンザリさせられている芹沢の姿がアリアリと想像できてしまった。


 それにしても有栖はそんな芹沢のそんな表情なんか全く気に留めることもなく、ただ目を輝かせて、頬まで紅潮させて興奮している。


 なんかテンション高すぎないか”有栖くん”?


 さてはお前、先生大好きだな?


 全く分りやすいヤツだ。


 芹沢の本音は見えないが、少なくとも未惟奈との対戦にポジティブではないだろう。


 しかし俺はこの対戦を”是非見てみたい”と思ってしまった。


 だから芹沢には申し訳ないが、この対戦を実現させるべく俺が「オトリ」になってやろうと動いた。


「芹沢先生。”先生の希望通り”有栖と対戦します。だから先生も未惟奈の要求呑んでくれますか?」


 俺はそんな取引を持ち出した。


 幸い未惟奈はもとより有栖も含めこの場で対戦を反対する人間はいない。だからこの対戦が実現するか否かは芹沢の一存に掛かってくる。


「だから私は未惟奈さんと戦える実力なんてないから……無理言わないでよ」


 今度は本音なのか演技なのか、芹沢は本当に困っているように見えた。


 もし未惟奈の電光石火の一撃で芹沢が失神でもしたら、それはそれで後味が悪すぎる。


 だから俺もそれに関しては保険をかけた。


「試合形式じゃなくて、ライトスパーリングならいいんじゃないですか?」


 すると芹沢が俺の”助け舟”に対して明らかに安堵の表情をした。


 つまり現実に未惟奈とガチでやるのはやはり不安があったのだ。


 普段はポーカーフェイスを崩さないであろう芹沢がここまで不安な表情を見せるということは、ある意味、未惟奈との対戦をイメージ出来ていることでもある。


 端から戦う気が無い人間は、対戦のイメージすら持てない。だからここまで不安な顔にはならない。



「先生なら負けませんよ!」


 この中ではおそらく芹沢の実力を一番理解しているはずの有栖は自信満々にそう言った。


「有栖くん!よけいなこと言わないで!」


 おそらく励ましのつもりで有栖も言ったのだろうに、芹沢は有栖に対しては遠慮なく苛立ちの表情でそう返した。


 あらあら”有栖くん”怒られちゃった。


 ドンマイ……


「先生、そんな不安にならないでください!先生が強いのは俺が一番知っていますから」


 有栖は芹沢に怒鳴られてことがまるで聞こえてないかように、さらにそう被せてきた。いやいや、そのメンタル尊敬に値するな。


 芹沢は芹沢で有栖の言葉を完全にスルーして続けた。


「わ、分ったわ……」


「えっ!?」


 俺は思わず大声でそう言ってしまった。


 いや、自分で対戦をプッシュしておいて驚くのも変な話だが、まさかこうもあっさり承諾するとは思っていなかったのだ。


 俺は実際に未惟奈と対戦した女子選手が失神する映像を何度もみたことがある。


 男だって自分が失神している姿なんか世間に晒してしまうのは抵抗があるものだ。


 それが女性ならなおさらだ。


 そんなKOシーンを芹沢だって何度も見ているはずなら、そう簡単に未惟奈との対戦を受けるなんて思っていなかったのだ。


「神沼くん?自分で勧めておいてそのリアクションはおかしくない?」


 芹沢はちょっと大げさに不貞腐れた表情をしながら(それはきっと演技だと思うが)、そう言った。


「ええ、すいません……ちょっと意外だったので」


 芹沢は少し苦笑いをした。きっとすんなりOKしてしまったことを後悔していたのかもしれない。


 いや、案外”恐怖”を感じつつも、”対戦してみたい”という想いも実はあったのか?


 だとするとこの対戦は結構”見もの”かもしれない。


「でもフェイスガードは付けていいかしら?」


「好きにすれば?私は付けないけど」


 未惟奈はふてぶてしくそう応えた。


 芹沢の顔はやはり少し強張っている。これはさすがに演技ではないだろう。


 フェイスガードを要求した芹沢が少しだけ気の毒になったので未惟奈に釘をさしておくことにした。


「未惟奈?ちょっといいか?」


 俺は未惟奈に小声で話しかけた。


「なによ?」


「ライトスパーなんだからさすがに失神させるようなマネはするなよ?」


「はあ?なに心配してんの?もしかして可愛い先生が可哀そうになったとか?」


「ちげえよ。俺も対戦を無理強いした手前、そんな結末じゃあ後味悪いんだよ」


「あら?私がKOされる可能性だってあるのよ?」


「さすがにないだろ、それは」


 そう言うと未惟奈は微妙な表情をした。


 え?なんで?


「も、もしかしてあり得るのか?」


「さあね」


「なんだよ?どっちだよ?」


「少しは私のことも心配した?」


「そりゃそうだろ?」


「フフ……やった」


 な、なんだよ全く、演技かよ……


 ちょっと心配してしまった自分が悔しい。


 未惟奈は笑顔になって芹沢の方を向いて言った。


「じゃあ、やりましょうか」



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