045 みんな、集中しよ?
親と監督者の不在により、タガが外れたニナ様によって屋根裏に閉じ込められた私。
そもそものキッカケとなったのは、ニナ様いわく「ショーンの掲示板」とやらに、私とデミアン君が仲良く寝ている画像が貼られたからだ。
その事を知った恐れ多くもアルカディア帝国第二皇子殿下、そして私の身元引受人でもあるエメル殿下は、関係者達を有無を言わさぬ勢いで、屋敷の談話室に招集した。
そして集められた関係者達の前で、エメル殿下による犯人探しの夜は……無駄にふけるのであった。
「そもそも殿下がノロノロしてるから悪いんですよ。古文書の解読が進まないからティアリス様を呼び戻そうと、僕は何度も殿下が彼女に連絡するキッカケを作ってあげたのに、いつになっても実行に移さないから」
デミアン君は自身の艶やかな黒髪を指先でいじりながら、エメル殿下にグチグチと物申している。
「なるほど。あれは君の気遣いだったのか」
壁を向き、まるでカーテンと対話しているかのように見えたエメル殿下が、くるりとこちらを振り返る。
「それはすまないことをした」
殿下はやたら素直な感じで、デミアン君に謝罪した。
「僕がティアリス様と付き合ってもいいんですか?」
突然牙を向くデミアン君。
やってるねぇ。やっちゃってるねぇ。
ではなくて!
「ち、ちょっとたんま。当初の目的を忘れてるってば。今はそういうセンシティブな問題じゃなくて、ええと、そう、デミアン君が犯人かどうかを探る会議ですよね?」
変な方向に向き始めた話の矛先。
それを元に戻すべく、あわてて発言する。
正直、屋敷に戻ったばかりで殿下も私も、以前のようにとはいかない微妙な空気感だ。
けれど同じ屋根の下に住む以上、私は以前のように普通に話せるように戻りたい。
だからこそ、気まずい別れかたをしてしまったエメル殿下と一から信頼関係を築き直すいい機会だと思い、私はこの会に参加している。それなのに、話がまた変な方向に向かうのは困る。
今の状況を例えるなら、海に出たばかりで座礁しかけた船。
なんとしてでも、船に開いた穴が大きくなる前に釣果をあげ港に戻らなければならないのである。
「もしかして、三角関係なのかしら?」
せっかく船を漕ぎ出そうとオールの柄を握った瞬間、新たな岩礁が出現した。
「そんな感じっぽいですよね。第二皇子殿下と人気ナンバーワンホストが一人の女性の愛をかけて熾烈な戦いを繰り広げる……これは週刊誌に売れそう。お金の匂いがしますよ、フローラ様」
ジュディまでもがこの場をかき乱そうとしてくる。けれど今ならまだ間に合うはずだ。
私はすくっとその場で立ち上がる。
「そ、そもそも、デミアン君が写真を撮影した。それは本人の自白で明らかとなりました。だとしたら、デミアン君のエーテルフォンの中にだけあったはずの画像が、どうして掲示板に貼られたのか。次はその点を解明すべきです」
私は主にエメル殿下に向け発言したのち、ゆっくり腰をソファーに下ろす。
「確かにそうだな。君はティアリス嬢との関係を見せつけようと、もしくは自慢しようと思い、誰かにその画像を送ったりしたのだろうか?」
エメル殿下はデミアン君にたずねる。私は冷静を取り戻したらしいエメル殿下にホッとする。
「自分から見せたりはしませんし、誰にも送ってません。勿論掲示板にも投稿してません」
デミアン君はきっぱり断言する。
「ふむ。だとするといつその画像が、デミアンのエーテルフォンから抜き取られたのか……」
殿下はウロウロと歩き出し、今度はフローラ様の座るソファーの横でピタリと停止した。
「こちらの情報によると、君は腹違いの妹であるニナ嬢により精神的虐待を受けていたと言う事だが、それは本当だろうか?」
「それをどこで殿下は、お耳に挟んだのですか?」
フローラ様がたずねる。
すると、エメル殿下の視線がわかりやすく私に注がれた。
つまり私がサザランド家の内情を殿下に暴露したことが公になってしまったというわけで。
「すみません。私を逃してくれたあと、皆様が虐められないか不安でついうっかり」
私は視線を落とし、膝の上に置いた指先をいじりながら続ける。
「出来たら殿下に助けてもらえないかと。みんなをまるっとこの屋敷で匿ってもらえないかなぁと思い、相談したんです」
個人的には良かれと思って、取った行動だ。
けれど実際のところ、私が屋敷を逃げ出した翌日、アーチ様とハウスキーパーが同時に屋敷に戻った。そのため私の事を公にされたくないニナ様は、「助かったわ」などと安堵し、何もなかったように過ごしているらしい。
なので、ただ私がサザランド男爵家の内情を、エメル殿下に告げ口しただけ、という実にまずい状況になってしまっている。
「そういう思いで殿下にお話したのであれば、責めることは出来ないわね」
フローラ様は私を許してくれるようだ。
本当に優しい人だし、私は今でもフローラ派だ。
「それで、エメル殿下は私が画像を掲示板に投稿した犯人だとお考えですの?ニナを恨んで嫌がらせをするために、私によくしてくれるメイドを犠牲にすると?」
フローラ様が殿下に牙を向く。
「い、いや、動機があるから一応聞いただけであって、そのように疑っていたわけではないというか、何というか」
フローラ様の問い詰めるような言い方に、しどろもどろになる殿下。
「でも私とショーン……デミアン様はこの会合が開かれるまで、連絡先すら知りませんでしたわ。一体どうやって彼のエーテルフォンから画像を抜き出すのかしら?」
不敵な笑みを浮かべ殿下を見上げるフローラ様。
「フローラ様は凄腕のハッカーでもありません!」
ジュディが敬愛する主を守るように、付け加える。
「困ったな。別に疑ってないから落ち着いてくれ」
ポリポリと所在なさげに頭ををかく殿下。
「確かに僕はフローラ様とは繋がっていない。でも彼女は僕じゃないクラブ・レベンディスのホストと繋がっているよ」
気配を消していたデミアン君が、突然爆弾発言を落とす。
正直私はそこまで驚かなかった。なぜならフローラ様は想い人に会うためにお金を払わなくていけないと、かつてジュディが言っていたからだ。
最初は騙されているか、行きつけのお店の店員さんなのかなと予測していた。けれど普通のお店であれば、「お金を払わないと会えない人」ではない。なぜなら商品を買わなくても店に立ち寄れば会えるからだ。
となると、お金を払わないと会えないのはホストしかないなと、夜遊びにより図らずも視野が広がった私は、勘繰っていたというわけだ。
とは言え、人前でそういう繊細で複雑な事情を明かす必要はないので、殿下にも黙っておいたのに。
「デミアン君、そういう個人的ことは、発言を控えるべきよ」
私はデミアン君をたしなめる。
「でもティアリス様の知ってる人だよ?それと、殿下もご存知かと」
「俺も?」
驚いた顔で思わず素の「俺」呼びが出てしまうエメル殿下。
「えぇ、確かに私はクラブ・レベンディスの特定の方……ステア様と連絡先を交換しておりますわ」
「えーーーっ!!」
私はこれ以上ないくらい、まるで驚き方の大会があったら余裕で優勝できるくらい驚いた。
ステア様といえば、ニナ様と一緒に行った時に私に優しくしてくれた明るい青年だ。多少強引なところもあったが、仕事なのだから仕方ないのだろう。
いやしかし、なるほどフローラ様のタイプはああいう男性なのか。
「ステア、誰だそれは?」
置いてけぼりになった殿下は訝しげな表情になる。
「ティアリス様が初めてクラブ・レベンディスに来店した際に、接客したホストですよ。彼は人当たりがいいし、明るいので、僕の次に人気があるんですよ?ティアリス様もちゃっかり二回目にステアを指名してたし」
デミアン君がいらぬ説明を加える。
「いや、あれは別に気に入ったわけではな――」
「そうなのよ。ブラットリーは昔から周囲を楽しませるタイプだったから、きっと天職なんだと思うわ」
フローラ様が私の言葉を遮り、頬を赤らめながら想い人の事をベタ褒めする。
恋する乙女の軽くなった口から漏れた情報によると、ステア様の本当の名は「ブラットリー」というようだ。
「ブラッドリー……もしや、サンダーソン伯爵家の次男か」
「流石殿下。大正解です」
デミアン君がエメル殿下のひらめきに花丸をつける。
「なるほどああいうタイプが女性に人気があるのか……」
エメル殿下はブツブツと独り言を口にし、さらに眉間の皺を深めている。
「彼の話をしてたら、会いたくなっちゃったわ。ティアリスの救出劇も伝えたいし」
フローラ様は恋愛方面にアドレナリンが刺激されてしまったようだ。すでに頭の上にお花が飛んでいる気がする。
「武勇伝ですもんね。お誕生日にはきっとお店でお会いできますよ」
密かにフローラ派からお金をコツコツ徴収しているジュディは、笑顔で告げた。
「楽しそうで何よりだけど」
私はソファーの肘掛けを利用し、頬杖をつく。
「画像を掲示板に貼った犯人はいつわかるのよ」
ふうと、大きなため息をつくのであった。




