044 犯人は誰だ
まるで古くから伝わるおとぎ話のヒーローのように、天井の梁に頭をぶつけながら現れたエメル殿下が、悪魔に閉じ込められた屋根裏から、私を救出してくれた。
久しぶりに屋敷に戻った私を、レイモン様や使用人達は「ほらみたことか」とは告げず、温かく歓迎し出迎えてくれた。
因みに私の部屋は、出て行った時のまま残されていた。
正直有り難い気持ちもあるけれど、何だか戻ってくると見透かされていたようで、少し恥ずかしいし悔しい。
屋敷でぬくぬくとみんなに甘やかされて、一週間ほど静養した私は、だいぶ元気を取り戻していた。
そう、私は迫りくる闇から無事逃げ切り、光ある世界に無事生還したのである。
そもそもたった一度きりの人生で、二回も自由を奪われ生還を遂げた人なんて、稀だと思う。
一度目は封印の塔で、二度目は屋根裏。
二度あることは三度あると良く言うけれど、流石に三度目は勘弁願いたいところだ。
そして本日、エメル殿下の屋敷では、日の落ちる時間と共に、秘密の会合が開かれていた。
関係者が集結したのは、屋敷の中で大きな部屋という位置づけの談話室。
レイモン様によると、談話室は重要な客人をもてなしたり、社交の場として使用される事が多いため、一際豪華な部屋の造りとなっているそうだ。
着慣れた黒いワンピースに身を包み、初めて談話室に足を踏み入れた私は、「ドレスを着てくるべきだった?」と場違い感に苛まれ、思わず着替えに戻ろうかと思ったほど。
でもまぁ、ドレスは持っていないので、いつもの黒いワンピースのまま参加する事にしたのだが。
そんな談話室には壮麗な装飾がなされ、贅沢な家具が置かれていた。
天井は美しい彫刻や装飾で飾られており、その細部に至るまで繊細な仕事が施されているのが確認できる。壁には美しい絵画や、祖先たちの肖像画が飾られ、この屋敷の主人が歴史ある血筋を持つ者だという格式を与えていた。
代々の祖先が並ぶ中に、随分と美化された聖騎士エリオドアと聖女クラリスの肖像画を見つけ、私は改めて二人の血がエメル殿下に引き継がれているのだと実感する。
部屋の天井に吊るされた煌びやかなシャンデリアからは、美しい光が床に降り注ぎ、部屋のあらゆる場所に輝きを与えている。
柔らかな絨毯が床を覆う談話室の中心には、優雅なソファとふかふかのクッションが配置され、周囲には上品なテーブルが配置されていた。
テーブルの上には客人をもてなすために用意されたお茶やお菓子の甘い香りが漂い、その香りだけで、私は幸せな気持ちになっている。
そんな優雅な雰囲気の中、私はこの会の主導権を握る人物。黒いスーツに身を包み、ピシリと決めたエメル殿下を目で追っているところだ。
先程からまるで回遊魚のように部屋をうろつくエメル殿下は、私の横、一人がけの椅子に所在なさげに座るデミアン君の背後で立ち止まる。
因みにデミアン君は薄茶色のコットンパンツに白いシャツというラフな格好。なぜなら仕事終わりにそのまま殿下に連行されたからだ。
「つまり、君が画像を拡散したわけではないと」
「はい」
いつもより緊張した面持ちのデミアン君は短く答える。
「あやしい」
私は呟く。
「ティアリス嬢、君はどうして彼が怪しい。そう思うのだね?」
探偵きどりのエメル殿下に尋ねられ、私はすぅぅと息を吸い込む。
「まず、問題となる写真はデミアン君扮するショーン様と私が、仲良く布団で横向きに寝転がるアングルでした。あの角度の写真はあの場にいた者しか撮れません。となると、必然的にデミアン君が撮影し、彼のエーテルフォンの中に保存されていたものが拡散されたという事になります」
私は一気にデミアン君を疑う理由を述べた。
「ふむ」
エメル殿下は顎を撫で、少しだけ眉間に皺を寄せた。
「でも未だ不明な点もあるんです。そもそもなぜあのような上からのアングルで二人を撮影できたのか。こうして手を伸ばしたとしてもあの高さにはならないはずです」
私は自分の腕を伸ばし、あの写真が撮影された位置が不可能だとアピールする。
「その問題は、これで解決しますわ」
参加者の一人、フローラ様が発言する。
今日のフローラ様は屋敷で見かけた時よりもずっとおめかしをした格好だ。まろやかなチョコレート色の髪はふわりとまとめ上げられており、彼女の美しい顔立ちを一層際立たせている。
ベージュのワンピースの柔らかな色合いは、肌に優しく溶け込み、襟元を縁取る繊細なレースや刺繍が、彼女の優雅さを強調し、周囲の空気を華やかに彩っていた。
端的に言うと、今日は気合いの入った美人さん。ということだ。
「ジュディ、例のものを」
フローラ様が、背後に控えるジュディに手を差し出す。すると外出用となる、濃紺のお仕着せを身に纏うジュディが、得意げな顔でバックの中から一本の黒い棒を取り出した。
「どうぞ、こちらを」
「ありがとう」
ジュディがうやうやしく差し出した棒を、フローラ様が受け取る。
「これは自撮り棒というエーテルフォンで自分を撮影する時に、大変便利なアイテムですわ。こうやって使うのですけれど」
フローラ様は「よいしょ」といいながら棒を伸ばす。それから棒の先端についた四角い部分に、エーテルフォンを取り付けた。
「こうやって、グリップを握ってエーテルフォンを上に掲げて取るのです。ほらジュディ、はい、チーズ」
フローラ様は腕を伸ばし、エーテルフォンを遠ざけた。それからソファーの背もたれに背を預け、後ろから身を乗り出すジュディと並び写真を撮る。
「これでよしっと」
フローラ様はすぐにエーテルフォンを自撮り棒から外す。そして画面を何度かこすったのち。
「ほら、今撮影したのがこの写真ですわ」
ブルブルとあちこちでエーテルフォンの振動音が鳴り響く。
私もソファーの脇に置いてあったエーテルフォンの画面を確認する。どうやら今回新たに作ったエーテルリンクのグループに、たった今撮影したばかりの画像を送ってくれたようだ。
私は慣れた手つきでアプリを起動し、画像を確認する。
「あっ、確かに遠い」
私のエーテルフォンの画面には、腕だと到底届かない距離の画角に二人が収まった画像がしっかりと映し出されている。
「な、なんて便利なものが……」
私は痒いところに手が届く的なアイテムに驚く。
「ご確認頂きました通り、これを使用することにより、広い範囲を背景に取り入れたり、より良いアングルからのセルフィー……つまり自撮りを撮影することが可能となります」
まるで自撮り棒のセールスマンのように、フローラ様が説明を終えた。
「つまり、自撮り棒を使えば、デミアン君があの画像を取れるという証拠になるわけですね!」
私は犯人はやっぱりデミアン君だと確信する。
「そうなのか?君があの写真を撮影したのか?合成ではなくあの状況で」
エメル殿下が食い気味に、デミアン君に問いかける。
「ええ。画像は僕が撮りました」
あっさりと認めるデミアン君。
「ご、合成なのか?」
エメル殿下の大きな喉仏がごくりと動く。
「いいえ、残念ながら一緒に寝ました。だってベッドが一つしかなかったから。しかもあのベッドは僕のものですし、寝る権利はあると思います」
今までシュンと縮こまっていたデミアン君の態度が変化する。
開き直ったその態度は、ショーン様そのもの。
もしかして彼は、デミアン君の時は猫を被っていて、実際はショーン様のような性格をしているのではないか。
そんな疑いの眼差しをデミアン君に向ける。
「それはそうだが」
納得していない表情で、みんなが輪になって座るソファーにくるりと背を向けるエメル殿下。
「二人は付き合っているのか?」
ボソリとつぶやかれた言葉に、一同微妙な空気をまとい静まるのであった。




