鉄壁の門
「君!ここは選手とその関係者専用に入口だから!表にまわって!」
警備員の制服を着てはいるが、その体格があまりにゴツすぎて警備員というよりは格闘家が警備員のコスプレをしているようにしか見えない。そしてなんたって顔が怖い。
「えっと、一応関係者なんだけですけど?」
そんな大男の迫力に圧された俺は小声でなんとかこれだけ言い返した。
俺が選手であることに全く気付いていないこの警備員なんなん?と呆れつつも……ここにきて今までの話が「全てどっきり」なんてことないよな?なんて不安になる。それは流石にあり得ないのは頭では分かっているのだが、いかんせんはじめての体験だからいろいろ不安は不安のだ。
「誰の関係者?」
警備員は不信感丸出し。なんか高圧的というか、ほとんど番犬の威嚇だな、これは。まあ、ある意味仕事的には正しい反応なのか。
「俺は選手です」と声高に言い切ればいいのだが、それで信じてもらう自信がないのが情けない限りだ。どうしたものかと逡巡していると、ちょうど入り口手前に横付けしたマイクロバスから数人のごつい集団が降りきたおかげで警備員意識がそちらに向いた。
そのバスから降りてきな一行の一人は「知った顔」だったので、少しホッとした。いや、決して好感を持ってる相手ではないので思わずホッとしてしまったのはなんとも杓なのだが。
「なんだ、神沼じゃないか。まさか俺の応援に来たのか?そうか俺の入り待ちしてるのか」
有栖天牙が言い放った。はあ?誰が誰の応援だよ?どうして俺がお前のファンになんなきゃいけないんだ?そう確信するお前って何?あまりのトボケぶりに心底、こいつの「おつむ」を心配してしまった。ってかお前も今日の大会に出場するのかよ?
「ああ、君は有栖さんの知り合いの関係者?」
警備員が少し警戒の色を解いた。なんだよこの警備員、有栖の顔は知ってるのか?
「いや、彼は一般客ですよ。ただの俺の応援です」
有栖がさらりと言う。
このごつい集団に海南高校空手部顧問の芹沢薫子がいないことに心底俺はがっかりした。彼女がいればこんな茶番に巻き込まれることはなかったろうに。
さすがの俺も「いらっ」として、この烏合集団を無視してスマホで未惟奈を呼び出すこととにした。そうなのだ、俺は未惟奈と格闘技ライター春崎須美の車の同乗して埼玉スペシャルアリーナの会場までやってきた。ただ俺はうっかりスマホを車の中に落としてしまったので春崎須美に車のキーを借りて一人駐車場まで戻って、未惟奈達は先に会場に入ってしまっていた。
スマホの画面に集中していると、少し周りが「ザワザワ」というどよめきが聞こえたがので自然俺も顔を上げてそのどよめきの先に視線を送る。
「あら、翔さん?」
遠目で、そのどよめきを起こさせた「主」が俺の姿を見つけて軽く手を上げて言った。
そこにはなんと伊波紗弥子の姿があった。おそらく伊波が所属するジムの関係者3人と一緒で、伊波はいかにも選手らしくスポーツブランドのウェアに身を包み、どことなく「選手らしい」オーラも醸し出していた。さすが有名人。近くにいたファンであろう人々に早速囲まれていたが、それを軽くいなして俺に近づいてきた。
そもそも俺が「選手」として認識されないもの、未惟奈の反対を押し切ってゴリゴリの「普段着」で来てしまった俺にも責任があるのかもしれない。だって一般人の俺がスポーツウェアで通りを普通に歩くなんて経験はないのだ。動ける格好には会場で着替えれば十分と思っていたが変な自意識過剰が仇となった。
「おお、伊波か。いいところに来てくれた」
「え?なに?……なんで一人?なんでその恰好?」
伊波は俺の今のシチュエーションが色々不思議に見えたらしい。
「いや、ちょっとした手違いで」
手違いは別にないのだが、自分でもよく分からない言い訳をして苦笑いで応えた。
「えっと君は結局、伊波さんの関係者なの?」
一旦は警戒の色を解いた警備員が、伊波とも知り合いの俺に不思議な顔をした。
そんな警備員の応対を見て、勘のいい伊波は状況を理解したらしくその茶番にのってしまった。
「いや、私の関係者じゃなくて私の対戦相手の彼氏さん。だから一般人かな?」
伊波は意地悪な微笑を俺に向けながらそう言っもんだから慌てた。
「おいおい!伊波!」
色々ツッコミたい。
なんで俺が未惟奈と付き合ってることを知ってるんだ?……きっと情報源は春崎須美だな
てか、伊波の対戦相手ってことは未惟奈だぞ?未惟奈の彼氏がこんな普通の男子なんて誰も信じないんだから、ますます俺はこの警備員に怪しまれるぞ?
案の定、その警備員は腕組みをしてついに眉間惟皺を寄せてしまった。
「フフフ、じゃあ翔さん、彼女に今日はよろしくって伝えておいて」
散々人を困らせて、伊波は待たせていた連れとそそくさと俺のもとを離れた。すると「出待ち」ならぬ「入待ち」の男性ファンに囲まれ花束やらプレゼントやらもらいながら俺がどうしても入れない入り口から易々と「顔パス」で会場に入ってしまった。
「今のは誰だ?選手なのか?」
有栖がすっとぼけた事を言う。
「おいおい、未惟奈の対戦相手の伊波紗也子だぞ?知らないのかよ?」
てか、まだいたのかよ?とっとと入れよ。
有栖は聞いておきながら、大した興味もないらしくようやく会場に入っていった。そう、こいつは自分にしか興味ない人間だよな。
警備員は相変わらずの不審が顔。勘弁してくれ。
大会出場者2名の関係者だという理解を警備員はしたらしいが、二人して「俺が選手である」ことを明言してくれはしなかった。だからむしろ会場の入り口で張っている格闘マニアというイメージが出来上がってしまったような気がする。
その時、会場入口から「ザワザワ」と騒がしくなった。そのざわめきは伊波の時の比ではない。また殺風景な地下の入り口がどこか華々しく感じるほどに空気感が変わった。俺はこの感じを良く知っていた。
「翔!?何時まで待たせるのよ!」
未惟奈は大声でそう言いながら、彼女の周りに「取り巻き」のように張り付いてるメディアやファンを振り切って、ズンズンと俺に向かって来た。スターというのはこういう人間を言うのだろうと改めて思う。未惟奈が現れた瞬間に、あたりの空気に熱を帯び独特の圧力に支配される。この熱に侵された一般人はどこか浮足立って未惟奈から眼を反らせなくなってしまう。
入り口にいたファンと思しき人間はもちろん会場関係者まで今未惟奈に注目している。その未惟奈がさっきから「一般ファン」と間違われて未だ入場できずにいる俺に近づいてきた。
「ほら、何やってんのよ!早くしなさいよ!」
そういって未惟奈が俺の手を掴んだ時、周りにいる人間がようやく「俺の存在」に気づいて”おや?あいつは誰だ?”という表情になった。そして一番怪訝な顔をしたのは俺さっきから引き留めて放してくれない警備員だ。そして思わず彼は口を開いた。
「君は未惟奈さんとも知り合いなの?」
俺は流石に苦笑いがこぼれてしまい、何と答えようか一瞬迷った隙には未惟奈が先に答えていた
「何言ってんの?彼は私の彼氏だけど?」
はあ!?
というギャラリーの声に俺の心の声もピタリとシンクロしていた。
「いやいや、未惟奈その前に言うことあるだろう?」
「え?なに?私と翔にそれ以上の関係性あったっけ?……空手の師匠だとか言えってこと?」
「いやそうじゃなくて……俺が選手ということとか?」
「それ私との関係とは関係ないじゃない?」
た、確かにそうだな。警備員は未惟奈と関係あるかどうかきいただけか。俺はその論理的な思考に妙に感心してしまった。
未惟奈のカミングアウトでギャラリーたちを含めて騒然となっている中で目を白黒してしまった警備員は苦し紛れに一言いった
「君も選手だったの?」
「ええ、神沼翔です。これでもいちおう今日のメインなんですよ」
凍り付いた警備員を後にようやく俺は未惟奈と共に鉄壁過ぎた会場の門をくぐることができた。




