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悪役令嬢はアクマでテンシだけどタイヨウにもなれる  作者: みやっこ
私が悪事を働くためには

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回想その8

『ヘイツヴァラツは先代王の第二妃の子、まごうことなく王子ではあるが、攻略キャラではない。

 なぜなら彼は、物語が始まったとき、既に第二妃と第三妃の争いに巻き込まれ、紆余曲折あって人買いに売られており、割と序盤のうちに己の境遇に耐えきれず崖から飛び降りて死んでしまうからだ。

 

 こういうことがあったから先代王の妃たちは仲が悪いんですよっていう説明と、妖精王子たちの集合写真にちょろっと居るぐらいなもんで。

 もう一人、同じ争いに巻き込まれて死んでしまう第三妃の子ウラガも同じ扱い。要するに二人は脇役死にキャラだよ』


 ハムスターがぼやけた写真を掲げながら説明してくれた。




 恥ずかしながら私も、二人の王子がもしも生きていたらという二次創作を読んだことがあったから、顔ではなく色合いでなんとなく覚えていた程度だ。


 確かめていないので何とも言えないが、あれは死ぬ前のヘイツ……だったかもしれない。


 ズズズズっと黒いものが胃の中でうごめいた。

 なんだかものすごくこう、なんともやるせない気分になりそうだ。


 私は、ハムスターが用意したヘイツとウラガの詳しい資料を、どこぞの隙間に押し込んで見ないことにした。


 プレイ中は読み飛ばしてきた部分だ。

 今、やるべきことには関係ない……こともないけれど。とにかくそんなことまで考えてる暇も余裕もない。


 それなのに。


「……胃が痛くなってきた」


 アイスブルーの余韻が消えない。


 まだ子供なのに……。


 なんとかしてあげたい。なんとかしてあげたいけど。

 あの場にもう一度戻って、こっそり連れて逃げたとして。

 母親である第二妃の元へ戻す……と運命から逃れたことにはならない。また第三妃に狙われる可能性があるからだ。かといって匿う場所なんてないし。二人の妃の仲を取り持つことなんてほぼ不可能……。


「気分悪くなってきた」


 胃の辺りをさすってなだめていたら、ノックの音がした。


「お姉さま。入ってもよろしい?」


 イファンだ。


「どうぞ」


 あのドレスを渡すために呼んでおいたんだった。


 私は、なんとかかんとか、リリファリアっぽく凛と胸を張った。


「うっ」


 胃がひっくり返りそうになったので、心持ち背筋を緩めた。


 大丈夫落ち着け。


 今度こそ、言うべきセリフは頭に入っている。情報屋のハムスターと打ち合わせしたからね。

 あとは感情を込めるだけだ。落ち着いてやればきっと出来る。


「あら?」


 イファンは中に入るや否や、キョトンと目を丸くして私の背後を見た。


「お姉さま。劇でもやるの?」


「えっ?」


「それ知ってるわ。えっとセリヌンドュッフェの衣装でしょ?」


「おうふっ……」


 私は、崩れ落ちそうになった。

 もうなんかいろいろで。膝から力が抜けた。


 なぜに。

 なぜにこの服が場違いなコスプレなのだとイファンが知ってるかもしれない説を考えなかった私。簡単なところ見逃すのは一体何度目だ。


 二度目じゃい。

 生前含めたらもう……何度目じゃい。


 いつの間にかモフモフマリモが現れて、イファンの後ろでピョンコピョンコしている。

 戻って、衣装を買いなおせということだろう。


「ちょっと待って」


「え?」


 イファンが首を傾げた。


「違う違う。ああえっと……イファン。明日のパーティに着ていくドレスはありますの?」


 苦し紛れに予定してた台詞を言ってみた。

 この間のこともあるし。万に一つがあるかもしれない。


「ええ。同室のエルメがそれなりに流行ってるのを買っておきなさいって教えてくれて。お姉さまは?」


「私? そりゃもうあるに決まって……あ」


 私はまた膝から。いやもう顔面から崩れ落ちそうになった。





 頭の中で、ハムスターが地面に体半分ほど突き刺さって足をばたつかせている。きっと私の代わりに顔面から崩れ落ちたのだろう。





 私、自分の着る服忘れてたっす。


 それに取り巻きが居ないから、イファンを孤立させられず、着々と交友関係を築かせてしまっている。

 意地悪は突然始めるんじゃなくて徐々にやっていかなきゃいけなかったんだ。

 

 細かなミスが重なって大惨事だ。


「あっもしかして忘れてたの!?」


「いえ。決してそのようなことは。着る物があるならいいの」


「えっでも今の反応……やっぱり忘れて……」


「違う違う。違うますわ。ささっ、もうお姉さまはあなたに用はありません。自室へ戻りなさいな」


「えっえっちょっお姉さまっそれ聞くためだけに呼んだの? 違うでしょ?」


「いえ。用もないのに呼んだのですわ。あらあら騙されちゃって。私もう満足しましたわ。お戻りなさいな」


「は? え?」


「じゃあねイファン。どうせ大したことないドレスでしょうけど。じゃあね」


 私は、半ば強引にイファンをドアの外へ追い出した。どれだけ押しても動いてくれないので、口から出まかせをいろいろいいまくって付け焼刃に意地悪なことも言って、息切れしながら追い出した。


 これもうちっともリリファリアとして振る舞えてないけど大丈夫なのかな。


 いっそあなたは誰? とでも問うてくれれば、私は異世界から来てリリファリアに入ってる者ですと打ち明けて協力を乞う……。


 いや。駄目だ。


 ある日突然、友人に、実は私宇宙人なの、と告白するようなものだ。

 それなりの証拠や、説得力のある文言がなければ、信じては貰えないだろうし。


 ゲーム脳で考えればアリだけれど、性格が違うくらいで別人になったとか、普通は考えない……よね。

 

 私は、ドアを閉めて鍵をかけ、振り返った。


「うっ」


 目と鼻の先に迫りくるモフモフマリモ。


 わかる。やり直すべきだってことはわかっている。

 でも、もう一度あの買い物をしたら……ヘイツ……が居る。あの場所へ行かずとも、近くに居るのだということを知っている。彼を二度もみなかったことにするなんて、さすがに良心が爆発しそうだ。一度でも夢にまで見るほど悩んでいるというのに。


「あの。要するに、エイラスがイファンにドレスを渡せるようにすればいいんでしょ? ゲームの主旨的に」


 モフモフマリモが、こちらを伺うように目を細めた。

 話を聞いてくれてはいるようだ。


「考えがあるから。戻すのは待ってほしいの」


 考えなんてない。考えるしかない。


 モフモフマリモは、腕を組んで、体を捻ったり、捩じったり。次第にグルグル回転しだして、ボフンっと消えた。


 意外と理解がある。

 話し合う余地はあるってことだ。けど、その前に自分が着るドレスを確保しなければ。


 買いに行ってる暇はもはやないため、誰かに借りるしか道はない。誰かって一人しかいないんだけれども。


ーーーーーーーーー


「ってことで、ドレスを貸して欲しいんですの。お礼は致しますわ」


 ミーキアに頼んだ。


「無理でしょ。サイズ合わない。今から仕立て直すのも無理。ぶかぶかのドレスなんて着て行ったら笑いものになるわよ」


 あっさり却下された。それもちょっと怒り気味で。


 まあでも、確かにそうかも。


 ミーキアは背がものすごく高くて、ボンキュッボンのうらやまボディ。

 リリファリアの背丈はイファンよりも少し高い、平均ちょい上ぐらいで、とにかく細い。胸の方もあまり……スレンダーガールだ。


 服を借りるってことも、同じだけの支度金を貰ってることを考えれば、非常識なことかもしれない。


 となると、リリファリアと同じ体型の女子を探し、相手を不快にさせないように頼むしか……急に難易度が上がるぞ。

 簡単なはずのイベントをどんどんハードにしていくとは。自分で自分が恐ろしいわ。


「そうですわね。ごめんなさい」


「こないだみたく工夫して……」


「え?」


「なんでもない。じゃ」


 ドアがバタンと閉まった。


「…………うう」


 今度ちゃんと謝ろう。


ーーーーーーー


 その後私は、小一時間ほど適合者を探し、邸の中をきょろきょろうろうろし続けた。普段は意識しないようにしているが、遠巻きに見物されながらの捜索は心労が半端なかった。


 さすが幽霊部屋と噂される部屋に平気で住む妖精の器ナンバーワン。本来は羨望の眼差しを受けなければならなかったのに、超悪目立ちしている。




『気にしない気にしない』



 

 気にしない気にしない。気にしませんよハムスターさん。なぜみんなあんなに細いのに胸がボンっなんだとかも。全然まったく気にしません。


「はぁ……」


 なんかげっそりしてきた。

 一度人目のない場所……あの柱の影辺りで一休みして、作戦を練りなおそう。


 決めるや否や素早く移動して、柱にもたれ掛かろうとーー


「っ……」


 背中に柔らかいものがあたった。


「ん?」


 振り向くと、影の中に人の顔がぼんやり……。


「~~~~!?」


 私は、声も出せないほど驚き飛び退いた。

 思わずガード体勢を取りつつ、腕の隙間から影を二度見した。


「……?」


 影の中の顔も驚いている。


「あれ?」

 

 よく見ると影の中に顔が浮いているのではなく、首も肩も体も足もある。長い黒髪の少女が立っているだけだ。


 よかった人だ……てっ私、彼女にもたれかかろうとしちゃったのか!


「あのっごめんなさっ……」


 思わず両手を合わせそうになったが、キャラじゃないことに気付き、中途半端な体勢で彼女を見上げる。


「んん?」

 

 私の求めるスレンダーボディ……?


 背丈も丁度いい。

 使用人ってオチはないよね?


 袖が異様に長い灰色のドレス。スカートに長さまちまちのスリットがいくつも入っていて、動くたび、履いている深紅のタイツが見え隠れする。

 真っ黒なエナメルに、小さな白い花が一輪咲いた靴。


 うん。こんな服の使用人はいない。

 

 じっくり観察していると、彼女のギョロっと大きな赤い瞳が、右往左往した。


 駄目だ。せっかく見つけた逸材に不信感を抱かれてしまう。


「あの……えっと。ごめんなさいね」


「あうっ……いえっ」


 彼女の華奢な肩が跳ねた。

 怯えているのかと思いきや、口元は微かに微笑んでいる。


 嫌がられてはいないのだとしたら、ありがたい。がしかし、油断は禁物。この子が良くても一緒に居る人たちに拒絶されたら終わりだ。


 ここには、いやここにもグループとか派閥みたいなものは当然存在する。ハムスター情報を頂けていないのであまりしっかりとは知らないが、古くからの繋がりがある家同士一緒にいたり、ここでの器の大きさに応じて分かれていたり。住んでいた地域で集まってるところもある。


 イファンは、ここで仲良くなった穏やかな子たちの集まりになんとなく属しているようで。器の大きさ派閥の先頭を切らなければならなかった私は、見ての通り孤立の先頭を……孤立だから先頭でもあり最後尾でもある。





『大丈夫。先頭さっ!』





 そうだね。先頭だっ……先頭……でいいんだっけ?




 

 ハムスターが、無の状態でこっちを見ている。私もそれを見ている。ハムスターはもそもそし出した。私はそれを見ている。ハムスターは体中をもそもそ掻きながら、口をモフモフ動かした。





『ミーキアは最後尾さっ!』





 いや何それ。どゆこと?


 ミーキアの家は長きにわたって続く霊爵家だそうだが、青い屋根の家へ令嬢を出したのは数十年ぶり。今まで田舎すぎて、届けを出そうが出すまいが、城から催促なんてこなかったとか。

 今回は、あまりに村の過疎化が激しいから、若者を呼び込むために来たのだと言っていた。本来あまり外へは出ない一族らしい。





『ここに居る人たちがいくら多国籍とはいえ、毛皮のマスクで顔を覆っている異質さが受け入れられず、リリファリアと同じように孤立していたってわけさ』





 ハムスターがまた対抗するようにミーキア情報を出してきた。私の友は自分の友だと主張したいのか、それとも仲間はずれにされたくないのか。前にミーキアと街へ出かける準備をしているときも、頭の中でいそいそとよそ行きの服に着替えていた。


 話しかければ気さくに話してくれるんだけどねミーキア。





『うんうん。良い子だね』





 あーでもさっきミーキアやっぱり怒ってたよね。

 ミーキアってときどきああして不機嫌になるっていうか、謝ったら余計怒るっていうか。





『そりゃなんで怒ってるかわかってないのに謝ったら怒るよね』





 それな。


「あのっだっ大丈夫ですか? お加減でもっお悪いのですっ……か?」


 じゃないんだった今は。


「大丈夫ですわ」


 私は、冷静装ってまっすぐ少女を見つめた。


「わたくし、リリファリア・レインクと申します。よろしければあなたのお名前を教えて頂けませんこと?」


 もともとのリリファリアの口調を真似すると、どうしても少し高圧的な感じになってしまう。なるべく意識して低姿勢に訪ねたつもりが、また彼女の肩がビクっと跳ねた。


「わたっ……わたくしは……の名前は、エーゼン・ルル……です」


 スカートを持ち上げ、頭を下げる仕草は、びくついている割に様になっている。これは生粋のお嬢様タイプかもしれない。やることなすことお伺いを立てねばならないような強めの派閥に居ないことを祈るばかりだ。


「初めまして」


「はっはい……初めまし……まして」


 挨拶終了。次は……えっと何か世間話。


「あーーあの」


 欠片も浮かばない。っていうかまた人の目が集まりだしてる。

 

 私は、エーゼンの腕をやんわり取った。


「ちょっと……ちょっとこっちへ」


 今のところ彼女のお仲間は近くに居ないようだが、後々私に話しかけられたことが公になり、背後霊ついたんじゃねーの? こわーい。呪われるーキモーイとかそんな感じのことを言われてしまっては可哀想だ。


 一先ず人のいないところに連れ込もう。

 一対一に持ち込めば、大人である私の話術で丸め込んでまるっと解決……ハムスターも居るし、実質一対二だ。いけるいける。卑怯じゃない卑怯じゃない。


 ……あれ。


 引っ張ってるはずなのに重みを感じない。風船を持ってるみたいに軽い。息使いさえ聞こえない。

 不安になって後ろを確かめてみると、エーゼンと目があった。

 

「どこ……へ?」


「えっ? えっと……えっと二人きりで話がしたくて」


 私の部屋は、入りたがらないはず。テラスは人が居るかもしれない。広間も食堂も駄目。

 どうしたものかと立ち止まりかけたら、クイっと袖を引かれた。


「そこ。私の……部屋……どうぞ」


 ちょいちょいっとすぐ近くのドアを指すエーゼン。

 私の……ということは、エーゼンの部屋ということだろうか。

 

「入ってもよろしいの?」


 エーゼンはこっくり頷いて、ほぼ無音で移動し、ドアを開けた。


 急展開だ。


 私は、ごくりと唾を飲んだ。


 初対面で部屋って大丈夫かな。いやでも、ありがたいことだし。悩んでる時間はない。行くべし。


「では。お邪魔致しますわ」


 緊張しながら部屋の中へ入ると、エーゼンが薄っすら微笑んだ。

 

「そちらへどうぞ。お茶……いれますわ」


「あ。はい」


 黒いゴシック調のイスに促され、腰を下ろす。


 部屋の中が薄暗い。


 ここも一人部屋なのだろうか。

 真っ黒なシーツのベッドが一つ。黒いカーテン。黒い悪魔の置物。不気味な形の家具が多くて、とても面白い。魔女が暮らして居そうだ。


 そっか。照明の傘が黒いから暗いのか。


 私は興味深々部屋の中を見回し。


 壁一面、みっしり本が詰まった本棚に一冊だけ平置きされている本……なんだかものすごく見覚えのある表紙を見つけた。


 もしかしてこれが件の。


「セリヌンドュッフェ……」


 ガチャンっ


 食器の音に振り返ると、エーゼンがキラキラした瞳で私を見ていた。

 手元のお盆に乗った黒いカップが倒れ、中身の液体が零れている。


「あの……ご存じです……?」


「え?」


「セリヌン……」


「あっ。えっとまだ読んだことなくて」

 

「それはっ勿体ないですわっ。わたくし、あのっ本が好きで。セリヌンドュッフェは特に。本好きになったきっかけの絵本ですの」


 平置きされているものではなく、二冊目のセリヌンドュッフェをどこからともなく取り出すエーゼン。

 出会ったときとは打って変わってものすごく活き活きしている。


「これ絵本だとは思えないほど描写が細かくて、色もとっても鮮やかですのよ。ぜひ読んでみてください!」


 パラっと開いたページは、血まみれのセリヌンドュッフェ譲が、あのドレスを着て笑っているところだった。

 ドレスの透け感まで綺麗に描かれている。血の色も赤黒く、触ったら手に付きそうなほどリアルだ。


「えっと……あ」


 私はただただ彼女の勢いに押され、口を開いた。

 

「このドレス。私持ってますのよ。この間買って……」

 

 ガタタっ!!

 

 想定外のオーバーリアクション。


 エーゼンは、恐怖におののいたような顔で口元を覆い、机にぶつかり。よろよろ後ずさった。 

 彼女の目に、一体何が映っているのか。私は思わず振り返って、己の背後を確かめた。

 

 別に何もいない。

 

「え……あの大丈夫?……」


 聞こえなかったらしい。エーゼンは踵を返し、部屋の隅にあるバラの花が掘られたタンスに手を伸ばし、中から何か取り出した。


 そして、大股で戻って来て、私の目の前に一着のドレスを広げた。


 なんということでしょう。

 まだ何も話していないのに、奇跡的に私の頼み事に気付き、余ってるドレスを持ってきてくれた。


 わけない。


 彼女が手に持っているのは、私の部屋にも吊るされている。イファンに渡し損ねたセリヌンドュッフェのコスプレだった。


「明日のパーティっリリファリア様もこれですのねっ!」


「…………………………へ」


 虚を突かれすぎて何も答えられなかった。


「わたくし迷ってましたの。でもリリファリア様も着られるなら、わたくしもこれに致します」


 エーゼンは、ギョロっと大きな目を細め、嬉しそうにドレスを抱きしめている。

 私はまだ、ポカンと口を開けたまま。




 ハムスターが、頭の中でグーグー寝ている。




 思考停止状態ってことなのか。


「あっ……でもわたくしなんかとお揃いは……お嫌ですわよね」


 何も言わない私を見て、エーゼンがシュンと項垂れた。

 長い髪が床についてしまっている。


 どうしよう。

 違うって言わなきゃ。ドレス貸してって言わなきゃ。


 言わなきゃ……。


 私は、パカっと口を開き。


「いえっそんなことはないですわ! そうだっ明日は一緒に参ります?」


 妙な事を口走った。


 墓穴を掘っている。絶賛掘り進めている。


 わかっているのに、撤回する言葉が浮かんでこない。


 エーゼンがまた嬉しそうにはにかんだのを見るともう。何にも……何も浮かばない。


 ほんと。わかってる。わかってはいるんだよ。やらなければならないってのは。そうしないと後が大変だってわかってる。


 でも……でも。


 やっぱりアイスブルーの瞳が胃の中をスーっと冷やすのだ。やるせない無力感に苛まれてしまうのだ。


「はいっ。はいっリリファリア様。明日、いっ……一緒に参らせてください!」


「是非!」


 こうして私は、自らピンチを招き入れた。


 エーゼンの部屋を後にした私の腕の中には、セリヌンドュッフェの絵本と、あと出来れば悪女ものがいいといったら、目を輝かせて貸してくれた本が数冊。


 参考になると思って……というのはもう言い訳にすぎない。


 内心ああああああああっだったけれど、私はきっと何でもないって顔で、まるっきり平気って顔で自室へ戻ったはずだ。我ながらあっぱれだあああああああああああ。

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