一流の家族
俺はキャリーバッグをゴロゴロと引きながら、バス停に向かっている。自宅を出てからバス停に向かう間、200メートル程度、雑木林を抜けるのだが、そこには、一週間前に降り積もった雪が処々に残っていて、それが原因なのか、この通りは少しだけ他よりも気温が低い。日没が早い師走、すでに西日が雑木林の木々の間から差し込み残雪にキラキラと太陽光が反射していつも暗いこの雑木林を明るくしていた。
* * *
「なにその荷物?」
未惟奈が玄関で俺を迎えての第一声だ。今日の目的が「空手の合宿」だったら全く違和感のないだろうが、今日は未惟奈宅でなんとご両親交えてのクリスマスパーティーだ。
「クリスマスイブにうち来ない?」
と誘われて、一瞬だけ「その日両親いないから」というやましい想像をしたのだが、全くその逆で「ご両親同席」というかなりヘビーな案件だったのだ。「ご両親と食事」の字面だけ見るとさも大げさに感じるが、実際は未惟奈「ママ」である保科聡美が「翔くんとゆっくり話したい」というたっての希望を叶えるべく計画された、この食事会にお邪魔虫ウィリスパパが割り込んできたというのが事の真相のようだった。まあカワイイ娘にまとわりつく男子を警戒する父親の分かりやすい行動原理だから、さもありなんだけど……
「いや、もちろんお泊り道具だけど」
と俺はボケてみた。
「え?今日はパパいるから無理よ」
未惟奈が、少し赤面してそう応えた
俺は未惟奈の想定外の応えに早速狼狽えてしまった。
「おいおい、冗談にきまってるだろ?」
なんだよ「パパがいなければいいんだけど」的な回答を安易にすんなよな?
大丈夫か未惟奈?じぶん、国民的なスターだぞ?そんな脇が甘くてどうする?戦うときはメチャクチャ脇は締まってて隙はないのに。
未惟奈は自分で「言ってしまった」言葉の意味に気づいたようで、照れ隠しなのかいきなり俺を睨みつけて「ばかじゃないの!」と怒鳴りつけた。
それはそうと、未惟奈がいつもするスポーティーなスタイルとは打って変わって薄黄色のモフモフセーターに薄いピンクのロングスカートといったいで立ち。それが物珍しくて俺はジッと凝視してしまった。
「え?なに?」
俺の視線を不審に思ったのか、機嫌治らない未惟奈はつっけんどんな態度のままさらに俺を睨みつける。
「いや、俺の彼女カワイイなって見とれてた」
俺はしゃしゃあと言ってのける(成長したな、俺)。
「ばかじゃないの!」
はい、二度目の「ばかじゃないの」いただきました。
春崎須美でもいれば「バカップル」とまた揶揄わる場面だが、今は二人だけの時はこれくらいは俺もやれるようになったのだ。まあ別に偉ぶる程ではないのだが。
* * *
ちかいなあ~
ウィリスパパとの距離が。
聡美ママなら近くても大歓迎だけど、パパはちょっとね。かなりね。
俺はまず通されたダイニングルームの豪華さに圧倒された。「あれ?俺いつ高級レストランの個室に来たんだ?」と勘違いをしてしまうほどに洋風にセッティングされた食卓は神沼家とのあまりの落差に軽く凹んだ。
こんなに大きなテーブルなんだから、もっとソーシャルディスタンスをとってほしいのだがウィリスパパが、椅子をズリズリと引きずりながら俺のすぐ真隣まで移動してきたのである。
「今日はゆっくり話そうな翔くん」
そう言って俺の方に置いた手がなんかメチャ握力強いんですけど?肩痛いんですけど?
これはつまり「彼氏がどんな男なのか」ジックリ観察する気満々と言う事か、いやいやそんな甘い話じゃなくて「お前みたいなアスリートでもない男が未惟奈に近づくな!」とピシャリと思い知らすつもりなのか?どちらにしても怖すぎる。だって身体の大きさが普通でないから、至近距離での迫力たるや未だに慣れない。
「パパそんな近くじゃ、翔くん困ってるわよ」
俺が居心地悪そうにしているのを目敏く見つけたママさまが助け舟を出してくれた。
ただ、このママさまも十二分に個性的なことはよく知っていた。
「翔くんはママの隣に座るんだから〜」
と、今度はママさまが俺の肘にするりと自身の腕を通してきたので驚いた。フワリといい香りが鼻腔をくすぐり肘にも触れていけないものが触れてしまってて……クラクラと眩暈を起こしそうになった。そしてその細い腕のどこにそんな力があるのか椅子ごとズリズリと引きずられてママさまの横まで移動させられてしまった。
「翔?」
案の定、俺がママさまの大人の色気にボンヤリのぼせてしまっているのを見透かした未惟奈。いたって声は普通なのに顔が怖い、怖い、怖い……
俺は浮ついた心をシャットダウンして落ち着いて「ちょうどいい距離」まで椅子を置いて座り直した。
いやいや、のっけから疲れた。
未惟奈は毎日このテンションの中で暮らしているのか?なんか凄いな。
さて、それにしても大きなテーブルには豪華な料理が所狭しと置かれている。「あれ?今日お呼ばれするのは俺だけじゃないのかな?」と勘違いするくらいの量がある。
まあ、きっとこのゴリラのようなパパが平らげるのだろうけど?
「これは聡美さんの手作りですか?」
ある意味「飛んでる」ママさまが、このようなプロ顔負けの手料理がつくれるというイメージがどうしてもできずに正直な疑問をぶつけた。
「あら、聡美さんだって!……フフ、そうよ聡美さんの手料理なのよ~!凄いでしょ?でもね未惟奈も手伝ってくれたのよ~」
「え!?そうなの!?」
ママさま以上に未惟奈が料理をしている姿が想像できずに、おもいっきり驚いてしまった。
「そんなに驚くことないでしょ」
そう言ってむくれた未惟奈は、恥ずかしいのか耳まで赤くなっている。
「未惟奈ちゃん頑張ったんだよ?だって翔くんのためだもんね~。未惟奈の真心受け取ってね?翔くん」
「ちょととママやめてよ!!
ママさま煽る煽る。ほんと未惟奈大変そうだな……。
* * *
いや、確かに見た目だけでなく本当に高級レストランで出されたような洗練された料理勿論、それほど高級料理に慣れていない俺でも驚く程に美味かった。やっぱ一流は何をやっても一流なのか?凄いママだな、この人。ちょっと性格が「あれ」だけど。
そして「これは未惟奈ちゃんが作ったのよ」といちいち解説してくれたメニューも、意外や意外……
「いや、これメチャ美味いんだけど」
という感嘆の言葉を何度吐いたことか。
その度に「か、翔は褒め過ぎだよ」と照れまくる俺の彼女は可愛すぎるのだ。
ええ、分かってますよ春崎さんって、春崎さんはいなかったな。なんかまたバカップルって突っ込まれそうだったんで。
そしてそろそろ「宴もたけなわ」というタイミングで急に真面目な顔になったウィリス父が切り出した。




