32 壊れた王妃
無事にドレスの型が決まった事で、王城で戴冠式の準備が始まった。
王太子夫妻の結婚式は国の決めた先代王の時代の型のドレスや礼服で全員が済ませ、披露宴もそのままで行われた。しかし戴冠式やその後の夜会は新しいドレスでの参加になる。
参加の決まった夫人や令嬢達は楽しそうにドレスの基本形を元に夜会用のドレスを作り始めている。
「以前だと作るまでに一年近くかかっていましたが、今回のドレスだと二ヵ月でできます」
ローエル様は嬉しそうに続ける。
「まぁ、そんなに違うのですか?」
「一着が高値でも一年かかっていては他の注文をお断りしなくてはなりません。顧客を多く受け入れられる事は嬉しい事ですし、色々なデザインに触れられて、デザイナーも針子も楽しそうです」
ローエル様は、他の平民の持つ工房二つ分の意見もまとめて城にやって来る。貴族として教育を受けているのに気さくで優しい人だ。大きな美人の存在は、城でも注目の的になっている。
ロザミア様は、宝飾品関連の決め事を私に丸投げした。
小柄なロザミア様は、宝飾品全般が嫌いだ。つけて綺麗になるよりも重たい方が嫌なのだ。それで困っていたらローエル様が相談に乗ってくれたのだ。
ローエル様は幾つかの宝飾品工房とツテがあり、間を取り持ってくれた。今は小ぶりでも見栄えのする宝飾品を厳選中だ。
クリス様はローエル様を頼りになる護衛としか思っていないらしく、二人きりになっても全く気にしていない。
「私には最愛が居ますから」
「最愛……婚約されているのですか?」
「そうなる予定です」
「まぁ」
(エリーゼ様……)
授賞式で見た涙を思い出す。あれは失恋した涙だったのだろうか。その後すぐにケロリとしていたのでよく分からない。
そうして、ロザミア様の宝飾品をどうするかの話し合いを終えて城の廊下を歩いていると、痩せた夫人が前から歩いて来た。その夫人の姿に、私達は驚いて立ち止まってしまう。
夫人の髪の毛は結われておらず、ドレスではなく……寝巻だった。それなのに、首には大粒のルビーをあしらったネックレスが。
「まぁ、なんてセンスの無い恰好!」
私を見てそう言う。
目の前の夫人は明らかにおかしいのに、誰も咎めない。護衛の慌てぶりと戸惑いを見て、この婦人が……多分王妃なのだと分かった。
「夜会をするのに服がないわ!ローエル゙、私のドレスを作りなさい」
元々、手の込んだドレスを一年かけて作っていたと話していた。……まさか王妃のドレスだったなんて。融和の事もあり、逆らえずに何度も願いを聞いていたのだ。
「生憎、注文が沢山入っておりまして、当分は注文をお受けできません」
「私のドレスが先よ」
「どこに着ていくのですか?」
そこで王妃の目がぶれたように動く。
「あ……あぁ……あああああ!」
絶叫した後、王妃が私めがけて襲い掛かって来る。何故?!
髪を振り乱した寝巻のご婦人が鬼気迫る迫力で走って来る。すると、ローエル様が音も無く前に出て、足をひょいっと王妃の前に出した。
枯れ木の様な王妃の足は見事にひっかかって、天井近くまで高く舞い上がってから地面に叩きつけられる寸前でピタっと止まってからそっと落ちた。
「宰相閣下の婚約者に危害を加えようとしたのですから……これは正当防衛ですよね?」
ローエル様が笑顔で言うと、硬直していた騎士達が我に返り、こくこくと頷いた。
白目をむいている王妃は、騎士達の持って来た担架で運ばれていった。
「離宮に居ると聞いていたのに」
ローエン様の呟きに、私は答える。
「遠方の離宮は維持費がかかるので閉鎖中だとクリス様に聞いています」
温情ではなく経費の問題だ。
「そういう事でしたか。警備が手薄で、出てきてしまったのですね」
王妃は以後、離宮から出て来なくなった。ローエル様の力が怖かった様だ。
屋敷に戻ってからコリーヌに話をしていて、ふと聞いてみる。
「そういえば、御婚約が近いと聞いたわ」
「あー……それは……私の口からは何とも……」
「他家の事ですものね」
「いえ、その……はい」
私の言葉にコリーヌは一瞬だけ変な顔をしたが、私はそれをすぐ忘れてしまった。
クリス様に書く手紙の内容を考え始めてしまったからだ。
ローエルの工房は、抱き合わせ商法を拒んで夜会に出ない夫人や令嬢用のデイドレスを手掛けていました。それが人気になった為、王妃が嫌がらせで手間のかかるドレスを注文していました。
ローエル達が何よりも怒っていたのは、出来上がったドレスを着なかった事です。
ドレスや宝飾品で大儲けをしていた王家御用達の商人は、国家転覆罪が適応されて捕まっています。これによって国際指名手配された挙句、銀行の口座が凍結された為、国外に逃れた者達も預けた金をおろしに行って他国で捕まっています。




