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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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訪ね人

「まだ終わらないの?」


 未惟奈が苛立ち交じり何度も同じセリフを吐いている。彼女は俺のひとつ前の席の椅子に後ろ向きに座り、椅子を前後に揺らしながら詰まらなそうにしている。


 俺は放課後に"部活に入っていない"という理由で先生から書類整理と言う名の雑用を押し付けられてしまっていた。


 その間、いつも通り空手の練習をするつもりで俺のクラスまで迎えにきた未惟奈は俺が作業する書類を覗き込みながらこうして俺の仕事が終わるのを待っているのだ。


 後ろ向きに椅子に座るということは椅子の背もたれを前にして座っているので必然的に未惟奈の足は開き気味になり、彼女の鍛え抜かれた形のいい、そして美しく透き通るような脚がチラチラと視界に入って落ちつかない。


「ブツブツ文句言うなら手伝えよな?」


 俺はそんな動揺を誤魔化すように文句を言う。


「翔は仕事が遅いんだよ……そんなのにいつまで時間かけてるの?」


 ええ、確かにあなたの頭脳がいいのは分ってますよ?でもそれと同じスペックを凡人に求めないでほしい。


「おお、翔!まだいたのか?」


 そんなタイミングで友人の及川護がクラスに入って来た。目的はもちろん"俺をダシに"未惟奈とコミュニケーションをとろうというのだろう。


 だから俺を訪ねてきた割には、次の瞬間には未惟奈に声をかけていた。


「未惟奈ちゃん……なんでここにいるの?」


 最近はさすがに同じクラスということもあって、未惟奈と普通に会話ができるようになったと喜んでいたばかりだった。


「あ、及川君。翔の仕事が終わるのを待ってるのよ」


「待ってるって?なんで?」


「一緒に帰るからよ?」


 護の顔が蒼白になる。


「な、なんで一緒に帰るの?」


 震えながらそう言う護がおかしすぎたので俺はちょっとふざけて言ってみた。


「それは付き合ってるからに決まってるだろう?なあ?未惟奈?」


「そう、私達付きあってるから、毎日一緒に帰ってるのよ」


 そう聞いた護は恐怖におののくと言った表情で後ずさりしながら仰け反った。


 未惟奈は俺の"ボケ"に乗ってくれたというのは充分分ってはいるのだが、なんだか俺まで激しく動揺してしまった。



「あれ?なんで翔がそんな照れてるの?冗談よ、冗談……フフフ」


 未惟奈は嬉しそうにそして勝ち誇った顔をして微笑んだ。


「じょ、冗談なのか?」


 護はホッとしたように言った。


「そりゃそうだろ?俺が未惟奈と付き合うとかありえないだろう?」


「まあ、そうだよな……まったく焦らせるなよ」


「ええ?ありえなくはないでしょ?可能性はあると思うけど?」


「おいおい、もう余計なこと言うなよ?あるわけないんだから……護がショック死するぞ?」


「可能性ゼロではないでしょ?」


「はあ?ゼロでしょ」


「何それ?ひどくない?」


「ひどい?なにが?」


「ひどいよ」


 なんか急に未惟奈の機嫌が悪くなってしまった。


 その時である。





「か、翔!!助けてくれ!!」


 そう言って俺のクラスにとび込んできた男子生徒がいた。


 背が高く平均的な男子高校生よりも明らかに"ゴツイ"体格をしている彼は、我が北辰高校空手部の主将である吉野竜馬だ。


 部活説明会で未惟奈と対戦するという"珍事"に巻き込まれたのものそもそもこの吉野竜馬から無理やりピンチヒッターを押し付けられたからに他ならない。


 その吉野先輩がまた「助けてくれ」と叫んでくるあたりがなんともいやな予感がする


「吉野先輩?なんなんですか?困った時ばかり俺を訪ねて来て」


 俺は露骨に顔を歪めて嫌味交じりに答えた。


「翔!頼むから武道場に来てくれ」


 ほら来た。まただ……。


「は?なんなんですか急に」


「実はいま都立海南高校と合同練習してるんだけど、組手練習でみなボコボコにされて困ってるんだ」


 この言葉を聞いて、なぜか未惟奈の表情が少しだけ動いた。


「海南高校?聞いたことないけど?」


「へ?海南高校と言えば空手の名門だぞ?」


 吉野先輩は眉間に皺をよせながら、まるで残念な人を見るかのような表情で"信じられん"とばかりにそう応えた。


「知らないですよ。俺は高校空手なんて興味ないから……でもなんだってそんな名門高校がこんな田舎の高校と合同練習なんかしてんですか?」


「いや、俺も向こうから依頼が来た時におかしいと思ったんだけど、こんなチャンスは二度とないと思って喜んでOKしたんだ」


「それにしても……組手でボコボコにされるとか、今時道場破りじゃないんだし穏やかじゃないですね?」


「なんかさ、ヤツら妙にガチに向かってくるんだよな。そして言うんだ"もっと強い奴がいるはずだだろう"って」


「なんだそれ?」


 なんか酷く乱暴な話だ。まさに殴りこみに来たような感じではないか。


 でもどうして名門高校がこんな弱小田舎高校の空手部に来て部員を痛めつけてるんだ?メリットないだろう?


 まあ、どちらにしてもこんな面倒に巻き込まれるのはごめんだ。


「いやですよ?俺は」


「翔!そう言わず」


「そんなバカげた話に乗る訳ないでしょ?そいつらどうかしてるよ?」


「頼む!!向こうの主将が是非ともおまえを呼んで来てくれって言ってるんだ」


「え?主将が?なんで俺のこと知ってんの?」


「さあ、俺もそれはよく分からないが、部活説明会で未惟奈ちゃんと対戦したヤツが空手部にいるはずだって」


 俺は背筋に嫌なものを感じた。


 そういうことか。


 一般人には知られていなくても、空手に関心のある人たちの間ではやはり"あの話"はばれてるんだ。


 おおかた「未惟奈を倒した相手を倒した」とか言いたいがためにこんなバカげたことをしかけて来たんだろう。なんとも浅はかな。


 でもそうでなければこんな田舎高校と合同練習するメリットはないか。


 それにしてもやり方が、酷過ぎる。失礼にもほどがある。


「翔?行ってきてもいいぞ?未惟奈ちゃんとは俺が一緒に帰るから」


 護が調子のいいことを言う。


「行く訳ないだろ!」


 俺は言い捨てた。




「翔?海南高校の主将ってもちろん誰だか知らないのよね?」


 未惟奈がやけに神妙に俺に尋ねた。


「知るわけないだろう?未惟奈は知ってるの?」


「ええ、それは知ってるわよ。戦ったこともあるし」


「え?マジで?」


「そう、海南高校空手部主将にして全日本高校生インターハイ三連覇」


「え?インターハイ三連覇?そんな強いの?……って、まさか」


 そこまで来て、俺はようやく気付いた。



「そう、海南高校空手部主将は……あの有栖天牙よ」


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