表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
102/163

大人の事情

「翔くん、試合まで私のところでフィジカルトレーニングをしなさい」


 いままでの和やかな空気感から打って変わってウィリス父がやけに神妙な顔つきでそういってきたので俺も少しだけ緊張した。


 ウィリス父と初めて会ったとき、俺が「武道としての空手」にこだわっているから俺が全くフィジカルトレーニングに興味がないことを話した。


 だからそれを知りつつ、あえてそう提案したということには訳があるはずだ。


「えっと、理由を詳しく伺えますか?」


 俺は即答はせずに慎重にウィリス父の意図を探るべくそう問いかけた。


 ウィリス父は首肯すると続けた。


「翔くんの技術力の高さについては、未惟奈からもよく聞いてるし疑うことは全くないんだが」


 そう前置きをしながらフィリス父はあらためて俺の身体を凝視する。


 それから重々しく再び口を開いた。


「ただ、万が一の安全を考えた時、チャンプア・プラムックに対して今のままの身体で試合に出ることに私は反対だ」


 ウィリス父は居るように俺を見据えなが一息に言った。


「はい、それについては、仰る通りだと思います」


 俺は即答した。


 競技格闘技に出場するに及んで、既に俺の中では「武道家だから」という意地を貫くのは誠に持って子供じみていると思っていた。


 俺が素直にこの件を聞き入れたことがよほど意外だったのか、ウィリス父は目を見開きつつその表情はかなり驚いているように見えた。


「じゃあ、この件は了解してくれたと思って構わないのかな?」


「はい」


 俺は迷わず答えた。


 ウィリス父がこの話を始めてから、俺の視界の端で緊張の面持ちだった未惟奈の表情が、俺の返事を聞いて安心したようにほっと小さく息をはいた。


「ただ、ご迷惑でなければですが。だってウィリスさんの指導とか、お金掛かりそうだし」


 考えてみれば「エドワード・ウィリス」からフィジカルトレーニングをしてもらうとうことは、世界でも最高峰のトレーニングができるということを意味する。普通のアスリートなら垂涎の待遇と言っていい。大金を払ってできる類のものでもないレベルだ。だからそれがウィリス父からの提案であっても「やってやるよ」なんて上からの態度は間違っているのだ。


「そんなの未惟奈ちゃんの彼氏なんだから、気にしないでいいんだよ~。それに私も手取り足取り手伝っちゃうぞ~!」


 ずっと重苦しかった空気を割るように、聡美ママが妙にテンション高く横から茶々を入れた。この人も性格は「こんなん」だけど、結構場を読んで絶妙なタイミングで「道化」を演じてくるのが、なんとも「女性として」の恐ろしさを感じる。またママさまだって五輪二連覇の「あの保科聡美」なのだ。だから一流アスリートとしてフィジカルトレーニングを指導するという話もあながち冗談ではないかもしれない?!う~む、それはちょっと嬉しいかも!?


 と思ったのだが……


「私がサポートするからママは余計な事しないでね」


 未惟奈が怖い顔でピシャリと釘をさしてきた。


「え~!未惟奈ちゃんばっかリずるい!!」


 聡美ママは慣れたもので、未惟奈の怖い顔を華麗にスルーしてまだ楽しそうにしている。


 そんなやりとりを苦笑いで見ていたウィリス父が続けた。


「未惟奈の『友達』から費用を請求するつもりはないさ。それにこれは高野CEOから頼まれたことでもある」


 せっかく聡美ママが「彼氏」と言ったことを、あえて「友達」と言い換えて返してくるのは仕方のない事として……なるほど、そういうことか。高野CEOから話があったのか。


 俺のような身体的に成長過程である高校生とチャンプア・プラムックという成人男性の中でもフィジカルお化けのような選手とのマッチメイクだ。それによって発生するリスクを最も感じているのはこの対戦の発案者たる高野CEOに違いない。


「なんか、俺が変なところに頑固だったばっかりにいろいろ申し訳ございません」


 俺の知らぬ存ぜぬところで多くの方に心配、迷惑をかけてしまっていたことを心底申し訳なく思った。


「いや、そこは翔くんが気にするようなことじゃないから安心してほしい。それと勘違いしてほしくないんだが、今回の提案は別に翔くんがこだわる武道を否定している訳ではなくて……まあ言ってみれば大人の都合だ。むしろ私としてはこれからもその武道にこだわる姿勢は貫いてほしいとさえ思っている」


 世界のエドワード・ウィリスにそこまで言わせてしまって、恐縮のあまり苦笑いすら作れず顔が歪んでしまった。


 俺は「武道」という言葉にこだわり過ぎてなんとも視野の狭くなっていた。その幼稚っぽいこだわりを思い直すきっかけになったのはテコンドーの黄厳勇師範との出会いが大きい。競技者としてトップを走ってきた黄師範との対戦で「競技武道侮るべからず」を実感することができた。それに続いて、ムエタイのマンチャイのほとんどスパーリング状態だったミット練習。俺は短い期間に多くのことを学ばせてもらった。


 俺は「チャンプア・プラムック」との対戦が決まったことで、俺が今まで避けて通ってきたあらゆる事に向き合わうことになりつつある。今回の提案のあったフィジカルトレーニング然り、既に行っている他競技との交流然りだ。


 ただ俺も分かっている。ウィリス父が言っていた「武道へのこだわりを捨てることはない」ということ。


 俺は振り子を真逆に振る必要はないと思っている。


 今まで武道一筋という片側に振り切れていた振り子を、急に「競技側」に振り切ったところで俺がチャンプアに勝てる訳がない。あくまで俺の「武道家としての軸はブラさず」ということがあってこそ勝負になる。その軸をブラせば、俺が俺でなくなってしまう。


「パパ、翔はそんなこと言われなくても大丈夫よ。翔が何を吸収しようと武道になるんだから」


 俺が考えていたまさにそのことを未惟奈は「どや顔」で口に出してくれた。いや、その通りだ。未惟奈は流石、よく俺のことは分かっている。でもそれを自信満々の「どや顔」で言われると俺としても少々照れる。


 また、娘のそんな表情を見てはエドワード・ウィリスも「父として」微妙な顔になってしまっていた。


 そしてここにきてようやく俺は今回ウィリス家に呼ばれた本当の理由を理解した。


 それは未惟奈が俺とクリスマスを過ごしたかったわけでもなく、いわんや聡美ママが俺と食事をしたかったわけでもなく、ウィリス父が高野CEOから頼まれたことを俺に納得させるためにセッティングされたということを。


 そう思うと、これだけ豪華な食事をいただいてから申し上げるもの忍びないが(いや実際に言わないけど)やっぱりなんか少し残念な気がしてならない。


 まあね。それは俺だって未惟奈とのクリスマスパーティーを楽しみにしていた訳だからね。それがパパさまからの用件が主目的と知ればがっかりするのが普通の高校生男子ってものです……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ