武の深淵へ
感情に支配されることは、通常、冷静な判断を鈍らせ、ファイトスタイルを崩す致命的な欠陥となる。
しかし、チャンプアほどの領域に達した怪物にとっては、その怒りすらもメリットへと転化する。
激昂が思考という名の雑音を遮断し、行動を無意識化させ、本能の赴くままの純度の高い攻撃を繰り出す「オート戦闘モード」へと彼を導くのだ。
これまでのチャンプアは、神沼翔という異質な存在を警戒するあまり、練り上げた作戦や思考が逆にノイズとなり、真の実力を発揮できずにいた。
いや、正確には、過去のどの試合においても彼は思考と作戦を駆使した上で、相手を圧倒し続けてきたのだ。
しかし、翔という底知れない深淵を前にして、チャンプアは「思考を排除した戦い」という未踏の領域へ無理やり引きずり込まれたと言っていい。
足払いに続き、自身のお家芸であるムエタイの跳び膝蹴りを顎に被弾したことで、チャンプアの怒りはついに沸点へと達した。
リミッターを解除されたチャンプアの連続技が、光速の嵐となって神沼翔を襲う。
それは、翔のカウンターを警戒していた先ほどまでの動きとは、天と地ほどの差がある驚異的な回転数だった。
吹き荒れる竜巻がたった一人の人間を呑み込もうとするかのような、圧倒的な蹂躙。
会場は、その凄まじい光景に水を打ったように静まり返る。
あまりの速度に、攻撃がヒットしているのか、それとも紙一重でかわされているのかすら判別できない。
ただ一つ、残酷なまでに明確な事実がある。
猛烈な竜巻の渦中にありながら、神沼翔は倒れることも、後退することもなく、依然としてそこに立ち続けているということだ。
* * *
オカルトマニアの美影、芹沢薫子、そしてウィリス未惟奈。
翔の実力を熟知し、鋭い分析眼を持つこの三人は、翔の真意を即座に看破していた。
つまり、彼がチャンプアの感情を激昂させたのは、チャンプアの予測不能な攻撃を自らの無意識レベルで回避・適応するためであると。
しかし、翔の脳裏にはそれとは別にもう一つの目的が存在していた。
「俺の全ての力を引き出すには、チャンプアの攻撃が全力でなければならない」
翔にとって、この試合の目的は単なる勝利ではない。
未惟奈が自分に期待した「武道の力」の真髄を、この戦いで示そうとしていたのだ。
「武道の力」とは、未惟奈が持つスーパーアスリートのDNAではなく、何百万回という果てしない鍛錬によって細胞に刻み込まれた、後天的な武の力のこと。
身体能力において未惟奈に匹敵すると高野CEOに言わしめたチャンプア・プラムックは、いわば未惟奈と同じ側に立つ「先天的な天才」であった。
彼はその至高のDNAを、幼い頃からムエタイという世界最高峰の打撃競技に全振りして鍛え抜いてきた、格闘技界の至宝である。
未惟奈に近しい領域にいる怪物の全力を、純粋な武の理で凌ぐこと。
それはすなわち、積み上げられた「後天の武」が、選ばれし者の「先天の才」を凌駕することを意味していた。
そして、翔には最近、密かに抱いている感覚があった。
それは「自分の空手の強さの底が見えない」という、得体の知れない恐れだった。
翔が過去に表舞台の競技試合に出ることはなかった。
海南高校の野田や有栖を除けば、過去に対戦した相手は常に、未惟奈か、あるいは師である鵜飼貞夫のみ。
あまりに特殊すぎる相手とばかり対峙してきたために、翔は自分自身の空手がどれほど深く、どこまで肥大化しているのかを推し量れずにいた。
自分の強さが底なしの深淵のように広がっていく感覚。
だから──感情によってチャンプアの力が解放されたように、翔もまた、チャンプアの全力という触媒によって、自分でも制御しきれない武の力が解放されることを意図的に狙っていた。
チャンプアの全力を凌ぐ。
いや、凌ぐだけでは足りない。
チャンプアを圧倒する。
それによって正しく未惟奈に「武道の力」の真髄を、この戦いで示す。
* * *
「そうこなくては」
翔の口角が再び上がる。
想像通りだ。
体感として、チャンプアの攻撃威力は五割増しにまで跳ね上がっている。
思考のリミッターを外したチャンプアは、至高のDNAによって制御された精密機械のようなムエタイのコンビネーションで襲いかかってきた。
彼の攻撃は翔が映像ですべて確認した通り、一度放たれた技は二度と繰り返さない。
その変幻自在な猛攻に対し、翔は「無意識で捌ける土俵」を確保する必要があった。
今のチャンプアの攻撃には強大な「気の圧力」が乗っている。
標的がこれほど明確であれば、翔がすべてを避けることに支障はなかった。
しかし、五割増しになった速度と破壊力を前に、翔は以前のように距離だけでかわす余裕は消滅していた。
翔は、その強大な一撃一撃を前腕や脚、時には急所を外した「排打功」の技術で正面から受け止めていく。
リングには、互いの四肢が激しく衝突する乾いた音が絶え間なく交錯した。
これでいい。
激昂するチャンプアとは対照的に、翔の心は、荒れ狂う攻撃の応酬の中で底知れぬ静寂へと沈んでいく。
まるで、深い禅の境地にあるかのように。
大気拳によって動きの中で心を静めることが日常になった翔の空手の真骨頂が出現しはじめている。
この状態になるとチャンプアとは別のロジックにより、翔の攻撃を無意識が引き受けていく。
だから、チャンプアの動きが恐ろしく急変したように。
翔の動きもまた、人知を超えた何かへと変容しようとしていた。




