回想その3
伯父さん生きてましたわ。
あのゲームの中でもそうだったのだとしたら、リリファリアってば慌てん坊さんね。伯父さん生きたまま妖魔獣に片づけられたよ?
そんなシーン生で見なくて済んでほんとよかった。
城の医務室で目を覚ました伯父さんは、ものすごく好都合なことに、ここ数日間の出来事をさっぱり忘れていた。
ここ数日というのは、婚約者候補を決めて書類を書いてセリエンディへ来て登城するまでのごたごたのことだ。
私は、伯父さんを心配する姪を演じ、あまりの棒読みと見様見真似のお嬢様言葉を不審がられはしたものの、なんとかギリギリ窮地を脱した。
これで一安心だ。
何が安心って、なんだかよくわからないけれど、そういうことにしていったん区切らなければ、ものすごく大きな不安に襲われそうだ。
「書類なら先ほど役人の方が持って行きましたですわ。伯父さま。わたくしちょっと疲れましたので、外の空気を吸ってまいりますわ」
「あ……ああ」
会話を続けるとボロが出る。いつの間にやら姿を消したモフモフのことも気になるし。私は、まだぼーっとしている伯父さんに声を掛け、逃げるように医務室の裏口から外へ出た。
眩しい。
気持ちとは裏腹に、なんとも爽やかな気候だ。
深呼吸したら、草木の良い香りがした。
私は、空を見上げたまま何度も何度も深呼吸を繰り返した。
……静かだ。
庭の木々や花壇など、隅々まで手入れされている割に、人の気配がまったくない。
人入れないんだったっけ。いや入れるけど、夜までは居られないんだ。
だったらここで働いてる人もみんな妖精一族……使妖精っていうのも居たような……。
一回読んだところをサクサク飛ばした弊害でちゃんと覚えていない。さっきみたいに映像を思い浮かべたら思い出せるだろうか。
「う~~ん……頭痛い」
疲れてるから後にしよう。
今の私に必要なのは、気持ちの切り替えだ。
「まあ……でもあれだよ。伯父さんは生きてるわけだし。これで平穏無事にイファンを送り出すことが出来……」
ズムっ
突然。胸から何か生えた。
紺色のツヤっとした突起物がにょっきりと、どう見ても己の胸からにょっきりしている。
わけもわからず振り返ると、ショッキングピンクのマリモが、私のことを角で串刺しにしていた。
「え……」
目の前の景色が、瞬きする間もなく変った。
白く清潔感のある部屋。
並んだベッド。
ここは……ここは医務室だ。伯父さんが運び込まれたセリエンディ城の医務室。
いつの間に中へ戻ったのか。まったく覚えがなくて寒気がした。
「出血は多かったですが、心配ありませんよ。そのうち目を覚まされます」
看護師らしき女性が、私に声を掛けて来た。
さっきもそう声を掛けられた……はずだけど。念押し?
看護師は、何も答えない私に、笑顔で会釈して、部屋を出て行った。
ズムっ
横に気配。
見てみると、ショッキングピンクのマリモが、何の悪気もなさそうにポヨポヨ床で跳ねていた。
私は、恐る恐る、モフモフマリモに刺されたであろう胸に手を当てた。
痛くないし、血も出てない。穴も開いていない。
刺さってるように見えただけ?
驚きすぎて激しく脈打っているのと、カサカサした触り心地以外異常なしーー。
ん? カサカサ?
胸元に、布ではない、少し硬い感触がある。
はしたなくドレスの襟に手を突っ込んでみると、なにやら上質な紙が折りたたんで入っていた。
中身を見た途端。知らない字がすいすい読める謎の現象が起きたが、取りあえず便利だから良し。
「これって」
リリファリアの経歴などが書かれたものに伯父さんの署名がされている。冒頭のやりとりからして伯父さんが書いたとは考えられないので、リリファリアが妹の書類とすり替えるために用意した偽造書類かもしれない。
伯父さんが説得に応じてくれなかった場合すり替えようとしてたとか?
さすがに階段から落とすつもりはなかったと思いたいが、用意周到だ。
まあ悪役ってそういうもんだよね。何手か先を読んで行動しないと、ヒロインの邪魔なんて出来ないだろうし。文武両道でなきゃ出来ないだろってイベントも結構あった気がする。
関心しつつ、偽造書類を胸にしまおうとしたら。
マリモが、ズムっと飛び上がり、サイドテーブルに置かれた革製のファイルの上に乗った。
「え? あれ?」
この革製のファイルは、伯父さんの持ち物だが。
ついさっきこの城の役人らしき人が取りに来て、渡したはずだ。
なぜまたここに……というか私庭にいたはずだけども……いや、そもそもが全然違う場所に居たけど。
マリモが、私の胸元を見て、それからファイルを見る動作を数回繰り返した。
まさか。
中身を入れ換えろって?
私はプルプル首を振った。
そんなことをしたら、ゲーム通り面倒なことになってしまう。イファン視点ならまだしもリリファリア視点でゲーム開始なんて絶対嫌だ。
マリモが、濡れた犬みたいに体ごとプルプルし返してきた。私も負けじとプルプルし続けた。
ガチャっ
ドアが開く音で動きを止めると。
「レインク家の方がこちらにおられると伺ったのですが」
たぶんさっきと同じ役人が医務室に入ってきて、さっきとまったく同じ動きで室内を見渡し、私と伯父さんを見つけて歩いてきた。
「レインク様ですね? お怪我をされて大変なときに恐縮ですが、書類を頂けますでしょうか。期限が迫っておりまして」
役人が、これまたさっきと同じように、淡々とした口調で頭を下げ、机の上に置かれたファイルごと書類を持って行こうとした。
何かいろいろおかしすぎて頭が上手く回らない。
「えっ……あのっ」
私は、取りあえず役人を呼び止めて聞こうとーー
ズムっ
また胸からにょっきり角が生えた。
目の前には、眠る伯父さんと革製のファイル。役人の姿はない。
「出血は多かったですが、心配ありませんよ。そのうち目を覚まされます」
看護師さんが私に声を掛けて、部屋を出て行った。
もうだめだ。またおかしなこと起きてる。おかしなことおきた上におかしなことが……。
これなに? リピート……もう一度同じ……。繰り返し。
「ゲーム……リセット…………的な?」
聞いてみたものの、このマリモに言葉が通じているのかどうかすらわからない。
びっくりしすぎて、それ以上何を聞けばいいのかもわからない。
開いた口が塞がらない。
私は、目線だけで訴えてくるマリモを、半ば放心したまま見つめ。
そのまま時は過ぎ、役人が入って来て、再び ファイルの中身を入れ替えますか? いいえ を選んだ。
そして、また戻された。
「あの……やめて欲しいんだけど。あなたは何なの? どういう存在?」
無言で私の背後にスタンバるマリモ。
なんとか避けようと身構える私。
そんなやりとりを数回繰り返し、いい加減根負けして書類を入れ替えたら、マリモは納得したらしく姿を消した。
なんだかものすごく疲れた。ただでさえ疲れているのに、もうどっと疲れた。
私は、額を押さえ、伯父さんが起きる前にさっきの中庭へ一時避難した。
よくわからない場所に来ても、空だけは同じだから。
ふらふらした足取りでドアを開けはなち、空を見上げようとしたはずが、首は下を向いていた。
「ぶふぇ~」
そうか。そんな感じかぁ。まいったなこりゃ。
私は、げんなり足元の芝生を見つめた。
ここは『ヨウヨル』の世界。
乙女ゲームの世界だ。
つまりは、ヒロインであるイファンを波乱万丈させなければ、ゲームとして成り立たない……ということかもしれない。
ゲーム。
の中に居る。
死んだ。
リセット。
感触はリアル。
真剣に悩みだすと、またまた脳内にハムスターが現れ、わっせよいせと現在抱えている謎を運んできた。
なぜにハムスター。
なぜに……。
正気になれ私。
ペチペチ頬を叩いて思いっきり伸びをしたら、頭がくらくらした。
ちょっとした貧血だろう。
ちょっとした……の割には、しゃがみ込んで口元を押さえるほどの気分の悪さだ。
「うう……こんなわけのわからないところで体調崩したくない」
リリファリアは、きつそうなつり目の美女だけど、色白で相当細身だ。もしかしたら文武両道説はないかも。弱そうだから妖魔王に狙われたのかもしれないし。
作中は同情なんてしなかったけれど、他人事じゃなくなると、急に憐れな気がしてきた。
っていっても私は妖魔王に憑かれてないんだけど。
イファンに対しても別に悪意とかないし。
「あ……」
素のままシナリオ通り動かなきゃいけないとなると相当きついのでは。
「っていうかシナリオ通り進めたらリリファリア死ぬよね」
衝撃の事実に辿り着いた。
すると、また脳内にふわーっとハムスターが現れた。
『『ヨウヨル』のエンディングは無数にある。
分岐点が多すぎて、同じエンディングを迎えるのが難しい、容量どうなってんだと言う声が多数上がっていたが、それは置いといて。
何もかもすべてがハッピーエンドというのはなく、リリファリアに至っては毎回確実に死ぬ。
妖魔王と共に妖精の炎で焼かれたり。力の使い過ぎで内臓やられたのか吐血して笑いながら死んだり』
ハムスターがバタンと死んだふりをして消えた。
死……死んでるけど……死。
「やばい」
モフモフマリモとなんとか話し合いの場を持たなければ。死ぬってわかっててそこへ向かうなんて酔狂なことは死んでも出来ない。
「モフモフマリモがどういうつもりかはまだわからないけど、もしゲーム通り進めろってことなら、イファンと誰かをくっつけて、その燃え上がる恋の炎で妖魔王やっつけて世界を救うって方向に持って行けば……」
空元気な独り言を発した舌の根の乾かぬうちに、私は、頭を抱えた。
「だから妖魔王どこよ」
目的がないゲームなんて面白くもなんともない。
読んでくださりありがとうございます。




