世界が君の努力を認めた日
チャンプアとの試合中にはしんと静まり返っていた会場は、今になってようやく、割れんばかりの歓声に変わっていた。
メインカードということもあり、高野CEOはじめ、たくさんの「お偉いさん」がリングに勢ぞろいを始めている。
そこでトロフィーと勝利者賞を渡される。
写真撮影のポーズもせがまれる。
こういうことは初めてなので、試合中よりもてんぱってしまった。
ついにマイクをもったインタビュアーが近寄ってきた。
「ではこの世紀の一戦に勝利した、神沼翔選手に勝利者インタビューをしたいと思います」
ええ!!?? まじか。
聞いてないよ!?
そういえば未惟奈の時もやってたな。
でも彼女はスター選手だから特別だと思っていたが、まさか俺までやるのか?
俺の話を聞きたいやつなんて、いないだろ。
そんな俺の想いとは裏腹に、インタビューは始まってしまった。
「では、あらためて勝利おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「今のお気持ちをお聞かせください」
「ほっとした、というのが正直なところですね」
「それはやっぱりチャンプアという強敵と対戦することがプレッシャーになっていたということですか?」
「いや、それは全くなかったんですけど」
そう言った瞬間、会場がどよめいてしまった。
このものいいは嫌味か?
でも上手く取り繕うほどに、こういう場には慣れていないから仕方がない。
「では、何にほっとしたと?」
「さっき未惟奈と話しましたが、彼女が俺の意図をしっかり受け取ってくれたことでしょうか」
またもや、どよめき。
「えっと、それはどういうことですか?」
さすがにインタビュアーもその意図を組めず、困惑気味に尋ねた。
「俺のような凡才でも技術があれば、天才に勝てる。……その証明が届いたことです」
インタビュアーの顔はますます困惑していたが、会場の誰もがかたずをのんでいるのが分かった。
俺は続けた。
「俺には、対戦したチャンプアや、ましてや未惟奈のような、アスリートとしての才能はおそらく有りません。でも、物心ついたころから空手に費やした時間だけは、誰にも負けていないという自負があります。だから今日、俺がチャンプアの暴力の嵐の中で使ったのは、才能のない人間が後天的に、泥を啜って獲得した『技術』……ただそれだけだったということです」
インタビュアーも、ようやく俺の話を理解したようで続けた。
「なるほど。チャンプアを葬ったあの動きは、神沼翔さんの積み上げた努力の結晶であったと。ですが、我々にはあれこそが天才の業に見えました」
「見え方は人によって違うのかもしれません。でも、同じ時間、同じ努力をすれば、誰でも到達できます。俺は、それを身を以て示さなきゃならなかった」
「そうですか。でも未惟奈さんは才能があるから、未惟奈さんの強さは翔さんとはまた違うという気がしますが?」
勝利者インタビューなのに、なんか追及されてないか?
まあいいんだけど。
「……裏を返すと、未惟奈は自分の努力で戦っているという実感が持てなかった。彼女は、ずっとそれを嫌っていた。だってそうでしょ?生まれてから彼女が成し遂げた成果は、みんな『天才』という残酷な呪いに変換されて、彼女がどれだけ研鑽を積もうが、その努力を真っ当に賞賛されることはなかった。彼女が俺に空手を請うたのも、そこです。彼女は、DNAという資本じゃなく、自分の意志と努力で、何かを成し遂げたかった。だから凡才の俺が、絶対的な才能を凌駕してみせる必要があった。彼女の努力は無駄じゃないと、証明したかったんです」
会場は、また静まり返っていた。
俺の言葉が、ただの勝利宣言ではなく、一人の少女を救うための「答え合わせ」だったことに、全員が気づき始めていた。
目敏いカメラマンが、リングポストの前で泣いている未惟奈の顔をアップで抜いた。
その表情が、会場の巨大スクリーンに映し出されていた。
「翔、えらいぞーー!」
沈黙を破り、一際大きな野次が会場から飛んだ。
すると、堰をきったように会場から俺を賞賛する咆哮がこだました。
そして、その怒号のような歓声の中に、確かな祈りが混じっていた。
「未惟奈! お前の努力も、みんな分かってるぞーー!!」
「そうだ! 天才なんかじゃない! お前は最高に努力したんだ!!」
そんな声を出す観客の表情には、皆、涙が浮かんでいた。
会場の雰囲気に絆されたのか、インタビュアーもマイクを握ったまま、ボロボロと涙を流していた。
俺を賞賛し、そして未惟奈の努力を、ようやく世界が認めた瞬間だった。
未惟奈がコーナーポストから俺に近づく。
ぐちゃぐちゃの泣き顔で。
「……翔」
言葉にならない声で俺を呼び、リングの中央で、逃がさないように俺を抱きしめた。
会場が、今日一番の熱狂に包まれた。
でも、その空気は、どこまでも暖かく、優しかった。
久々の投稿、申し訳ないです!




