超能力マニアが見たもの
「よう! 神沼!」
「オッス、翔!」
ここ最近、朝の登校途中から、こんな感じで俺に話しかけてくる男子生徒が急に増えた。
教室にいても「おまえ誰?」という、全く俺の記憶にない生徒や、あきらかに上級生と思われる生徒まで、ぞろぞろと俺に近づいてきては声を掛けてくる。
俺って、いつからこんなに人気モノになったのだ?
なんて、俺が勘違いをするわけがない。
もちろん、その理由は目立たない俺とは対極に位置する、校内で最も目立っている生徒の存在だ。
その存在とは、転入以来、いまだに廊下を歩けば廊下がざわつき、そこにはすぐに人の輪ができてしまうほどのスター、ウィリス未惟奈に他ならない。
だから、自力で未惟奈に近づくことをあきらめたプライドの低い男子生徒から順に、「俺をダシに未惟奈とお近づきになる」という作戦に出ているのだ。
ウィリス未惟奈は、メディアに登場する時も、決して愛想のいい方ではない。
そして困ったことに、リアルの彼女は、もっと輪をかけて無愛想なのだ。
だから、せっかく勇気を出して声を掛けた男子に対しても、清々しいまでの「塩対応」を繰り返しているらしい。
そんな、誰に対しても全く愛想のない未惟奈は、なぜか毎日、俺と一緒に下校している。
まさか、俺と未惟奈が付き合っているなんて“誤解”をするヤツはいないようだが(いや、少しはしろよ?)、もちろん放課後は毎日、空手の練習を継続しているので、未惟奈と俺は必然的に一緒に帰ることになる。
そうなれば、俺がどんなに目立たない男子であっても、全校生徒から注目されて、「モテない男子にモテモテ」という、嬉しくもなんともない状況になってしまっているわけだ。
…… …… ……
放課後、いつものように俺が教室に残っていると、廊下がザワザワと騒ぎ始めた。
これも最近では、見慣れた光景になりつつある。
通るだけで廊下がざわめく人間なんて、一人しかいない。
未惟奈が、二組の教室まで俺を迎えに来たのだ。
まるで高貴な姫が「お通りになる」とばかりに、未惟奈が歩くと、生徒が左右に“サッ”と分かれて廊下を開ける。
未惟奈は、それが「あたりまえ」であるかのように、廊下の中央を堂々と歩いてくる。
本人は決して悪気があるわけではないのだろうが、当然、こういった傲慢とも映る姿を快く思わない輩もいるのだろうと思う。
もちろん女子ね。
まあ、あれだけの強さをもってすれば、返り討ちが恐ろしくて、いじめるヤツなんていないだろうが……。
未惟奈は最近では、何の躊躇もなく、クラスが違う俺のいる教室に入ってきて、いつものセリフを言う。
「翔、もう帰れる?」
「あ、ああ……」
未惟奈は毎回、「こともなげ」にそう言ってくるが、いまだに俺は、このやり取りにすら慣れない。
それはそうだろう。
未惟奈はいまだに世間での注目度は抜群で、つい先日の「東北の高校に転入」というニュースだって、全国版のスポーツコーナーで報道されるありさまだ。
そんな「超」のつく有名人が、毎日俺を教室まで迎えに来る光景に慣れろなんて、無理な話だ。
俺は未惟奈と一緒に教室を出ようとしたところで、ある男子生徒から声を掛けられた。
「神沼翔、ちょっといいか?」
その男は俺の名前は知っているようだが、無論、俺は「この顔」を知らない。
背は175cmある俺と変わらないが、少し線が細く色白なので、運動経験がないように感じた。
そして俺の隣にいた未惟奈は、露骨に嫌な顔をしたので、俺はヒヤヒヤしてしまう。
また、この男も当然「未惟奈」狙いなのだろうと思って、俺は俺で内心ウンザリしていた。
それにしても、未惟奈と一緒にいるタイミングを狙って話しかけて来るとは、なかなかのしたたか者だ。
「えっと、誰だっけ?」
俺は、わざとらしく「初対面だよね?」ということを伝えるために、そう応えた。
「ああ、突然呼び止めて悪いな。俺は三組の美影惣一だ」
予想外に丁寧に詫びてきた、美影と名乗ったその男は、未惟奈狙いかと思っていたが、隣にいる未惟奈には、全く視線を移さない。
俺は、そこに少し違和感を覚えた。
「えっと、なにかな?」
「この前の体育館での対戦の件だが」
そう美影が言うと、少しだけ未惟奈が反応して、視線を彼に移した。
最近、生徒からは未惟奈との下校ばかりが注目され、すでに一か月も前の「対戦」に触れる人間は、ようやくいなくなってきていたので、少し意外に思った。
「君は空手部と紹介されていたが、空手部に所属していないな?」
な、なんだよ?
未惟奈と同じツッコミするなよ。
おまえも俺に会いたくて、空手部見学に行ったとか言い出すなよ?
俺が少し怪訝な顔を返すと、美影は言葉をつないだ。
「君は空手ではなく、中国武術を学んでいるんじゃないのか?」
「は?」
俺は美影の、あまりに斜め上からの問いに、どんな表情をしていいか分からず、フリーズしてしまった。
「違うのか?」
「いや、逆にどうしてそう思ったのか、聞きたいくらいだよ」
「俺は実は、超能力に興味があるんだが」
「……」
美影の話は、さらにとんでもない方向から飛んできたので、今度は、まるで顔を歪めきった失礼な表情をしてしまったに違いない。
たまにいるんだよね。
中国武術は超能力を使えると、本気で信じているオカルトマニアが。
きっとこいつは、そんな輩だろうと思った。
それなら早々に話を切り上げないと、面倒なトンデモ話に付き合わされる羽目になる。
おそらく、全く武道や格闘技に関して素人の美影にしたら、未惟奈が突然転がった姿は、俺が超能力でも使ったように見えたんだろう。
「翔? いつまで相手してんの?」
さっきから露骨に不機嫌な顔をあらわにしていた未惟奈も、ついに我慢できなくなったのか、目の前の男に全く遠慮することなく、「早く話を切り上げろ」とばかりに言ってきた。
「美影。俺はそういった話に全く興味はないし、あれは間違いなく空手の技だ。きっと君の期待するものではないと思う。だから、もういいかな?」
「そうなのか? でも……」
そう言って、美影は初めて、改めて未惟奈の顔を凝視した。
「でも君は、彼女の“圧”を感じて反応しているように見えたんだけど、俺の勘違いだったか?」
俺と、そしておそらく未惟奈の顔色も、同時に一変していたと思う。
未惟奈の“圧”だと?
つい先日、すべての攻撃をかわされて不貞腐れていた未惟奈に、俺が言った話と同じだ。
――未惟奈は、感情の圧が強すぎる。
いやいや、こんなオカルトマニアの言うことはアテにならない。
あの状況から、それくらいの妄想をしても不思議ではない。
深い意味はない。
俺はすぐに、一旦動揺した心を沈めた。
しかし、未惟奈はそうはいかなかった。
「君、名前なんだっけ?」
「さっき名乗ったけど?」
この男は、全く未惟奈に気後れすることなく、そう言い放った。
「ごめんなさい。聞きそびれたから」
「そうか。俺は美影惣一だ」
「美影君。君が言う“圧”って、なんのこと?」
「君は感情が攻撃に乗りすぎているから、“神沼翔の身体に”先に反応されているんじゃないか? そう見えたんだが」
俺は、一旦抑えた動揺が、また盛り返してしまった。
未惟奈の顔が、驚愕の表情に変わった。
「ちょ、ちょっと美影。おまえは武道の経験はあるのか?」
俺は慌てて、話に割って入った。
「いや、全くないけど?」
「じゃあ、なんでそんな結論に至った? おまえは、あそこで何を見たんだ?」
「だから、俺は超能力の研究をしている。だから、そのトレーニングとして、気功法の鍛錬を毎日やっている」
「き、気功法だって?」
「ああ」
俺の中では、まだ美影の言うことは半信半疑だが……。
それでも俺と、そしておそらく未惟奈も、この“美影惣一”という男の言葉を、無視することはできない気持ちになっていた。




