旅立ちの準備
テツオとマミヤは旅立ちの準備を始める。
その夜マミヤは僕の知らない様々な事を語ってくれた。
「ウラヌスを含めた野盗の事ね。その前にこの世界の話をしなくちゃ」
マミヤは居住まいを崩す。
「この世界にはね、テツが住んでいるような集落……よそではコロニーと呼ばれてるんだけど。そのコロニーみたいに狭く閉ざされた集落以外に、村、町、都市といわれる、集落とは比べものにならないくらいの人が住んでいて物流の盛んなところがあるの。そこにはテツの見た事もないような物や食料もあって、物々交換も物と物よりもお金と呼ばれる、物の価値を数字で代用する疑似物流品が主に使われている。……わかる?」
マミヤの問いかけに頭を抱えた。
「例えば、テツの狩猟で得意な動物は、ウサギだっけ? ウサギ一匹を野菜や果物と交換する時にどんなルールがあった?」
「ウサギ丸々一匹を交換する事はなかったし相手にも寄るけど、後ろ足一本分で籠半分くらいの野菜かな」
「その野菜一籠。それを一つの単位と定めて、全ての価値を決めるの。じゃあ鹿の後ろ足は野菜三十籠分だなとか。テツ達が大雑把に交換していた物々交換に、数字の価値を当てはめてルールを作りみんなでそのルールに従うの。その単位がお金」
「もしかして算数とか必要? 昔からタキジ爺さん達に、テツオは計算が出来ないから騙しやすいって笑われたなぁ」
マミヤも笑った。
「まあいいわ。私も説明下手だしね。とにかくこれから生きていくには数字とお金が重要だと覚悟して。全ての価値はお金の多寡で決まるの。納得しなさい」
はい、と不承不承頷いた。
「で、やっと野盗の話になるわね。コロニーのあちこちで悪事を働いている野盗は迷惑だから退治してくれって、コロニーの長とかが富豪衆、お金を沢山持ってる人々に嘆願するの。嘆願が多いと富豪衆はボランティアでその野盗を賞金首に指定する」
「しょうきんくび!」
マミヤがウラヌスに向かって言った言葉だ。
「そう、こいつらを捕まえるか殺してくるかしたら、その分お金を上げますっていう仕組み。そのお金で肉や野菜が買えるわけ」
「買える?」
「交換できるってこと」
僕は腕を組んで唸った。世界は広く複雑だが、悪党を退治して食料を調達できるというのは不思議で素敵な仕組みだ。
「昨日テツに本業の話をしたでしょ」
「あ、聞いた。説明してくれなかったけど」
「私の本業は賞金稼ぎ。名のある賞金稼ぎは勝手に二つ名、あだ名が付けられるの。私は〝かまいたちのマミヤ〟ね。ウラヌスみたいな小物は大したお金にならないから放っておいたけど、中堅どころの悪党を捕まえれば数ヶ月はのんびり暮らせるのよ」
「マミヤさんはそのお金という物を持っているの?」
「今は持っていないわ。世界を放浪する旅には必要ないから。銀行に預けているの」
「ぎんこう?」
「お金を預けて、必要な時に返してくれる職業があるのよ。テツの生活で例えると、貯蔵庫の管理人かな」
「盗まれない?」
「それが仕事だからね」
預かって返すだけの仕事。何だかわからなくなってきた。
「私が賞金稼ぎをしているのは、もちろんお金を稼ぐためもあるけど、本命はさっき話したオーパーツなの。名だたる賞金首持ちはおそらくオーパーツを使ってると思うの。実際そういう噂を耳にするわ。私の旅の目的はオーパーツ探し」
炎の武器、一瞬に切り刻む武器。僕はまだ本当にそんなものがあるのか半信半疑だが、集落の異常発火は事実だ。マミヤの過去も嘘をつく意味がない。そんなとてつもない武器と渡り合えるのだろうか。
「集落から外の世界の話は、また少しずつ説明していくわ。今日はそろそろ休みましょう」
マミヤは寝支度を始めた。どうやら木の幹に身体を預けながら寝るようだ。
「これからどうしよう」
明日以降の生活を思うと途方に暮れてしまう。
「取り敢えず明日は集落の様子を見に行きましょう。それからは」
マミヤは一拍おいた。
「テツと一緒に町に戻ろうかな。もうちょっと旅するつもりだったけど、今のテツを連れて未開の地に行くのはさすがに荷が重いから。それにテツもこれからの生活を考えると町に足を運んでおいた方がいいわよ」
お荷物扱いされるのは不満だが、何も言い返せない。
「じゃあさ、明日の様子次第だけど……荷車があるんだから、以西の森でたくさん狩りをしてたくさんの獲物、食料を持って行ったら、町でお金に換えられるかな」
「おっ、テツ、飲み込みが早いわね。いいアイディアだと思うわ。でも荷車一杯の荷物となると引いていくのは大変ね。おとなしい動物を捕まえて引かせられるといいけど、そう簡単には……」
そこで二人、目が合ってお互い閃いた。二人同時に叫ぶ。
「ウラヌスのロバ!」
僕とマミヤは朝日が昇らないうちに起きた。マミヤは昨日同様、柔軟体操をしている。僕は昨夜なめした毛皮の状態を確認する。慣れない場所で作業した割に状態は良かった。肉は全て昨夜のうちに日持ちするよう炙ってある。
マミヤが声をかける
「じゃあ、行こうか。でも」
「はい」
「辛いものを見る事になるよ」
マミヤは念を押す。
「覚悟は出来ています」
「集落は私が見て回るから、テツは自分の家に何か残っていないか念入りに調べて」
「うん、ありがとう」
荷車を引き、二人は出発した。獲物は食料と毛皮に精製した分、かなり軽くなっている。
道すがら、僕は昨日の話で少し不思議に思った事を聞いてみる事にした。
「マミヤさん、昨日の話で気になった事があるんですけれど、いいですか」
「どれのこと」
「マミヤさんの過去の話で」
マミヤの表情は変わらない。聞いても平気なようだ。
「何が気になったの」
「マミヤさんは一人の男とすれ違って、おそらくその男がマミヤさんの村を襲ったと思われるんですよね」
「状況的に、そう思われるわね」
「その男は、なんでマミヤさんを見逃したんでしょう」
マミヤは振り向いて、思案するような顔をした。
「殺す必要がなかったから、殺すに値しなかったからかしらね」
「というと」
「彼の目的はオーパーツを使って集落を壊滅する事だった。その目的を遂げた後、わざわざ小娘一匹殺す必要はなかった。ってとこかしら」
「集落を壊滅させた理由は?」
「昨日もいったでしょ。凶暴な兵器がある、その兵器によって村は血の海になった。この二つの結びつきに理由なんかないんでしょうね」
どうもその理屈が釈然としない。殺すのが目的? 殺す事に理由はない? そんな道理がまかり通るのか。
「テツ、起こった出来事にいちいち理由をつけていたら切りがないわよ」
マミヤがアドバイスしてくれた。そうかも知れない。今はそう思うしかない。
集落の入り口に着いた。さすがに炎は鎮火しているが、材木など様々なものがまだ熱を帯びてくすぶっている。臭いがきつい。生き物の脂が焼けた臭いに暗澹とするが、覚悟して来たのだ。自分を鼓舞する。
「じゃ、私は一軒一軒調べるから、テツは自分の家を確認して」
集落が成り立っていた道並みを思い出しつつ、自分の家を見つけた。
「こりゃあ、どうしようもないよ」
一目見てそう呟いた。全てが炭になっている。驚いた事に鉄製品も変形している。一体どれだけの火力だったのだろう。数分で家の捜索を諦めた。
辺りを見回すがどこも同じような状態だった。金属が溶けるほどの火災だ、何処にも何も残っていないだろう。タキジ爺さんやミネさん達の家を調べる気力はなかった。辛い思いをするだけだ。
マミヤと合流した。
「駄目ね。想像以上の火力だわ。何も残っていない。遺体は……ひどい有様だわ」
「そうですか」
「あと、これは言いにくいんだけど」
「なんですか、なんでも言って下さい」
「私達が駆けつける前に、集落の外から異変に気づいた人もいたみたい」
「えっ」
「炎から逃げる方向じゃなく、外から炎に飛び込んだと思われる遺体もあったわ」
なんでも言って下さい、と強がってはいたがショックだった。自分が腰を抜かしていたあの光景を見て飛び込んだ仲間がいた。
「生き残ってなんぼの世の中よ。あまり深刻にならないで」
マミヤは言ってくれたが、全然慰みになっていない。
集落の外れから物音が聞こえた。最初は小動物かと思ったが、何かを物色しているような音だ。すわ生き残りか、と僕らは色めき立つ。
マミヤと一緒に音がする方向に駆けつける。現れたのは巨漢で丸顔、歯が何本か欠けている。体躯に似合わない子供の目をしたような、雪だるまのような男だった。
「あなたもしかして……ウラヌス?」
あっ! と僕は声を上げる。昨日は仮面を被っていていたが、この巨体はあの時のウラヌスそのものだ。
「そうだ。貴様に子分全員のされちまった、情けないウラヌスだ」
男はヤケクソのように言う。
「しかしこの集落、何が起きたんだ。ひでぇ有様だな」
この言葉を信じれば、マミヤの推察通り集落を焼いたのは奴じゃない。
「で、あんたは何しに来たの」
マミヤは冷たい目で問う。
「貴様らと別れた後、集落の異変に気づいてな。あの煙からしてただ事じゃないことはわかった。だがすぐ駆けつけるのは良くねえ。今朝様子を見に来て遺留品があればと思ったんだが、いやこりゃ全くひでぇや」
確かに、ウラヌスの身体全体が炭で汚れている。ダメ元で物色したのだろう。
「で、何か見つかった」
「だから何にもねえって言ってんだろ」
ウラヌスは怒鳴る。何もなかったとは一言も言っていないと思うが、突っ込むのは止めておいた。
「私達も何か残っていないか見に来たんだけど、何もなかったわ」
「そうか」
ウラヌスはつまらなそうに返答する。
「私達はこの集落を出て町へ向かいたいの」
「ふん」
「けれど荷物が多いの。あなたに荷車をもらったけど、長い距離を歩くのは大変よね」
「お前、まさか」
「ロバを一頭、頂戴」
「ふざけん……」
ウラヌスが吠えるよりも早く、マミヤの剣の切っ先、ナイフのように輝く先端がウラヌスの鼻っ柱で止まる。抜き手が全く見えなかった。ウラヌスは瞳を眉間に寄せ青ざめた。脂汗を吹き出している。
「三つ数えてイエスと言わなければ左耳を切る。もう三つ数えて右耳を切る。次に三つ数えて鼻を」
「わかった! わかったよ! 一頭だけなら譲ってやる」
ウラヌスはあっさりと観念した。
「そ、ありがとう。とても助かるわ」
マミヤはウラヌスに対して初めてにっこりと笑った。僕はマミヤの恐ろしさをいろんな意味で痛感した。
「じゃあ、俺は一旦戻ってロバを連れてくるから、お前らはここで待ってろ」
「そんな話、信じると思うの」
マミヤは冷たく言い放つ。
「アジトまで案内しなさい」
「そ、それは出来ねえ。アジトの場所を教えるなんて、死んでも出来ねえ」
「じゃあ、今死ぬ? 私には安い小遣い稼ぎにもなるんだけど」
ウラヌスは黙り込んだ。
「あんた、この集落までどうやって来たの」
ウラヌスはびくりとする。
「一人でのこのこ歩いてきたとは思えないんだけど」
ウラヌスは黙秘する。マミヤは柄に手をかけた。
「わーかった! 言うよ。ロバは集落の東端に隠してある」
「いちいち手間かけさせないでね」
マミヤがウラヌスに対して柔和に接したのは脅しの後の一度だけ。他は徹底して冷淡だ。
ウラヌスの案内でロバの所に向かう間、僕はずっと考え事をしていた。
「マミヤさん、ロバに乗ったことある?」
「全然。私は剣を振るう以外に能がないから」
「そうか、そうだよね」
「何か考えがあるの?」
「うん、ちょっとね」
ロバは木陰で縄に結ばれていた。瞳がウラヌスとそっくりで笑ってしまいそうになる。
「あら、意外と可愛いわね」
マミヤがロバの顔を手のひらで覆うと、ロバはぺろぺろとマミヤの手を舐めた。
「だがお前らにこいつを手なずけられるとは思わんけどね」
ウラヌスは皮肉っぽく言った。そうだ、そこなんだよなと確信する。
「ウラヌス」
僕は初めて自分からウラヌスに声をかける。
「ああ!」
案の定、僕に対しては高圧的だ。マミヤはロバとじゃれている。
「僕らの集落を何回も襲った?」
「ああ! 数え切れないくらいな」
ウラヌスは開き直る。
「人を殺した?」
「ああ? 俺の目的は食料だ。脅して奪ったことはあるが殺生はしてしてねえ。したって意味がないしな。集落の奴らが減ったら俺達も困る」
そうか、と僕はわだかまりを退ける。
「まあ意固地になって抵抗する奴に怪我を負わせたことはあるかもしれないが、それが元で死んだとしてもそれは俺の知ったこっちゃねえ」
途中からマミヤが聞き耳を立てている様子がわかる。
「ウラヌスはこれからどうするの?」
「貴様の知ったこっちゃない」
ぶっきらぼうに言う。僕は黙ってウラヌスを見つめ、話の先を待つ。ちっ、と舌打ちしてウラヌスは答える。
「子分は失った、この集落は壊滅した、ロバも荷車も半分に減った。廃業寸前だな。一から立て直すには時間がかかる」
「野盗を再開するのは大変、ってこと?」
「ああ」
「アジトには他に誰かいるの」
「貴様の知ったことか」
ウラヌスは頭をかきながらつまらなそうに答えた。
「取り敢えず、僕らと一緒に行動しないか」
「ああ?」
ウラヌスの叫びはオクターブ上がった。マミヤも驚いて振り向く。
「僕らは町に向かうんだけど、荷車とロバをぽんと渡されてもどうしようもないんだ。麻縄一本にしたって……集落がこんな状態だから。荷車とロバの扱いに長けて、現状道具を一通り揃えていそうなのはウラヌスだけなんだ。ウラヌスが一緒にいてくれると助かる」
ウラヌスは惚けたように話を聞いていた。マミヤもロバから離れ、顎に手を当てて話の様子を窺っている。
「見返りは」
「食糧の安定供給と身の安全ね」
マミヤが後ろから言う。前者は僕、後者はマミヤの仕事だ。
「町へ行くと言ったな。俺は賞金首だぜ」
「あんた程度の小物だったら、自首すればリストから抹消してくれるわ」
これもマミヤが答える。
長い間沈黙があった。ウラヌスにとって馬鹿げた話ではなさそうだ。
「俺は今、アジトに帰っても誰もいねえ」
ウラヌスは先程の質問に答えた。
「考える時間をくれ」
「ええ、いいわ。私達は西の森の〝聖なる泉〟にいるから」
いつの間にか話の主導権はマミヤが握っていたが、僕にとっては有り難いことだ。
「このロバは」
「当然、私達が頂いていくわ。申し訳ないけど今ロバを預けるわけにはいかないから」
「そうか」
ウラヌスの覇気はすっかり失せていた。ロバの好む草や水やりの頻度など、大雑把ながら必要なことを教えてくれた。二、三日中に返事をする、来なかったらそれが答えだと言い、ウラヌスは肩の力を落として去って行った。
「いい返事期待してるから」
僕はウラヌスの背中に思いきり声をかけたが、彼は振り向きもしなかった。
「私も最初は驚いたけど、いい考えだと思うわ」
僕の横に立って、マミヤは言った。
「確かに私達にロバの世話や体調管理は出来ないし、ウラヌスは子悪党だけど更正の猶予はまだあるから」
こうせいのゆうよ? はよくわからないが、マミヤも賛同してくれて良かったと思う。
ウラヌスは出会った翌日の朝、ひょっこりと現れた。期限ぎりぎりまで悩むかと思っていたので少し驚き、少し拍子抜けした。
「雇うより雇われる方が気楽だからな。略奪も好きでやってるわけじゃない」
なんとなく迫力を失ったウラヌスは言った。
「それにあの姉ちゃんは頼りになる、半端なく強えから」
ウラヌスはもう一頭のロバと荷車を持ってきていた。荷車には日用道具――麻紐、太いロープ、木槌、のこぎりなど――山積みされていた。アジトにあったものを乗せられるだけ乗せてきたそうだ。
その日から僕は泉の近くにある平地でロバ乗りの練習を始めた。午前中は狩り、午後は練習、夕方は獲物の処理という日課が続いた。マミヤは(思った通り)ロバ乗りに全く興味がないので、必死に練習した。歩け、止まれは簡単に習得できたが、早足が厄介だった。走ってはくれるのだが、バランスが取れずすぐに落馬した。
「そんなんじゃ荷車引くなんて遠い夢だぞ」
ウラヌスに活を入れられ頷き、繰り返し練習をした。
ウラヌスは気のいい力持ちだった。気性が荒く言葉は乱暴だが、ロバ乗りの練習に根気よく付き合ってくれる。結構子分に慕われていたのかも知れない。殺生は目的でなかった、というのも信用できると思う。生まれ育って気が付くと生きるすべは略奪しかなかった、という人間もいるのだろう。
「ウラヌスは、マミヤさんのことを知ってたの」
ロバ乗り練習の合間、ウラヌスに聞いた。
「ああ、噂はかねがね伝え聞いていたからな」
「そんなに強いんだ」
「ああ! お前そんなことも知らないで同行していたのか」
ウラヌスはタヌキ肉をかじりながら大げさに驚いた。この臭い肉がウラヌスの口に合うらしい。
「かまいたちのマミヤ、つったら賞金首がかかってる悪党の間では有名人だ。その得物も謎、技も謎、タイマンはもちろん大勢でかかっても、一陣の風が吹いたと思えば辺りは血の海。残るのは子分の死体と懸賞のかかった親分の胴体だけだと聞く。こと噂ってぇのは尾ひれが付くもんだが、こないだ対峙して痛感したよ。いや噂以上だな」
「何勝手に人の話してるの」
「うわぁ!」
いつの間にか二人の真後ろに立っているマミヤの声に、僕とウラヌスは悲鳴を上げる。
「あんた、二度とその二つ名で呼んだら只じゃ置かないわよ」
マミヤはプイときびすを返し、服を脱いで泉へ泳ぎに行った。僕が許可して以降、マミヤは頻繁に水浴びや水泳をしている。
「かま……賞金稼ぎのマミヤ様が只じゃ置かない、か。結構優しいところもあるんだな」
ウラヌスは汚らしく笑った。僕はマミヤの過去を思い出し、ため息をついた。
毛皮のなめし作業をしていると、必ずウラヌスが様子を見に来る。
「小僧、肉の処理は適当でいいから、毛皮の加工は丁寧にな」
ウラヌスは僕を小僧と呼ぶようになった。腹立たしいが体格の違いを見せつけられると文句も言えない。
「この辺りにあるのが、出来上がったものだけど」
「うん、悪い出来じゃないな。とにかくきれいにな。完成品も傷まないように、傷がつかないようにな。とにかく丁寧に扱え」
何のこだわりがあるのか知らないが頷いておいた。
野盗についても聞いた。
「ウラヌス以外に、僕らの集落を襲ってた野盗団ってどれくらいいたの」
「んー。二三集団いたようだが、顔も覚えちゃいねえ。商売敵だからな。他に住み処を変える流浪の盗賊もいたからなあ」
皮のなめし作業を面白そうに眺めていたウラヌスは答えた。
「悪かったとは思うが、小僧の集落を一番多く襲ったのはおそらく俺達だろう」
ウラヌスはしかめっ面をして言った。
「ただ前にも言ったが、俺達が狙ってたのはお前らの持ち物だ。無駄な殺生はしていない」
「襲われた人の中には、殺されたり拉致された人もいたらしいんだ」
「そうらしいな。うーん、俺はその方面には門外漢だから噂や想像でしか言えないが」
「うん」
「この世界の何処かでは、人身売買がまかり通っているらしい」
「じんしんばいばい?」
「老若男女区別なく、正確には年寄りに用がないが、人さらいをして誰かに売りつけるのさ」
「売りつけるって?」
「ああ! だから田舎者は困る。マミヤ! この小僧に売買の仕組みは教えたのか」
「お金と貨幣交換の話しはしたわ。理解できたかは怪しいけど」
付近を見回っているマミヤが叫んだ。
「人間をさらう、欲しい奴に渡す、見返りでお金をもらってるんだ」
「賞金首みたいなもの?」
「賞金首は悪党狙いだからある意味善行だ。俺に言わせりゃ偽善だが」
ウラヌスはマミヤの方をチラリと窺う。
「だが人身売買は売る方も買う方も悪質だ。何の罪もない人間を捕まえて金と交換するんだからな」
「買った人はどうするの」
「ここからはさらにいかがわしい噂でしかないが、おそらく奴隷として家畜のように無報酬で働かされんだろう。」
「奴隷……」
聞き慣れない忌まわしい言葉に僕の心は深く沈む。父が母がこの世界の何処かで奴隷として働かされている。いやもう死んでいるかも知れない。憤怒と悲嘆の感情が行ったり来たりする。
「流浪の盗賊と何度かすれ違ったことがある。中には俺みたいなロバじゃなく本物の馬、俺みたいな荷車じゃなく豪勢な馬車、しかも二頭引きのでっかい馬車だ。そんなのを五、六台引き連れて走ってるのを見たことがある。あれほどの荷馬車に何を積むのか訝しんだが、連中が人さらいだったかもしれねえな」
「その中のボスはウラヌスなんかとは比べものにならないくらい高額の賞金首で、何度も出会ったことがあるわ」
またいつの間にか後ろに立っていたマミヤが言った。
「あの集団を襲撃したのか」
ウラヌスは振り返り驚く。
「襲撃とは失礼ね、退治したのよ」
結果は同じじゃないかと思うがもちろん口にはしない。
「その集団の中には……拉致された人々が乗っていたみたいな空っぽな荷台があったわ。使い古された拘束具と一緒に」
僕もウラヌスも押し黙る。
「で。退治したボスに詰問したけど、拉致した人間は〝売った〟、その行方は〝知らない〟の一点張りだったわ。殺す直前に聞いたから嘘偽りはないと思う。今考えると何処に売るか聞くのは忘れてたわね。あの時は多勢の雑魚をなぎ払うのにいっぱいいっぱいだったから」
マミヤの言動にまた血の気が引く。トンでもなく恐ろしい人を用心棒にしてしまった。
五日間かけて、僕はにわか仕込みながらロバを操れるようになった。荷車を引かせても、なんとか安定して走れる。ただ午前の狩り、午後の練習、夕刻からの獲物の処理の毎日で身体は疲労でガタガタだった。
「二日ほど休みを入れましょう。三人では食べきれない食料は手に入ったんだから」
マミヤの提案を有り難く受け取ることにした。
出発の準備が始まった。ウラヌスは荷車の状態を確認したり、ロバのエサを探したりしている。僕はお言葉に甘えて水辺でのんびりと休む。
「マミヤさん」
「ん?」
「マミヤさんの旅の目的は、オーパーツを探すことですよね」
「そうね」
マミヤは僕の横に座った。
「僕にも目的が出来ました」
「なに?」
「人身売買の実態を究明します」
マミヤはじっと僕を見つめた。マミヤはたまに心を探るような瞳になる。
「究明してどうするの」
思わず俯いてしまう。怖い。それでもはっきり言葉にしなければいけない。
「やっつけます」
マミヤは頷き、問いかける
「集落の人達の敵は討たないの」
僕の背筋が凍りつく。目の前で起きた惨劇を棚上げにして、何年も前にいなくなった記憶すらない父母の行方に拘っている自分に気づく。僕はあの火災を不運な事故と受け止めているのかも知れない。
「ごめん、意地悪だった」
マミヤは僕の肩に手を置いた。
「私はオーパーツ。テツは人身売買。この二つは繋がっているかも知れない。お互い目的の為に旅をしましょう」
泉を見つめながら僕は頷いた。
出発の前日。
僕は廃墟となった集落に一人で訪れ、炭と化した一軒一軒から判別できる遺留品を集めた。運良く骨の一部が残っているものもあったが、ほとんどは溶けかけた日用品しか拾うことが出来なかった。
それらを持って〝聖なる泉〟に戻り、泉に沈め皆の冥福を祈った。泉は木漏れ日を浴びて煌めいている。亡くなった人々を天国へ送ってくれるのだと信じたかった。
初めて見る街は見るもの聞くものすべてが目新しかった。次回 2/12 17時掲載。
よろしければこちらの作品もどーぞ。
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