事件
野党を一蹴した間宮に感嘆するテツオ。その帰り道、事件が起こりテツオの人生は一変する。
その後の帰り道は楽に進んだ。日が暮れ出すのもまだ早い。僕は機嫌良く荷車を引いた。疲れはたまっているが荷車のおかげで歩くのも楽になり気分洋々だ。
西の森を通り、〝聖なる泉〟までたどり着いた。まだたっぷり時間はあるのでここで一休みする。荷車のお陰で楽になったとはいえ、先程まで大荷物を抱えていたのだ。少し疲れを取りたい。泉での長居は禁物だが、マミヤがいれば安心だ。
「あの、その剣、見せてもらえませんが」
泉の水辺で二人くつろいでいる間に、思い切って頼んでみた。きっと断られるかと思ったが、素直に、
「ええ、どうぞ」
と渡してくれた。
初めてマミヤの剣を手に取った。刀身自体は極細の鉄パイプのようなものだった。剣と言うより鈍器だ。遠目ではわからなかった至るところごつごつとへこんでいる。グリップには四角い鍔のようなものがある。一番に注目したのは剣先だ。花びらを揺らさず見事断ち切り、野盗の頸動脈を瞬時に裂いた切っ先の正体は、七八センチの非常に小さく繊細な刃物だった。ナイフより刃の部分が縦横に長くオニヤンマの羽を半分に割ったような形をしていた。先端は尖ってなく緩いカーブを描いている。刀身――棒だから棒芯か――はでこぼこでほとんど手入れされていないが、切っ先の刃物はきれいに研がれて美しく輝いている。触れるだけで怪我をしそうなほどだ。
「そこだけは毎回丁寧に手入れしているの」
マミヤが説明してくれた。
「さっきも汚したから、帰ったら雨水使わせてね、今日中に研いでおきたいから」
昨日の一件で泉の水を使うのは遠慮しているのだろう。顔を洗うのと刀を研ぐのとは意味がまるっきり違う。
棒芯は見た目より重く感じた。おそらく耐久性を重視したのだろう。両手に持って重心を比べてみると、切っ先の方がやや重い。これも素早く振るうための工夫なのか。マミヤの靴の左足が長く堅いのは自傷防止だろう。
「鞘はないんですね」
「ん」
マミヤは腰を捻ってベルトにある器具を見せてくれた。一部が欠けたリング状の金具で、丁度Cのような形をしている。このわっかが鞘代わりか。鞘から滑らせるより円の欠けた部分からはじき出す方が速く抜けそうだ。
「この剣はマミヤさんが作ったんですか」
「私の好みに合わせて特注したの」
特注、誰かに作ってもらったのか。
「どう、疲れは取れた? そろそろ行きましょうか」
マミヤが促した。一応気遣ってくれてるらしい
「はい、十分休めました」
この調子だと日が暮れる前に帰れそうだ。再び荷車を引き、マミヤはその横を歩いた。
西の森もぬけ、後は荒野を歩き集落へたどり着くだけといった所で妙なものが目に映った。煙が上がっている。それも一筋や二筋ではない。幾重もの煙が地平線から立ち上っていた。
「火事か? 集落の方面だ!」
「それも尋常な規模じゃないわね」
自ら早足になる。胸がざわつき、みぞおちが重くなる。吐き気がしてきた。すでに最悪の状態を想像してしまっている。先ほどの野盗の姿がちらつく。奴らの仕返しなのか?
「テツ、こっから先、一人で大丈夫?」
「はい、ここからは滅多に危険はないですから」
「じゃ、先に行って様子を見てくる」
マミヤは以西の森で競争した以上に猛烈なスピードで駆けていった。
僕は気ばかり焦って歩みはなかなか早まらない。むしろ遅くなっていかもしれない。荷車が二倍も三倍も重くなる。野盗の仮面が、子分の顔が思い浮かぶ。頭の中が白く濁り、頬が冷たくなる。貧血一歩手前だ。どうしてだ、どうして集落を襲うんだ。既に状況を結論づけてしまい、その原因理由を考えてしまっている。三人の野盗の遺体を思い出す。仕返しなら僕だけ狙えばいいじゃないか。僕らのせいなのか。ウラヌスの睨みを思い返す。奴らの仕業なのか。奴らに刃向かったせいなのか。僕らが火種を撒いたのか。
集落の入り口に辿り着いた。状況は想像以上だ。
約三十棟ある集落の家が全て激しく燃えている。焼けているなどという生やさしいものではなく、高熱な底火で熱せられ燃え上がっているようだ。囲炉裏の上で空焚きした茶釜を連想する。一軒一軒の家が業火に包まれている。不思議なことに家以外の道などには火の気がない。異常な悪意を感じる。僕の家は集落の奥まった所にあるが、そこまで近寄る気力が湧かない。火消しの水もなく、木の棒で叩いて鎮火できるレベルではない。パチン、バスンと炎が破裂する音が盛んに聞こえる。赤黒く染まった光景を呆然と見つめるしかない。
先に着いたマミヤはどこに行ったのだろう。辺りを見回すと、マミヤは業火の中からすすだらけになって現れた。厳しい表情で肩で息をし何度も咳き込んでいる。僕にはその光景さえ呆然と見つめる対象でしかない。
「駄目だわ」
「駄目ですか」
「全滅」
「全滅ですか」
「延焼している家屋の周りには人っ子一人もいない」
「誰もいないんですか」
「集落の周りに非難している人も見つけられなかった」
「そうですか」
パチンパチン! と両頬に痛み走り我に返る。マミヤが頬を激しく叩いたのだと後から気づいた。
「テツ! しっかりしろ!」
マミヤは両肩を掴んで揺する。煙で真っ黒になった顔で鬼のような表情をしながら、目は潤んでいた。
「はい、大丈夫です。大丈夫」
マミヤの腕をはがし、地面に腰を下ろした。
「それにしても、参った。こればっかりは参った」
タキジ爺さんも、ミネさんも、カジヤンも、皆死んでしまったのか。
マミヤは僕が正気に戻ったと判断したのか、ただ黙って立っていた。黙って燃えさかる集落を見つめていた。炎は上昇気流を呼び、僕達は強風にさらされていた。
煙を発見してからずっと胸につかえていたものがあった。さっきから言おう言おうと思っていた事を、やっとマミヤに問いかけた。
「ウラヌスの仕業かな」
マミヤが振り向いた。
「もしウラヌスがさっきの仕返し、憂さ晴らしでやったんだろうか。だとしたら僕らが皆を殺したようなものだ」
恐る恐るマミヤの様子を窺った。予想とは裏腹にマミヤの瞳はきょとんと惚け、ブッと吹き出しすぐにゴメンと詫びた。
「あんな小物がこんなとんでもないこと出来るわけがないわ。そもそもウラヌスの子分はついさっき私が殺しちゃったんだから。一人でこんなまねを出来るはずがない」
「他にも子分が大勢いたとか」
「ウラヌスの子分はさっきのあれだけよ。今頃新しい子分のスカウトで躍起になってるわ」
「なんでそんなに詳しいんですか」
「その説明は後でするわ、話がややこしくなるから。とにかくこれはウラヌスの仕業じゃない、それは確かよ」
「そうか。奴の仕業じゃないのか」
マミヤを信じ、自責の念を振り払う。
地獄の業火は一向に衰える様子がない。
「今の僕らに火を消す手立てはない。一旦何処かへ……さっき休憩した〝聖なる泉〟まで戻ろう。あそこなら野宿できる平地もある。一晩経てばさすがに鎮火しているだろうし、僕らのように出掛けていた仲間がいたら、その時会えるかも知れない」
マミヤは僕をじっと見据えていた。聞こえなかったのかと思うくらい長い間見つめていた。やがて、
「わかった。テツがそう言うなら、そうしましょう」
とマミヤは従い、僕は頷いた。
「荷車と獲物はどうするの」
「まさかここの火で炙るわけにもいかないから、〝聖なる泉〟まで持って行きます」
サバイバルナイフは携帯していた。獲物の血抜きはしてあるので泉付近で皮を剥ぎ炙ろう。
荷車を引き歩き始めた。こと狩りや運搬では何も手伝ってくれないマミヤは、肩に手を乗せ歩いてくれた。僕にとってそれがささやかな慰みになった。
〝聖なる泉〟近くの平地に陣を構える。泉に着くと、僕はすすだらけのマミヤに身体を洗うよう言った。面食らった顔のマミヤに、
「集落のみんなを一人でも助けようとしてくれたマミヤさんだ。身体を清めても罰は当たらないよ」
と言った。それにもうここを〝聖なる泉〟呼ぶ人間は自分一人しかいない、という思いは口にしなかった。
「ありがとう」
マミヤは久しぶりに微笑みをみせ、水辺の奥の方へと歩いて行った。
暮れてきた空を見て、火打ち石を取り出したき火をおこした。サバイバルナイフを抜き皮剥ぎの準備をする。〝聖なる泉〟で野宿するのは初めてだが、何かあってもマミヤがいれば大丈夫だ。
マミヤは身体を清めた後、たいまつを持って周囲を警戒している。たまに剣を振るう風切り音と動物のうめき声、怯んで逃げ出すイヌ科特有の悲鳴が聞こえる。全くもって頼りになる用心棒だ。マミヤのこれまでの旅からすれば、日常茶飯事なのかも知れない。
獲物を肉と毛皮に分ける。皮肉なものであんな出来事があった後も、日課としている作業はさほど停滞しない。作業している方が気も紛れる。鹿の革のなめしは非常に時間がかかるが、早めに終えないと固くなって使い物にならなくなる。
毛皮の処理が一段落したので食事の用意をする。今日はとても肉を食べる気分ではないが、過去の経験から無理に食べた方がいい。
たき火を囲って平地に座り食事をする
「集落の話、しても平気?」
マミヤは焼き上がった鹿の肉を頬張りながら聞いた。
「はい、大丈夫だと思います」
無理をして肉をちびちびとつまみながら答えた。
「あの燃え方、尋常じゃなかったわね」
目の前のたき火からあの業火を思い出す。
「はい」
「一軒一軒回って火を点けてたらすぐに気づくはず。それは大人数で点けても同じ、かならず気づいて刃向かうなり逃げ出すなりするわよね」
相づちを促すようにマミヤは視線をくれた。僕は頷く。
「火力ももの凄かった。ゴミ屑や藁に火を点しただけあれほどの燃え方はしない。まるで一瞬にして燃え上がったって感じ。油の臭いも全くなかった」
黙ってマミヤの瞳を見つめた。違和感は僕も覚えていた。底から熱せられたような炎の勢い、理屈に合わない惨状だった。マミヤはまた何か知っているのか。
「この世界にはね、オーパーツって呼ばれる兵器が存在するの」
「オーパーツ?」
突然の意味不明な言葉に眉を寄せた。
「超古代兵器っていうのかな、別に古代に造られたとは限らないだろうけど、人知を越えた兵器の総称よ」
「人知を越えた兵器」
「そう。私もお目にかかったことはないけれど、旅をしているとよくそんな噂を耳にするの」
集落の火災と古代兵器。頭の中でその二つは結びつかない。
「もしこの世に、対象物を高熱で焼き尽くすオーパーツがあるとしたら、あの集落の惨劇は説明できる」
オーパーツとかいうわけのわからないものを引き合いに出されて説明できる、と言われても納得がいかない。
「そんなこと……、なんのために!」
「理由は二の次よ。凶暴な兵器がある、その兵器によって集落は焼き尽くされた。それだけのこと」
「それだけのこと」
地面を強く叩いで怒鳴った。
「何人も何十人もの人が死んで、それだけのことか!」
マミヤに噛みつかんばかりに怒鳴ったがマミヤはきわめて冷静だ。
「残念だけど、本当にそうなのよ。意味もなく人を殺す人間がたくさんいるのは、テツも知っているでしょ」
マミヤさんもその一人だね、と内心毒づくが、今マミヤを責めても仕方がない。行き場のない怒りを持て余し何度も地面を叩いた。
「私の生まれた村もね」
マミヤは森の闇に目をやり言った。
「テツの集落と同じようなことが起きたの」
突然の告白を黙って聞いた。
「ある日花を摘みに行ったの、家族の何かの記念日だったかな、理由は忘れちゃったけど。その帰りに一人の男とすれ違った。村で見たことのない顔だったから今も覚えている。そして村に戻ってみたら」
マミヤは一呼吸置いた。
「血の海だった」
僕は息をのんだ。
「村民全員、テツの集落よりずっと村民は多かったと思う、人数まで把握していなかったけど。その全員が千切りになって原形をとどめている遺体は一つもなかった。今回と同じ。逃げ出した様子もなく、一瞬で起きたような雰囲気。そして町の大地全てが血糊で紅く変色していた。沸き立つような紅い血で」
パチリと炎が爆ぜ、湖面で魚が跳ねる音がした。
「私は錯乱……、発狂したらしいわ。その光景を見てから数年間の記憶がないの。私が覚えている次の記憶では、もう師匠に剣術を習っていた」
獣の気配がした。マミヤはフッと立ち上がり軽く追い払い、同じ場所に座った。
「村へ帰るときにすれ違った男。私はその男の顔ともう一つはっきり覚えているものがあるの。何だと思う」
「……武器ですか」
「そう、奴は特殊な形の大振りな剣を背に纏っていたわ」
僕は目を剥いてマミヤを見つめた。
「じゃあ、マミヤさんの旅は敵討ちを?」
マミヤはうっすらと笑みを浮かべ首を振った。
「敵なんかとってどうするの。誰も喜ばない、喜ぶ人はいない、虚しいだけだわ」
そういう考え方もあるのか。どうもマミヤの思考にはついていけないところが多々ある。
「私はあの剣が欲しいの。たぶんオーパーツと思われるあの剣を」
マミヤは強い目で言った。
「私の二つ名を教えてあげるわ」
マミヤは改めて僕を見つめる。
「かまいたちのマミヤ。これが私の二つ名。皮肉っぽいでしょ」
マミヤは笑って俯いた。
「オーパーツ」見知らぬ武器の存在に戸惑うテツオ。集落がなくなった今、テツオは旅立つ決意をする。次回 2/12 12:00掲載。
よろしければこちらの作品もどーぞ。
http://ncode.syosetu.com/n2136du/