根拠のない自信と、根拠のある不安
「翔?行きなよ」
未惟奈は、有無を言わせぬ強い視線で、その言葉を突き付けてきた。
「おい、勝手なこと言うなよ」
「なにビビってんのよ」
「ビビっちゃいねーよ。くだらないことに巻き込まれたくないだけだ」
「悪かったわね、私のせいで」
「いや、そうは言ってないだろ」
ふいっと顔を背ける未惟奈。
独善的未惟奈さまの降臨に俺は苦笑いするしかない。
「だってさ、翔の空手が、私以外の競技空手選手に通用するかちゃんと試すべきでしょ」
「未惟奈と何度も戦って通用するのは理解してるつもりだけど?」
「私だけじゃ分からないでしょ? 特に私の場合は……なんか変なパワーとか出てるから翔が反応できる的な話になってるじゃない?」
自分をエスパーか何かのように言う未惟奈に、俺は思わず肩をすくめた。
「そんな大層なことじゃないから。お前が素直すぎるだけだ」
「でも、私が翔に勝てない理由を考えてくれてるんでしょ? だったら翔と有栖天牙との対戦は、私への指導を考える上でも必要だと思う。……違う?」
なんなんだよ。 その、ぐうの音も出ないほどもっともらしい理屈は。
全く、理詰めで来られると未惟奈には何も言い返せない。
しかも相変わらずの「自分中心的な発想」は全開なのが、むしろ清々しいくらいだ。
「”私の為なら翔はなんでもやるんでしょ?”的なことをよく平気で言えるよな」
「だってそうなんでしょ?」
未惟奈は試すような、それでいてすべてを見透かしているような瞳で俺を見つめた。
居心地の悪さを感じて、俺はとっさに目をそらす。
「……わかったよ」
結局、未惟奈の圧に押される形で、俺は観念した。
やれやれ……。
先行する吉野先輩の後を追い、俺たちは連れ立って武道場へと向かった。
「翔、道着は持ってないよな?」
前を歩く吉野先輩が振り返って聞いてきた。
「いや、持ってるから大丈夫ですよ」
「え? そうなのか?」
「ええ、いつも持ち歩いてるんで」
「そうか、流石だな」
吉野先輩は感心したように頷いたが、別に俺は肌身離さず道着を持ち歩くような殊勝な武道家ではない。
最近は放課後の未惟奈の練習があるから、練習用のウェアとプロテクターがバッグに常備されているだけなのだ。
「でもいきなり道着で登場したら、どんだけやる気満々なんだよって感じになりますよね?」
「いいじゃないか、相手はあの有栖天牙だぞ? やる気満々で何がおかしい」
「そうよ、翔は自意識過剰すぎるんだよ。なんか小さいよね、器が」
「……おい、未惟奈。実際にこれでボコボコにされたら超カッコ悪いだろ」
「まさか自信ないの?」
その言葉に、俺の足が止まった。
自分の心をサーチしても、実は有栖と負ける不安はどこにもないことに気づく。
いろいろ場面を想定しても、俺が負けるイメージがどうやっても想像できない。
慢心ではなく、事実として……
──その後、俺は更衣室に入り、手早く道着に着替えた。
更衣室を出ると、なぜか未惟奈まで準備を済ませていた。
「おい、なんだよその恰好は」
「だって翔が負けたら、私がリベンジしないといけないでしょ?」
「なんでそうなるんだよ」
「負けないの?」
「まあ、大丈夫だろ」
俺があまりに適当に返事したからか、未惟奈はいぶかし気に目を細めた。
未惟奈としては俺が負ける可能性はあるという見立てなのか。
う~む。正直分からんな。
確かに分析力に勝る未惟奈は、俺の根拠のない思い込みとは別次元で何か見えているものでもあるのかもしれない。
でもまあ、考えても仕方ない。
いつも通りやるだけだ。
「さっきから思ってたんだけど……いつから二人はそんなに仲良くなってんだ?」
今までの様子をずっと見ていた吉野先輩が、半ば呆れたように俺たちを見た。
「いや、未惟奈は俺の弟子なんで、いつもこんな感じです」
「何よ、急に偉そうに」
「え? 未惟奈ちゃんが弟子ってどういうことだ?」
「一応、今、彼女に教えてるんですよ」
「は? なんでそんなことになってんだ?」
「そう。まあ一応こんなんでも、翔の凄さを一番認めてるのは、きっと私だからね」
未惟奈が応えた。
けれどその言葉の裏には、俺を鼓舞しようとする熱が混じっていて、妙にむずがゆい。
「お、おい! 翔、聞いてないぞ? どうなってんだよ」
いやいや、わざわざ言う意味ないでしょ?
言えばどうせ、体育館の件を持ち出して「俺のおかげで仲良くなれたの忘れるな」とか言い出しそうだし。
「未惟奈に空手を教える理由ははっきりしていますよ。別に驚くことじゃないですよ。未惟奈は俺に勝てない。そしておそらく――競技空手は、俺の武道空手には勝てない」
なぜかするするとそんな言葉が俺の口から出ていた。
「なんだ!? ずいぶんと大きく出たなあ、翔」
吉野先輩は目を丸くする。
隣の未惟奈は、綺麗で大きな目を輝かせ、口角を少しだけ上げて、不敵にほほ笑んだ。
「その言葉、信じてるよ」




