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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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師の元へ

 大会を5日後に控える3月25日。もう終業式だ。


 未惟奈に会ってもう少しで1年にもなる。去年の今頃、まさか自分が最強のムエタイ選手と試合をするなんて想像もしていなかった。

 いやいや、それを言うなら世界のスーパースター「ウィリス未惟奈」が自分の彼女になっているなんてことは1mmどころではなくニュートリノ程にも想像していなかった。月並みだが人生ホントに何が起こるかわからないを実感する、早春の候。


 さて、終業式を終えた俺と未惟奈は、その日の午後、盛岡市郊外にある、とあるラーメン屋にバスで向かっていた。そのラーメン屋は市内でも割と有名で、特に「激辛」を売りにしたメニューは「マニア」にはたまらなく「癖になる」とかでいつもそれなりの客足がある。


 俺たちは大会前の「体調管理」がとても大事なこんな時期に、身体にメチャクチャ悪そうな激辛ラーメンを食べるために「そこ」へ向かっている訳ではもちろんない。


 別に「理由」がある。


「それにしても、まだ生きてたなんてびっくりだわ」


 未惟奈は涼しい笑顔で、全くおだやかでないセリフを吐いた。


「いつ死んだって話をしたよ?」


 言いながら、流石に俺は口角を歪めながら苦笑してしまった。だって祖父「鵜飼貞夫」がどうやら未惟奈の中では「亡くなった人」だったようなのだ。


 俺の祖父「鵜飼貞夫」はその「激辛」が有名なラーメン屋を営んでいた。


 俺は月に一度くらい、定期的に訪れているが、確かに未惟奈にそのことを話したことはなかった。


「もうすべてお前に教えた。ここからは自分で創意工夫をすべし。それがお前のこれからの修行だ。だからもうわしを一切頼るな」


 祖父は、中学三年の春にそう言って以来、頑固一徹、俺の前で一切空手の話題をすることはなかったし、俺が空手の話題を出すことも厳しく禁じていた。だから敢えて未惟奈に祖父のことを話す機会はなかったのだ。


 今の祖父の興味はといえば「辛すぎるラーメン」を作ることで、俺の見るところもうすっかり「空手」に興味がなくなったように思えていた。


 しかし「空手」には興味がなくとも、檸檬から「未惟奈」の話を聞きつけたらしく、是非連れてこいという話になった。


 俺は未惟奈との両親とは、もう十分すぎる程に仲良くさせてもらっているが、未惟奈が俺の家族で会ったことがあるのは姉の檸檬だけだ。


 実は祖父は俺と檸檬がまだ小学生だったころは、檸檬にも空手の指導をしていたことがあった。だから檸檬もああ見えて一般男性に襲われても相手をねじ伏せるくらいの空手技術は持っている。


 現にいつだったか、今アルバイトをしてるドラッグストアーで、檸檬の恋人になった維澄さんに乱暴しようとした男性を一瞬で檸檬は制圧したらしい。


 そんな風に、祖父は檸檬をとかく可愛がっていたところを見ると、祖父も「美人な少女」は嫌いでないのかもしれない。いくつなっても男は男に違いないのか!?だったら未惟奈のことを気に入る可能性も高そうだ!?


 さて、バス停を降りると殺風景な北上川の川沿いの道が目の前に続いている。祖父が経営するラーメン屋は見通しのいいバス停からもう見えていた。


 俺たちがバスを降りると、そこにはもう一人、祖父への訪問者がすでに待っていた。


「すいません。お待たせしてしまいましたね」


 別に俺たちが待ち合わせに遅れたわけではないが、3月とはいえ岩手の川沿いはまだまだ十分寒い。だからそんな寒空で待たせてしまったことに罪悪感を感じる心優しい?俺は無意識にそんなセリフが口をついた。


「いいの、私が早く着きすぎただけだから」


 そう言った彼女にはあきらかに「緊張の面持ち」が見て取れた。


 いつもは表情を崩さない……というよりは素の表情がいまいち読み取れない彼女にしては珍しいことだ。


「芹沢さん?なに緊張してるの?」


 未惟奈はあざとくそれを察知して、揶揄うようにそんな意地悪な問いを掛ける。


「それは緊張するわよ。私は祖母からさんざん澤井健一とその弟子の君の御祖父のことは聞かされていたんだから」


 芹沢はいつも、どちらかというと「カジュアル」な恰好をしているので、遠目には女子高生といっても通用するような若々しさがある。しかし今日は黒いワンピースと、カチッとした黒いジャケットはおっておりメチャクチャ「大人の女性」である。さらに普段は素人男子からはではすっぴんにしか見えない程にナチュラルな薄化粧の彼女が、今日はあきらかにバキバキに「キメテ」いて見とれるほどに美しかった。


「んんんっ!」


 そんな俺の「よこしまな感情」を目ざとく気付くのはさすが安定の未惟奈さま。そんな咳ばらいをしつつ俺をギロリと睨んでくる。それを横目で見る芹沢は形のいい唇をほころばせフフと小さく笑った。


 いやいや、その仕草と言い、この大変身ぶりは流石に……ねえ。男子なら分かってくれるはずだ。


 *   *   *


 俺が芹沢薫子から大成拳の指導を本格的に受けるきっかけになったのは、芹沢の祖母である李永秋が祖父の大気拳の師匠である澤井健一と同門であったことによる。


 その芹沢の祖母李永秋が澤井門下に大成拳を継いでほしいとの遺言を残していた。だから芹沢は「俺が鵜飼貞夫の関係者」であることをどこかでつきとめ、その遺言を律儀に実行するために俺に接近してきたという訳だ。


 そして幸か不幸か、以来、俺は毎月のように芹沢から大成拳の指導を受けていた。芹沢からはどこかのタイミングで是非「鵜飼貞夫」に会わせてほしいとは聞いていたが、ようやく今日それが実現するという訳だ。



「あれがそう?」


 未惟奈がバス停から見える小さな店舗を指してそう言った。


「ああ、そうだよ」


 俺がそう言うと未惟奈は少し怪訝な顔をした。それはそうだ。どう考えても立地が悪すぎるのだ。こんな川沿いの人通りのない場所で飲食店が成功するはずがないでしょう?とでも言いたいのだろう。分かる。

 しかし時として立地条件より味(しかもマニア向けな)が勝ることもあるようで、「激辛好き」の変態達?の支持を得てそのラーメン屋は盛岡でもまあまあの有名店だったりする。


 ただ、すでに昼の「混雑時間」はとうに過ぎていて入り口の看板も「準備中」に変わっていた。俺は未惟奈と芹沢薫子に先んじていつも通り店舗の扉を開けて暖簾をくぐった。


 祖父は店内の客席の一つに腰を下ろし、くつろいでTVを見ていたが俺達に気づくとにっこり笑って「いらっしゃい」とまるでお客に言うように口を開いた。


 すると、さっきから緊張の面持ちでいた芹沢が店内に入った途端、両眼を大きく見開らき、息を呑むような驚きの表情を見せた。


「え?どうしたんですか?芹沢さん?」


 そう言うと芹沢はきっと無意識に後ずさりをして、ごくりと唾を飲み込んだ。

更新が滞っており申し訳ございませんでした。また少しづつペースを上げる予定でおりますのでこれに懲りずご愛読ほ程、お願い申し上げます。

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