気功と俺の学んだ空手の接点
美影惣一という「自称超能力研究者」からの捨てきれない指摘を受けたが、未惟奈との練習はいつもと同じように行われた。
しかし、やはり練習の状況は変わらない。
「どうして、当たらないのよ!!」
未惟奈は今日も、そして最近の空手練習すべてにおいて、やはり俺に攻撃を当てることができないでいた。
詳しく本人に聞いたわけではないが、彼女の中学時代の各スポーツ分野での活躍から推測するに、ウィリス未惟奈を天才たらしめているのは、世界級のDNAを持っているという点だけではなく、世界最高レベルの最新鋭アスリート養成技術によって英才教育を受けている可能性が高い。
そんな彼女が、先に話のあったような「感情の圧」などという、不確かで科学的根拠もない説明を、簡単に受け入れるわけがない。
それでも未惟奈は、「俺に勝てない」という事実だけは曲げることのできない現実として受け入れ、だからこそ未だに、こんな普通男子の俺と空手練習を続けている。
当の俺はと言えば、未惟奈のように科学理論に則った最新鋭のトレーニングなどしてきていない。
時に前時代的な「スクワット3000回」などという根性論が、平然と通用してしまう環境に身を置いていた。
そして「武道だから」といった曖昧模糊なワードも、躊躇なく日常的に使ってきた男だ。
だが、そんな俺ですら、さっき会った「超能力研究者」と臆することなく自任する美影惣一の話を、手放しで受け入れることはできなかった。
「翔? さっきの美影とか言う人、なんなの?」
「俺も初対面だから、よく分からんけど」
「でも翔と同じタイプの人だよね?」
「なんだそれ? 全然違うだろ?」
「科学的根拠のない話を、自信たっぷりで話すところは、翔と大差ない気がするけど?」
「いやいや、あいつのトンデモぶりは、俺とは比較にならないでしょ?」
「そう? 私に言わせると、どっちもどっちだけど?」
未惟奈にそう言われて、俺は思わず絶句してしまった。
……やっぱりそうか。
俺が「武道だ」の一言で押し切っているのは、美影が「超能力だ」とか「気功だ」と自信満々で言っているのと、少しも変わらないように未惟奈には映っているということか。
それは、結構ショックだ……。
俺の現時点での、美影惣一の話への信頼度は、せいぜい十分の一程度だ。
だが――。
ゼロとするわけにはいかない。
では、その十分の一という僅かな「一」は何なのか。
俺は、度重なる未惟奈との「組手」で、未惟奈の「感情の圧」に俺の身体が無意識に反応しているという「事実」を体感している。
未惟奈と練習を始めて、何回も何回も同じことを繰り返し、無視できない確かな「何か」にまで辿り着いていた。
しかし、美影は俺と未惟奈の体育館での対戦を、ただ見ただけでそれに気づいたのだ。
しかも、美影が「気功法」という言葉を使ったことも、大いに引っ掛かった。
日本では、ほぼ市民権を得ているであろう「気功」という言葉。
だが、この「気」が一体何なのかを明確に説明できる人は案外いない。
科学的に実証された、という話もとんと聞こえてこない。
だから、市民権を得ているからといって、「気」という存在が曖昧模糊なものであることは間違いないし、特に俺のような武道・格闘技を実践している人間にとって、この「気」という言葉ほど取り扱い注意なものはない。
それは、武道を神秘的に演出するために、この「気」という言葉があちらこちらで使われまくっているからだ。
武道家の権威づけに、これほど都合のいい言葉はないと思えるほどである。
そして、これが度を過ぎると、美影が語ってみせた「武道で超能力は使える」といった、トンデモないところまで話が飛躍してしまう。
美影のようなオカルトマニアは、特に要注意人物と言える。
ただし、だ。
そうは言っても、実戦空手の代名詞であり、誰もが知る極真会館が、古くからこの「気功法」に類似した鍛錬を取り入れていることは有名な話だ。
これは、極真会館の故・大山倍達館長が、「大気拳」の創始者である澤井健一と深い交流を持っていたことに端を発している。
澤井健一といえば、伝説の中国武術家・王向斎から直接「大成拳」を学んだ希有な人物だ。
その澤井が、大成拳に独自の工夫を加えて「大気拳」を創始した。
その太気拳の鍛錬法である、立禅・練・這といった、「気功法そのもの」とも言える鍛錬法を、今なお実践している極真会館の道場は数多く存在する。
有名な話としては、1990年代後半から2000年代前半にかけて、全日本大会で五度の優勝を果たした数見肇が、この練や這といった動きを積極的に組手へ取り入れ、注目を集めたことだろう。
さらに、美影が口にした「気功法」という言葉は、俺にとって特に――本当に特に、無視できないものだった。
なぜならば……。
俺の空手の師匠である祖父、鵜飼貞夫が、まさにこの「大気拳」の立禅・揺・這といった鍛錬方法を、最も重視した空手家の一人だったからだ。




