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12) 赤い瞳の逃亡者


フェニックスギルドの商人たちは、突然現れた影に凍りついた。

泥まみれのぼろ布。

びしょ濡れの服。

枝で傷ついた青白い顔。

そして、血のように赤い瞳。

その瞳は、まるで人間のものではない輝きを放っていた。

あまりにも不気味で、誰もが恐怖に震えた。


「くそっ! 川の亡魂だ!」

御者の一人が叫び、後ずさった。

彼は胸の護符をぎゅっと握りしめた。


「待て。」

隊商の隊長、ロレンツが鋭い声で皆を制した。

黒髪に白髪が混じる男。

その冷たい目つきが、場を凍りつかせる。

彼は一歩踏み出し、短剣の柄に手を置いた。


「霊魂が水を咳き込むわけがない。」

ロレンツは冷静に言った。

「君は誰だ、少女? なぜそんな……目をしてる?」


アマンダはまだ咳き込みながら、顔を上げた。

声はかすれ、途切れ途切れだった。

「私……ここ、どこ……? 川に……流されて……」


「どの川だ? どこから来た?」

ロレンツの質問は容赦なかった。

「この辺に、金髪でルビーの瞳の娘なんていない。

魔族の末裔か? 隠れ里の民か?

話せ。怪しいと思ったら容赦しないぞ。」


「ダメ!」

彼女の叫びは、心の底からのものだった。


「私……エルデンハート出身。西部辺境の村よ」


「エルデンハート?」

商人の一人が首をかいた。


「聞いたことあるな。めっちゃ田舎だろ?

でも、あそこって――獣人の末裔が住んでるよな。灰色の肌に黒い髪。……君、似てないね」


ロレンツは、彼女をまるで珍しい鉱石でも見るようにじっと観察した。

無言の圧。

逃げ場を与えない視線。


「もう一度聞くよ、お嬢さん」

ロレンツの声が低く響いた。

「村に何が起こった? なんで君一人、半死半生で川から這い出てきたんだ?」


――本当のことは言えない。

でも、雑な嘘もすぐバレる。


「襲われたの」


彼女は短く息を吐いた。

それは、嘘ではなかった。


カエランの記憶がよみがえる。

燃える家々。

崩れる悲鳴。

焼け焦げた匂いが、鼻の奥で蘇る。


目に、本物の痛みが宿った。


「深紅の袍を着た戦士たち……サーベルを持ってた。

全部、焼き払ったの」


喉が震える。


「私、逃げて……追いかけられて……馬が、川に……落としたの」



彼女は――腕を切り落とされたことも、兄のことも、襲撃の理由にも触れなかった。

普通の略奪だと思わせておけばいい。


ロレンツは仲間たちと視線を交わす。

誰かが頷き、誰かが肩をすくめた。


「ハンの徴収隊だ」

ロレンツの声は低く沈んでいた。


「あの隊長、ノヨンってやつ。残忍で有名だ。……彼女、案外、本当のこと言ってるかもな」


「でも、目だよ!」

御者が食い下がる。

「あれ、絶対、呪いだろ! 魔法か何かだ!」


「トラウマのせいかもしれない」

ロレンツはそう言いながらも、自信なさげだった。


彼はもう一度アマンダに向き直る。


「――名前を、教えてくれ」


彼女は一瞬、凍りついた。


「アマンダ」と名乗るべき?

でも、その名前は知られているかもしれない。


「ライト」と言う?

それは、狂気だ。


「私の名前は……アマンダ」

彼女は勢いでそう言った。もう、どうでもよかった。


ロレンツは小さく笑う。口の端がわずかに上がった。


「バレバレだな。まぁ、いいだろう」

彼は手を振った。「マントをやれ。最後の荷車に乗せろ。目を離すな。魔法や怪しい動きを見せたら、問答無用で殺せ」


粗くて、乾いた――だが暖かい毛織のマントが、彼女の肩にかけられた。

アマンダは黙って頷く。震える指でその端をぎゅっと握りしめる。


彼女は樽や荷物が積まれた荷車に押し込まれた。

周囲にはハーブや金属の匂い、そしてどこか化学的な酸っぱい臭いが混じっている。


隣には、先ほど幽霊を怖がっていた若い御者が座っていた。

彼は疑わしげな視線を、決して彼女から離さない。


「――『アマンダ』、絶対に何か盗むなよ」

御者はぶっきらぼうに言う。「さもないと目をくり抜くぜ。どうせその目は悪魔みたいだしな」


アマンダはその言葉を聞いても、ただ目を伏せるだけだった。



アマンダは答えなかった。

ただ、樽に身を寄せ、目を閉じて寝たふりをした。


――けれど、頭の中は猛烈なスピードで動いていた。


(蛮族の残虐さは知ってる。フェニックスギルド……あいつらは実利主義者だ。慈悲なんて、彼らの性質じゃない)

(役に立たないと――終わりだ。アイアンヘイヴンで待っているのは、“避難所”じゃなくて“檻”)


胸の奥で、冷たいものが沈んだ。

それでも彼女は、微動だにせず、眠ったふりを続ける。


この新しい世界での最初の戦いは、勝った。

――生き延びたのだ。


だが次の戦いが、すでに始まっている。

この見知らぬ空の下で、自分の居場所を賭けた戦いが。



この未知なる物語の旅路に、

「ブックマーク」という道標を頂けますと幸いです。


そして、もしその旅が少しでも貴方の心に響いたなら、

「5点評価」という最大の賛辞を賜りたく。


何卒、宜しくお願い申し上げます。

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