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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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決戦前に

「どうだった?伊波さん」


 俺が控室に戻るやいなや、揶揄するように未惟奈が言った。


 未惟奈は、椅子に座りながら試合直後とはとても思えないくらいにリラックスしている。俺は伊波に会うとは言っていなかったはずだが、未惟奈にはお見通しだったらしい。


「え?なんで伊波?」


 と、一応とぼけて聞いてみる


「行ってきたんでしょ?伊波さんの控室。まったく、彼女(わたし)の試合が終わったと思ったらコソコソと」


 わざとらしく、未惟奈は少しむくれてみせたが別段怒っているようには見えなかった。


「別にコソコソってわけじゃないけど、対戦相手のセコンドとして……挨拶にね。」


 なんとも苦しい言い訳だな……。


「だったら私と一緒に行けばよくない?どうせ私が嫉妬すると思って声かけなかったんでしょう」


 むろん図星でギクリとしたが、未惟奈の言動は穏やかだった。


「嫉妬するとか、自分で言うなよ?」


 穏やかな未惟奈に安心しつつ軽口を叩いた。


「でも嫉妬しない私、新鮮でよくない?」


「なんだその自虐?」


 そうあきれつつも、確かにこの未惟奈のリアクションは今までの彼女からは想像できない。うん、確かに新鮮かもしれない、なんて思ってみる。


「もう彼女に嫉妬しないと思うわ」


 なぜか未惟奈は嬉しそうにそんなことを言った。


「それは伊波はもう眼中にない的な?」


 いままでの未惟奈なら言いそうな強気なセリフを俺が先に行ってみた。しかし返ってきた答えは意外だった。


「逆よ。彼女への信頼感かな?」


「はい?いつそんな信頼を築いたんだよ?」


「そんなの試合中に決まってるでしょ?」


「試合中?なんだそれは?」


 そうは言いつつも……実は、そんな予感があった。


 拳を合わせれば、お互いを理解できる的なテンプレートではないが、それでも互いに高いレベルの格闘家ならではの「身体で感じた」何かがあったのだろうと想像した。正直あの試合を見せられれば、ただの対戦相手ではなく死線を潜り抜けた戦友といった関係性になっていてもおかしくない


「彼女、1Rのダメージで2Rは立っているのもキツかったはずよ。それでもロープに詰めて追い込まれると、必ず翔に視線を向けていた。……途中から彼女のモチベーションが翔ということが分かったのよ……」


 伊波本人から、聞いていた通りだ。でもだったら……


「でもなら、未惟奈は伊波のその態度は腹立たしいのでは?と思うんだけど」


 未惟奈は「ふ~む」と目線を下げて考える素振りをしてからぼそりと口を開いた。


「なんか、彼女も翔のことが好きなんだなあと思ったら、妙に親近感が湧いてね」


「なんだそりゃ?」


「ほら同じ男性(ひと)を愛する同志的な感覚?」


 流石にあけすけに「愛する男性(ひと)」と言われ迂闊にも顔が火照る。

 でも、やはりどう考えても「俺程度の男が」と思わざるを得ない。


 未惟奈は世界が注目する美少女アスリートかつ国民的アイドル。そんな肩書をもつ彼女だが付き合って見ると未惟奈は、良くも悪くも一般的な高校生の枠組みから外れすぎている。

 だからなのか、俺みないな凡庸な男子を好きになるという「普通でないこと」が起こることもある奇跡的に起きたことを納得している自分がいる。


 しかし伊波に関して言えば、天才ムエタイ少女と呼ばれ、マスコミにも注目されてはいるものの、俺の知る限り、極めて一般人的思考の持ち主にみえる。少なくとも未惟奈のように近づき難い相手ではない。だから彼女の周りいるであろう俺なんかよりイケてる男子が、とうに彼女のハートを射止めているのが順当な想像だ。

 だから彼女が岩手県在住の空手が得意なだけの普通の男子高校生にわざわざ惚れる理由が理解できない。俺が好きというのも未惟奈を揺さぶるフェイクかと思いきや、結果的には彼女の告白からそうではないことが分かった。

 ただ彼女との会話で最後に感じたのは彼女の場合は俺そのものよりも俺の空手の実力に惚れているというのが正しい気がした……


           ***     ***    ***


「で、これから大事な試合があるのに恋愛妄想で頭を一杯にしていていいのかしら?」


 俺の妄想をいつも通り的確に見透かした未惟奈に呆れて言われてしまった。


 確かにそうなのだ。いよいよ俺の試合が始まる。忘れていたわけではないが、かといってそれ程切羽詰まって試合のことを考えていた訳でもないから反論のしようはない。


「なんかさ、翔の様子を見てるとチャンプア・プラムックをナメているようにしか見えないんだけど?大丈夫?」


「心配すんなって。伊波が俺を好きな時点で、伊波大好きのチャンプアには既に俺が一本勝ちをおさめている訳だし」


「はあ?何笑えないこと言ってんの?」


 色んな意味で未惟奈の表情が般若の面の如くになった。


「いやいや、冗談だよ……むろんヤツの実力は分かってるさ。十分すぎる程にね。」


 俺は対戦相手のチャンプア・プラムックを決して過小評価していない。現に俺は彼の試合は入手できる限りの映像で全てチェックした。だからヤツがどれだけスペシャルな存在なのかは誰よりも分かっている。


 さらに言えば、想定外のこととして会場に入ってからというもののずっと感じ続けている彼のプレッシャー。こいつが妙に気味が悪い。映像で見た以上の「何か」がチャンプアにあることは間違いない。

 ただ、だからと言って俺は焦りもしない。

 もちろん「なんとかなろうだろう」という能天気な楽観主義でもない。


 そして未惟奈は俺と同じレベルでヤツの気味悪さに気付いている。だから彼女も言う。


「この私の目から見ても彼は未知数。底が知れないわよ」


「ああ、それは分かってる」


 未惟奈はスポーツに関しての分析は群を抜く。その未惟奈をしても「未知数」という。


 だから分かることがある。未惟奈のようなスポーツ視点で見てもチャンプアの実力は計り知れない。それだけではなく、俺の様な武道的視点、例えば彼から感じる異様なプレッシャーという名の「気」の存在。確かにヤツはそれらを併せ持つ。


 しかし。


 俺は「だからこそ」という勝機を……


 導き出すことができていた。

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