神獣の執刀医 Case2 消化器内科医トモマサ・ウジハラ「ヤマタノオロチに対する経食道内視鏡止血術」3
2031 病院緊急カンファレンス
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「……患者じゃなくて医療従事者側の問題でコードブルーになったのは初めてだな。」
身長190cmはあろうかという恵まれた体格の男性が口を開く。
この病院の消化器外科幻獣医たる彼はこの病院の中では院長に続いて2番目の古株だ。
常にスーツと白衣に身を包んでいる彼にしては珍しく、今日は手術着を着用している。
「はい……すみません……。」
「いや、確かに用途としては間違ってるかもしれないけどこうするしか無いっしょ、で開腹すんの?」
30代くらいの軽薄そうな男性が助け舟を出してくれた。
圧倒的な威圧感を放つ外科医の男性に軽口を叩けるのは彼ぐらいだろう。
だからと言って食事には誘われてもついていかない。
こっちを見るな、とりあえずその蛍光色のスクラブを捨ててこい。
「お前なら切るのか?」
「いや、切るわけないね。」
しかし、彼も医者の端くれ。たどる道筋は違えど最終的な解答は決まっていたようだ。
「院長、開腹は無しだ、私は今日OPEした患者の術後管理に戻る。」
「分かった。退室を許可する。」
「……もし開腹になったら呼んでくれ。」
上座に座す少女が、消外科医の男性と同じくらい年季の入った声で答えた。
幻獣アスクレビオス。ROAの創始者にして、200年近くその頂点に君臨する人外。
見た目は私と変わらない年頃の少女だが、一目見ればわかる。
あれは人の常識を越えた存在だ。
キュクロープスに見つめられた時と同じかそれ以上の迫力を感じる。
その言葉を確認した後に外科医の男性のホログラムがカンファレンスルームから消えた。
「……消化器内科、耳鼻咽喉科、放射線科の医者は残れ。他に意見がある奴もだ。それ以外は仕事に戻るように。」
続いて発したアスクレビオスの声にさらに多くの人間の姿が消えた。
「今の位置は分かるのか?」
「今Xp撮影中です。出ました……。」
「……十二指腸は超えてるな。」
「上部消化管内視鏡での回収は不可能です。」
レントゲン写真ではみぞおちよりもやや下に、宇宙服が写っている。
まるで、誤っておもちゃを飲み込んだ子供のレントゲン写真だ。
そしてこの一枚で摘出が困難だということも判明した。すでに胃よりもだいぶ先に到達している。
上部消化管内視鏡は胃を越えて少し行った先までが限界だ。
食道からのケーブルが曲がりくねってこれ以上奥には進めない。
もしかすると幻獣相手の内視鏡なら可能かもしれないが、いずれにせよあの幻獣のサイズでは長さも足りない。
「小腸ファイバーは?」
「準備に時間がかかりすぎます。多分届きません。」
小腸ファイバーとは肛門側から大腸を越え、小腸の奥深くを目指す特殊な内視鏡を指す。
その特殊性から設営には時間がかかるため、間違っても緊急でやる代物ではない。
「残りの酸素量は?」
「生存限界までおよそ3時間20分。」
「……誰か提案は無いか?」
並み居る面々が押し黙る。
いくつか案はあるのかもしれないが、3時間ちょっとという時間の制約の前にはどのような手段も取りづらい。
いや、人間サイズであれば十分すぎる時間だが、幻獣相手の器具はとにかく設営に時間がかかる。
「……開発中の新型VCE(カプセル内視鏡)を使うのはどうでしょうか?」
眼鏡の似合う厳格な印象の女性が口を開いた。
消化器内科でも下部消化管内視鏡チームのデイレ・ストルツ。
40代くらいで、宇治原や私とは少し上の世代の幻獣医に当たる。
VCE(カプセル内視鏡)は言ってしまえば小型無線カメラだ。
口から飲み込み写真を撮り溜めて排泄される。
「普通のVCE(カプセル内視鏡)とは違うのか?」
「従来の写真を撮ってくるための内視鏡ではなく、人が乗り込んで検査と治療を同時に行うものです。小型の潜水艦と考えてください」
「テスト運用は?」
「無人機での運用試験が終了、有人機での実験がまだです」
「結果は?」
「一応実用可能なレベルではあるのですが……」
「ですが?」
「そもそも今回の事故の原因は何でしょうか? ただの経年劣化が原因とは思えません。内視鏡を劣化させる何かがあったのでは? 例えば腐食性毒素とか…」
「ふむ、有人機は無謀か。」
待って。そんなあるかないかも不明な要素で唯一の希望の芽を潰す気?
「あの!! それ私が乗ります!!」
「……今言ったとおりだ、無謀なことに職員を任命することはできない」
「デイレ先生、かまわないからそれこっちに送ってください。もしかすると1,2個私の管理ミスで紛失しちゃうかもしれませんが。」
「…………落ち着け、クローディア。」
私の管理ミスで試験中のVCEが無断使用される分には私の首が飛ぶだけだ。
「ですが、院長!!」
「二度は言わない。着席しろクローディア・リドリー。お前は視野狭窄気味だ。」
「はい……。」
ダメか。ならば知り合いに声をかけて盗み出してもらうか……。
「VCEの他に意見があるやつは?」
カンファレンスルームは静まり返ったままだった。
「無いか。であればプランは決まった。あと180分でVCEを対ヤマタノオロチ仕様に変換する。」
今なんて言った? 気のせい?
「3時間以内にやることは3つ、1.内視鏡を劣化させた原因物質の特定 2.その原因物質への対抗手段の検索 3.実装。物質の同定試験はもちろん、民間伝承レベルでいいから資料を洗い出して精査しろ。」
カンファレンスルームもがざわめく。
しかしただ驚きを口にしているのではない。自分ができることを検討し始めたざわめきだ。
ゾクゾクとした寒気を感じて自身の体を抱きすくめる。
ウジハラの命がかかっているっていうのに鼓動が止まらない。
どんなに難しい課題でもこの集団はなんだかんだと言って帳尻を合わせてくるのだ。
「執刀医はお前がやれクローディア。どのみち世界初の症例だ。一番やる気があるやつを使う。」
「はい!!」
「外科と麻酔科には私から連絡を取る。最悪の場合に備えて開腹の準備も平行する。よし、解散!!」
2041 緊急カンファレンス終了
新型VCE(カプセル内視鏡) 第一相試験(健康な人間で試用する治験のこと)開始
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