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回想その2

自分は大人なんだからと言い聞かせ、わーわー騒がずファンタジーを受け入れる主人公。

「んん?」


 声が出る。自分のじゃないみたいな、ツンと高い声だ。


 私は、ゆっくり首を動かして、辺りを見回した。

 

 さっきまで散々見せつけられていたコンクリートの階段が、大理石の階段に早変わり。というよりまるっきり違う場所に見える。

 振り向いてみると、案の定いつもの道はなく。青い絨毯が敷かれた長い廊下と、赤い髪のファンタジックな衣装を着た少年の肖像画が目に入った。

 

 あのキャラクター。それにこの場所。


 壁やら絨毯やらにある蝶の羽を模した紋章。華奢な銀細工の燭台。澄んだ海を丸くくりぬいたような花瓶。そこに活けられた鈴蘭っぽい花は、鈴の音がする……のか?


「ええ?」


 私は死んだ。確かに死んだ。

 死んで……それから。


 それから。


 なにがどうなったのか乙女ゲームの世界に居るような気がする。見ているんじゃなくて居る。

 見慣れたゲーム画面が立体的に、三百六十度、私を囲んでいる。


 もう一度周りを見渡した。二度、三度ぐるぐる首を動かした。


 見間違いじゃない。

 まさか。

 ヴァーチャルリアリティ?


 目元を触ってみても機械はない。


 まさか。

 意識を失う直前に『ヨウヨル』のことを考えていたから、植物人間になって、アホな夢でも見ている?


 だとしたら入院費ヤバイことになってるんじゃ……。

 

 私は、少しお尻を浮かせ、姿勢を変えた。


 大理石の上って固いし冷える。


 固いし冷え…………固、冷。

 感触も温度も感じる。


「ふんっ」


 取りあえず、自分の頬をつねるという古典的方法を試してみた。


「……」


 そこそこ痛かった。


 リアル過ぎる。この夢はリアルが過ぎるわ。

 しかもこれってあれだよ。このシーンってあの。あれだよ。


 私は、恐る恐る階下を見下ろした。


「うわ……」

 

 階段の下には相変わらず死体が転がっている。けれどそれは私じゃない。緑色の服を着た壮年の男性の死体だった。


 あまり凝視したくはないけれど。あの長すぎる顎鬚と太い眉には覚えがある。


 これは。

 これは……まごうことなく『ヨウヨル』の冒頭。


 ヒロインイファンの姉であるリリファリアは、妹ではなく自分を婚約者候補にしてほしいと伯父に頼みこむも、すげなく断られ。さらに進路を妨害するなと突き飛ばされる。

 しかし、その反動で足をすべらせたのはリリファリアではなかった。バランスを崩した伯父さんは階段から転げ落ちてお亡くなりになってしまう。


 直後、呆然自失のリリファリアに、どこぞで封印されていたはずの妖魔王が憑りつく第二の事件が発生する。


 重要だけど二周目目以降スキップしまくる悪役令嬢誕生シーンだ。


「…………ああ」


 せっかく乙女ゲームの世界に居るのに、ヒロイン視点じゃない。


 この袖や裾がレースでフリフリした服。目の端に見えている銀色のまっすぐ長い……ゲームだと長いはずの髪は、触ってみたらなぜか肩までしかなかった。

 でも、ここでこうして座り込んでいるってことは、妖魔に憑かれる直前のリリファリア視点。リリファリアになってるんじゃないかと……。


 いや。リリファリアになってるってなんだ。


 わからない。なにがなんだかよくわからない。


 私は、再び頬を強めにつねった。


「……」


 やっぱり痛かった。


 今ならため息をつくことも、床を転がりまわって叫ぶことも可能だろう。

 が、そんなことをして、この現場に人を呼び寄せようものなら。


 さらに痛い目に遭う気がする。


 わけがわからない。わからないけれど、だからといってこのままこうしているのも……嫌な予感しかしない。


 ゲームの中。ゲームに似た場所。死……。


 落ち着け。落ち着くんだ私。わからないことなんていつでもどこにでもたくさんある。こんなときは、ちょっとでもわかることからひも解くしかない。

 今わかるのは、やはりここが『ヨウヨル』の冒頭と同じ状態ってことだ。


 私は、頭の中でループしているオープニング映像を押しのけ、苦し紛れにこれから起こるであろうイベントを順序立てて思い起こそうとした。

 自分のアルバムより何度も見たスチルの数々。飛ばし過ぎてうろ覚えの説明文。などなど。

 必要なものだけ取り出そうと頭を捻ったら。




 脳内にまたも太ったハムスターがひょっこり出て来て、もふもふと口を動かし、解説を始めた。


『妖精王と踊る夜に』

『このゲームの肝は、CGを駆使したヌルヌル動く踊りと、ヒロインへの想いを込めた、若干くさい歌にある。

 所謂音ゲー要素の混じった乙女ゲーム、通称『ヨウヨル』。

 ゲーム自体はもちろんのこと、曲も売れに売れて爆発的人気となったものの、制作会社不明、声優も不明。


 ホームページに載っている情報なんてただの一文のみという、制作側の自信が伺えるゲームだ』


 ハムスターがマウスをカチカチ動かした。


『夜露の一滴にまで妖精が宿る世界。

 

 聖都セリエンディには、妖精を使役する妖精王が座す。


 妖精王率いる妖精一族は、歌い踊ることで妖精を導き。

 風を起こし、水を生み、火を持続させ、人を癒す。


 妖精は人にとってなくてはならない存在であったが、ひとたび制御を失えば、人を害する存在にもなりうる。


 人の強い感情に巻き込まれて導きを外れ、善意に突き動かされた妖精は、奇跡を起こすこともあるが、これは稀だ。

 悪意に害された妖精は、妖魔となって人の体を奪い、異形の獣―ー妖魔獣となる。


 人のために流れ、人によって害され、悲しき獣となり果てた妖精を止めるのも、動かしたものの務め。


 妖精一族は、激しい想いを込めた歌と踊りで、妖精を完全に支配し、妖魔を浄化する炎を生み出す。


 激しい想いとは人を想う、恋い焦がれる心のこと。

 ゆえに、妖精一族は、真に愛する相手を見つけ、炎妃として傍に置く……


 要するに、ヒロインのイファンを、攻略キャラの炎妃にするゲームだヨ』


 ハムスターがパチンとウィンクしてパソコンを閉じた。




「うーん」


 私は、思わずうなった。

 説明文を覚えていたオタクな自分にたいしてではなく。己の想像物であろうハムスターにたいしてでもなく。


 ゲームの主役であるイファンは今どこに居るのかと。


 そんなこと気にしている場合じゃないんだけど、冒頭シーンを目の前にするとどうにも気になった。


 確か、冒頭でイファンってセリエンディにすら居ないよね。

 でもこの後イファン視点に飛ぶはず……だし。

 いやいや……それ以前に……私イファンじゃないわけで。そりゃそうだよ。私は私……だも……でもなく。


 私は誰。ここはどこ。


 現実逃避と現状整理の狭間でもがき始めたら。




 脳内ハムスターがパチンっと手を叩いた。


『物語の舞台となる聖都セリエンディは、どこの国にも属さない。

 中立とか治外法権とか、そんな言葉すらおこがましい、地上にある神様の国。いや、世界中の人が訪れる大都市規模の神社……なんとも説明し難く。

 妖精王が座す本殿を中央に、妖精の死骸で出来たクリスタルの玉垣に囲われた、異世界の中の異世界。隔絶された空間だ。


 ここに住むことが出来るのは、基本的に妖精の血を引く妖精一族のみとされている。


 とある理由から、各国の有名な服飾系の店舗が軒を連ねているが、みなセリエンディの精門外にある宿屋から通いで来る。

 その他、参拝者なども、夜になれば外へ出なければならない。


 こんなんじゃ、人間であるイファンと妖精一族との恋愛など、ましてや題名通り夜に踊るなど出来はしない。


 がしかーし』


 ハムスターがふんぞり返って後ろにこけた。


『リリファリアと伯父さんのもめごとの原因。婚約者候補になれば、話は別だ』


 もぞもぞ立ち上がったハムスターが、情報満載のホワイトボードを用意した。たぶん攻略サイトとかで見たページだろう。


『妖精一族は男系だ。

 女性は一代しか妖精の力を持つことが出来ない。

 しかも、一族同士だと、反発しあって子を成せない。


 その血を繋ぐためには、妖精の力を受け入れることが出来る人間の女性を妻としなければならないのである。


 ゆえに、セリエンディの外には、霊爵という位を持つ、妖精の器が広いものが生まれる家系が点在しており。

 時期が来ると霊爵令嬢たちを聖都の青い屋根の家に滞在させ、妖精一族、ないしは妖精一族の王子と婚姻させることになっている』


 ハムスターがボードの端をカジカジ齧り出した。飽きたようだ。




 私は、集中力皆無な己の頭を抱えて締めつけた。

 常識が邪魔で、真面目に頭を働かせるのが難しい。まあ普段からいろいろ思考が逸れたり、注意力散漫なところはあったけども。


 ググっと目を閉じ、深呼吸しながら。なんとかかんとか混沌の淵で踏みとどまった。


 イファンとリリファリアは霊爵令嬢であったが。


 なぜか、二人の後見人である伯父さんが婚約者候補として提出したのはイファン一人だった。


 セリフの端々から読み取った感じでは、伯父さんは、あまりいい人ではなかったし。

 リリファリアの元の性格も、憑かれた後から始まるのでわからないが、とにかく自分を選んでくれと伯父に迫るような姉なので、優しい謙虚な女性というわけではないのだろう。


 そんな二人の泥沼揉みあいから始まったこの物語。


 私は、この立場になって、一体どうすればいいのか。何から始めらばいいのか。


 決してゲーム感覚で考えたわけではない。


 悲しみはまだ癒えないどころか、頭の奥でガンガン暴れている。

 けれど、目の前でことは起こっているし、おしりはどんどん冷えていく。


 ここでぼーっとしててもしかたがない。


 私は、背中に力を入れた。ピシっと筋でも違えたような痛みが走ったけれど、今は無視だ。


 まずこのリリファリア視点っていうのを受け入れよう。ひとまずだ。保留でだ。

 私はリリファリア。私はリリファリア。

 だとして。


 シナリオ通り進むのだとしたら、ここで妖魔王が話しかけて来て、あっという間に悪意に支配され、歪んだ空間から大小様々な妖魔獣が現れて、伯父さんの死体を片付ける。

 そうして証拠隠滅した後は、伯父の代わりに登城したのだと言って、偽造した書類を提出し、婚約者候補として青い屋根の家に入居する。


 はず。


「…………」


 待てど暮らせど。

 階段も廊下も静かなまま。結構長い間ここでうんうん唸っているが、一向にゲームが進まない。


 バグ?


「…………」


 何も出てこない。気配すらない。

 妖魔王は置いといて、リリファリアの悪事に手を貸す妖魔獣たちも来ないとなると、そこにある死体はどうすればいいのだろうか。


 いやいやっ。死体はどうすればって怖っ。


 ズムっ


「っ!?」


 背後で重くて柔らかいものがゆっくり床に落ちたみたいな音がした。

 後ろに生暖かい気配を感じる。


 妖魔王。それとも妖魔獣?


 あらやだ。振り返りたくない。でも振り返らないと始まらない。でも怖い。怖いとかいってられない。コッワっ。いやいや。一回死んでるんだから怖いものなんてないはず。

 なけなしの勇気よ、今こそ出番だ。


 私は、恐々振り返った。


 するとそこに。

 明らかに人ではない何か。

 獣というにはファンシーな、幼稚園児くらいの大きさのマリモが転がっていた。色はショッキングピンクだ。


「…………ん?」


 マリモの中心に、大きな瞳が一つ、パチパチ瞬きしている。背中に紺色のツヤっとした角が生えている。

 ゲーム内で見た妖魔獣がどれもこれもおどろおどろしい姿をしていたせいか、驚きも恐怖も感じなかった。


 それどころか。

 

 触り心地良さそうだ。


 突然現れた謎の物体を、モファっと撫でてしまった。


「ふわぁ」


 上質な毛並と丁度いい暖かさに息が漏れた。撫でる手が止まらない。


 もうびっくりして損した。なによなによ~~。


 恐怖の反動で、抱き枕みたいにモフモフマリモを抱きしめた。

 何やってんだと思いつつもそうせずにはいられなかった。


「あったかい」


 怖がっているのか、寒いのか、小刻みに震えるモフモフマリモを撫でまわすと、悲しみが少しづつ吸い取られていくような不思議な心地がした。

 

 来てくれてありがとう。


 心の中で聞こえた声は自分のものなのか。それともこのモフモフの声なのか。

 私は、モフモフが嫌がらないのをいいことに、真冬の毛布のような離れがたい暖かさをたっぷり堪能した。


「ふぅ~~」


 長く細く息を吐きながらモフモフを離すと、重かった腰が自然と浮いて、中腰になった。


 なんかちょっと元気でた。


 相変わらず伯父さんの死体は転がりっぱなしだけど。


 妖魔王が話しかけてこないのは、よくよく考えれば好都合なことじゃないかと思い始めてきた。

 さっさとこの場を離れて、いろいろとなかったことにしよう。モフモフが何なのかについては……害がないので後回しだ。


 幸い目撃者は居ない。


 きっと誰かが伯父さんと伯父さんが持ってる書類を発見して提出してくれるはず。それで、イファンが青い屋根の家に招き入れられるだろうから。

 私は、霊爵邸に帰って普通に暮らせばいい。


 ゲームはゲームだから波乱万丈なのであって、現実はそこそこでいいんだ。


 いや。でもせっかくもう一度得た人生……かもしれないんだから。

 社交界デビューして、婚活して、どうにかなんとかしてみるという手も……。


 社交界ってなんだ。言ってみたけどよくわからないぞ。

 こんな楽天的な考えしか浮かばないって、私大丈夫なの? 社会人なんだからもっとこうあるよね。あるある。何年生きて来たと思ってるの……。


 …………ないわ。


「うう……」


 再び我に返って常識に振り回されていたら、階下から声がした。

 おっさんのうめき声だった。


次の次ぐらいから他のキャラが出ます。次もおっさんとマリモとハムです。

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