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普通男子と天才少女の物語  作者: 里見亮和
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結果で返す

「誰だそれ?」


 全国の格闘ファンの間でこのセリフが何度囁かれた(いや「吐き捨てられた」)ことだろうか。


 正式にRYUJINのサイトに「チャンプア・プラムック vs 神沼翔」の対戦が告知され、ネットニュースでも各社がこの記事を取り上げたものだから全ての格闘ファンが聞いたこともない「神沼翔」という高校生の名が全国に知れ渡ることになった。


 この状況で、格闘ファンに見も知らぬ高校生が「チャンプアと対戦する」ということを納得させるのが、どんなに困難な事か。プロモータ―としての高野CEOの心労たるや並み大抵のことではなかろう。他人事ではないのだが、これについては俺にはどうすることもできない。


 ただ俺とチャンプアの対戦と併せて、同日に「ウィリス未惟奈 vs 伊波紗弥子」の対戦も同時発表された。これは俺のニュースとは比較にならないくらい「号外」とばかりの大ニュースとして「世界の注目」を集めた。


 これは対戦そのものよりも「未惟奈がプロ格闘技の興行に出場する」という事実が世間の度肝を抜いたのだ。


 以前に「空手を継続する」という記者会見を開いただけで「大事件」として世界に報道された未惟奈。その未惟奈がいきなり「プロの興行」で試合をするとなれば、世界中のスポーツファンが色めきだつのも無理はない。


「お客さまの動員数」のことを考えれば、未惟奈だけで興行的には大成功だろう。だから無責任に言えば俺の対戦がそれほど注目されなくてもさして問題はないと思われた。同日に未惟奈のマッチメイクをした高野CEOの判断は至極当然のことであろう。


 ただ全国の格闘ファンの「あいつ(俺のこと)誰だ?」という、「疑問」という名の「不満」を解消するためには運営サイドとしても「やれることは全て」やらねばならないようなのだ。


 その「やれること」の一つが、所謂「煽りV」言われる映像作成だ。「煽りV」とは両選手のこれまでの人生や今回の対戦にかける思いなどを短い時間のビデオに編集する「あれ」のことで、試合を見る人の興奮をあおることが大きな目的だ。多くの煽りVではお互いに強気の発言で「舌戦」をくりひろげるのが「お約束」になっている。


 最近ではプロレス顔負けにオーバーリアクションをする盛り上げ上手もいるようだが、普通の高校生をしている俺が大人相手に上から「煽る」なんてできるはずもない。


「そこは演技でいいから」といわれたもののどうもうまくできない。


 すると未惟奈はじめ「俺の周り」の「神沼翔」に対するインタビュー映像が先に撮り終わったらしくそれをまず見せてもらうことになった。



 天才美少女アスリート「ウィリス未惟奈」 

 『翔は私の空手の師匠よ。もう一年近く彼と対戦してるけど、一度も勝てない。彼の強さは底が見えないわ。チャンプア・プラムック?誰それ?強いの?どんな相手がこようとも翔が負けることはないでしょうね』


 天才ムエタイ少女「伊波紗弥子」

『実は彼と対戦したことがあるの。非公式のスパーリングだけどね。悔しいけど、少なくとも私は何もさせてもらえなかった。彼のいかにも普通な高校生という見た目だけで強さを計るのは危険よ。チャンプアに勝てるか?フフ……その答えは言わないでおくわ』


 伊波紗弥子を破った謎の中国武術ファイター「芹沢薫子」

『武道家という意味においては彼はもう達人の域よ。でも武道家が格闘技の試合出ると大体負けちゃうでしょ?でもきっと彼の場合はそうはならないと思うわ』


 炎の格闘技ライター「春崎須美」

『彼は伝説の空手家鵜飼貞夫のお孫さんにして、その空手の技術を全部継承した現代の武道家よ。私は彼に出会えたことを神に感謝したわ。彼はきっと空手が世界で一番強いということを証明してくれると思う』


 天才高校生空手家「有栖天牙」

『ああ、彼とは一度非公式対戦したよ。彼はなかなか強いぞ。え?勝敗?俺の負けだ(どや顔)』


 日本ムエタイ界の名伯楽「藤本正人」

『うちの若いのじゃ相手にならなかったよ。びっくりしたな。トレーナーのマンチャイですら彼を抑えることができなかったからね。チャンプアには侮っては危険だと早速伝えたよ』


 姉「神沼檸檬」

『彼、見た目普通でしょ?(笑)でも空手は物心ついてころから祖父の鵜飼貞夫から徹底的にしこまれてる姿を見てるから……私は勝つと信じてる。格闘技のことは分からないけど、翔が負ける姿は想像できないもの。……(ところで、お姉さん綺麗ですね?)ああ、それはどうも。モデルやってるのでよろしく(ピース)』


 なんだ最後のは?檸檬のインタビューはいらんだろ?ちゃっかり自分の宣伝までして。そういえば檸檬はつい先日出場したモデルのオーデションで優勝し、なんとプロのモデルになっていたのだ。そしてそのモデル指南をしていた憧れの元モデル碧原維澄さんとついに付き合い始めたらしい。その話を聞いた俺は心底嬉しく思った。


 さて、皆が皆、俺を「よいしょする」コメントばかりで、なんとも背中がこそばゆい。それでもみんなからこれだけコメントを貰って俺が何も発言しない訳にはいけかない。


 俺はようやく覚悟を決めて、慣れないTVカメラの前で口を開いた。


『勝敗については、競技経験ないので俺にはよく分からないです。でも皆さんに本物の空手がどういうものかはお伝えできると思います』


 早速、未惟奈からは「コメントが超つまらない」と文句を言われた。


 確かにプロモーター側が望む「煽りV」的なコメントではないだろう。それは申し訳ないと思う。


 でも若干高校生の俺が語れるのは正直な「本音」しかない。むろん別に負けた時の保険のために強気な発言をしない訳では全くない。でも武道家の端くれとしてよく知りもしない対戦相手のことを適当にディスることはどうやってもできない。


 俺はただただ自分の空手をするだけ。


 視聴者に約束できるのはそれだけだ。


 結果で返す。今のところはそれで勘弁してほしいところだ。

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