<閑話>手紙とクリス
メイフィーがカイル殿に手紙を書いたら、何故かシルフィ夫人から手紙が来た。
この謎は、後から来たカイル殿の手紙から事情を理解する事になった。
僕とメイフィーの結婚は、気づかない内に公爵家の使用人のせいで台無しになったらしい。
独善的な判断で、自分の管轄外の事をする者と言うのは何処にでも居る。
使用人の場合、主人が交代した時期にその手の事が起こるとジョセフは言っていた。実際、僕が来た時に失礼な態度を取りそうな者は事前に領地の館に移していたそうだ。
見込みのないものは紹介状を渡して暇を出したとも聞いている。ジョセフは得難い執事だ。
母国では、公爵家の当主がカイル殿に代替わりしたばかりだった。主の代替わりで契約書を一新しても、主を間違える者は何処にでもいる様だ。このメイド長は、他のシルフィ夫人を慕う使用人と一緒に領地に行く事もできたのにそれをしなかった。シルフィ夫人に留まって情報を流すようにいわれていたのかも知れない。契約をカイル殿と結んだ時点でそれは契約違反だ。
カイル殿は、紹介状に「勝手に主を決める」と言う文言を入れたと手紙に書いていた。余程腹に据えかねていた様だ。
そして姉の気持ちが、結婚に対して後ろ向きになっているかも知れないと言う心配も書かれていた。
カイル殿の予想通り、メイフィーの僕に対しての温度が一気に下がった。クララの事で家出をした頃だったら、一緒に居られなかったくらいには。
メイフィーには悪いが、中身を見る事にした。彼女をこれ程に変える何かを僕は知らねばならない。
美しい文字でつづられた毒の様な文章の内容は……要約すれば、
『結婚準備を手伝う。調度品のリストを添えて置くからそれで部屋を整えろ。そのまま出産や子育ても手伝う』
だった。
もう決定事項として始まり、買ったものの請求は自分にしろとまで指示が細かく書かれている。侍女やメイドは連れて行くし、給与も払うとある。
僕の許可を取らなくても、中の調度品や使用人は全て自分が請け負うと言う言い方で先まで予定を埋めて圧をかけ、滞在許可をメイフィーから請わせようと言う言い回しが鼻に付く。
ジョセフに見せたら暫く絶句した後で言った。
「お嬢様にこんな横暴な命令をする母親が居る事が信じられません」
僕も、そう思う。
「元王妃候補だ」
ジョセフはすぐ悟った様だ。ここには我儘な元王女が長年住んでいた。
僕はその紙束を暖炉に捨てた。
「彼女は、義姉と母親から逃れる為にこの国に来た。国を出る前に、縁を切ったつもりだけれど……」
「話が通じない相手は何処にでも居るものです」
「本当にそう思うよ」
分厚い紙をまとめて捨てたので、忌々しい事になかなか燃えない。
「今後、手紙はどうしたらいいでしょうか?」
「返事をしないと『心配だ』と言ってこちらにやって来る可能性があるんだ。参ったね」
ジョセフが硬い表情になった。
シルフィ夫人は、人を味方に付けるのが上手い。今回も、使用人が契約違反を知りながらも情報提供している。彼女の信頼している使用人達は、夫人の手足と化している。メイド長は夫人の為に何処かで雇われている筈だ。
王妃候補だった長年の恩給は莫大で、親族でも動かせない彼女だけの個人資産だ。こちらで暮らせるくらいはある。
彼女はメイフィーを支配して好き勝手するつもりだ。情報戦しかない。
「メイフィーには申し訳ないが、手紙を返信してもらわねばならない」
「お嬢様は中を読む事さえ拒んでおられるのですが」
痛ましそうにジョセフは言った。メイフィーを心配してくれているのだ。
「うん。でも必要な事なんだ。放置すると問題が起こる」
逃げ出したくても方法が無く、絶望していたメイフィーに手を差し伸べた時、僕は助けた・助けられたの関係だと思っていた。
しかし、彼女はとても聡明だった。僕は何度も危機を救われてここまで来ている。
シルフィ夫人が来るのを止めるには、メイフィーの手紙が必要だ。僕が滞在を許可しなければ……近くに屋敷を借りて住むくらいはしそうなのだ。
とにかく……近づけないようにしなくては。これができなければ、結婚できなくなるかも知れない。
大きくため息を吐くと、ジョセフが茶を淹れてくれた。




