たどり着いた先
ある時を境に、祖父を尋ねても空手の話題が上がることはなくなった。しかし今、祖父はかつてのように鋭い眼光を放ちながら語り始めた。
「わしは歳をとるにつれて、むしろ大気拳の鍛錬による気の力がますます強くなることに当惑した。そのうちに、さっき未惟奈さんが指摘したように攻防技術がなくとも戦えてしまうという矛盾に気づいたのじゃ」
祖父の話を真剣に聞いていた芹沢薫子が、大きく二度頷くと口を開いた。
「そう。ですから大成拳の始祖、王向斉はその体系に攻防技術が最小限にまでそぎ落とされてしまった」
この話は以前にも芹沢から聞かされたことがあった。
『攻防技術を削ぎ落す』そんなことをしてメリットがるのだろうか?空手しかしらなかった俺はそんな発想に疑念丸出しの顔で聞いていた。
祖父は芹沢の言に首肯した後にゆっくり話を続けた。
「しかしわしはさっきも言ったが空手は攻防技術こそ磨かれるべき技だという信念があった。だからわしの目指すべき方向に気の存在がむしろ邪魔になってしまったのじゃ。だから若い翔にはより悪影響だと思って翔を遠ざけた」
この話を聞いて俺は少し疑問に思った。
「でも俺が芹沢さんから大成拳を習うと言ったとき、別に反対もしなかったよな」
そうだ、祖父が俺に頑なに指導を止めた割に、俺が大成拳をすることには一切口を出さなかった。
「ああ、わしの大気拳は所詮補助訓練レベルの技だからそれを体系的に教えることは不可能だ。しかし王向斎直系の技術なら話は違う。それにそれは翔には翔の道があるはずだから、あえてそこには口は出さんかった」
よく分からない曖昧な答えを祖父は語った。本当にそんな理由なのか?王向斎直系の芹沢に何かを期待していたのではないか?俺はそれを探るべく続けて尋ねた
「でもここにきて敢えてそれを俺に見せたという事は何かあるんだろ?」
温厚な祖父が、芹沢を驚かすためだけに「あんなマネ」はするはずない。
「そうじゃな。翔に大成拳を教えている芹沢さんが見せた反応を見る限り、翔が芹沢さんの指導を受けることがまちがいでなかったことが分かった」
やっぱりそうか。のっけからそんなことを試すなんてえげつないな。俺は思わず苦笑いをしてしまった。
「翔、そんな顔をするなて。わしも悪かったと思っておる」
祖父は再び困った顔になりながら、もう一度慇懃に芹沢に向けて頭を下げた。
「鵜飼さん、その……私の反応を見て何がわかったんですか?」
芹沢が真剣な面持ちで問うた。
「あなたの使う気の技は、しっかり攻防技術に結び付けられたものだとういことがよく分かった」
「いやいや、さっきの芹沢さんリアクションのどこに攻防技術があったんだよ?ただ驚いただけだろ?」
俺は全力でそんなツッコミを入れた。気の技術が空手の技術と結びつく?オカルトマニアの美影聡一なら飛びつきそうな話だが、正直俺は「気」と「空手の技術」を同列に話することにひどく嫌悪感を感じた。
どちらも優れた「技」だと思うが、空手は空手で完結してほしい。混ざりものにしたくない。
そもそも芹沢のあの反応からなんでそんな結論が導き出されたというのだ。
そんな俺の不服を目ざとく見抜いた未惟奈が口を開いた。
「芹沢さん?この件でなんかコメントできることはあるの?」
芹沢は、未惟奈の問いを受けてから一旦祖父の顔を見て、そのままその視線を俺に向けた。
そして不満げな俺を説得するかのようにゆっくり語った。
「私は鵜飼先生の『気の玉』に対して『攻防技術』で対応していたのよ」
「はあ?」
祖父の言葉で不信感を顕にしていたのに、さらに眉間に皺が寄る程に不快感をもって大声でそう応えてしまった。
そのリアクションに苦笑いをした芹沢の顔は憂いのある美しい大人の女性の表情で一瞬ドキリとしてしまったが、それを未惟奈に悟られる前に俺は慌てて言を継いだ。
「さっきの芹沢さんはただ驚いて後ろに仰け反っただけでしたでしょ?攻防技術の要素なんてどこにもないでしょ?」
俺はそんな信じがたいことがあの一瞬で起きていたことに全く気付けなかった。そのことに「焦り」を感じてしまったのか、俺は慌ててそれを否定するように口調も激しいものになっていた。
「翔、それはお前が未熟で分からなかっただけだ」
そんな俺の動揺を見透かしたかのように祖父がピシャリと言った。
「翔?残念だけど私も翔もまだまだその「気の話」ではヨチヨチ歩きってことよ」
未惟奈は全く動じることなくそう言い放った。悔しいが自分の未熟をあっさり受け入れる精神的な強さがあるは俺よりも未惟奈の方がよっぽど上ということだ。
「ほらほら翔?そんな悔しい顔しない」
未惟奈はきっと俺のそんな思いまで読んで、勝ち誇ったようにそう言った。
「で、じいさん……結局、芹沢さんとどんな『攻防』があったってんだよ?」
俺は悔しさをグッと飲み込んで祖父に聞いた。
「芹沢さんはわしの「気の玉」を私のよく知らん技でかわそうとした。おそらく大成拳では攻防技術がないように見えるのは「ない」のではなくはたから見ても分からないくらい「最小化した」ということじゃよ」
そう説明した祖父の言葉を聞いて芹沢の美しく大きな目の奥がキラリと光った。




