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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第二章 とりあえず、巣立ちます
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043 英雄登場

 屋根裏に閉じ込められてから、たぶん十四日目。

 途中から日付を数えることをやめたから、正確にはいつなのかわからない。


「まぁ、なんてこと!」


 部屋の隅っこで膝を抱える私の前に、フローラ様が現れた。彼女の手にしっかりと握られた、懐中電灯の明るい光が私を照らす。


 思わず眩しくて私は目を細める。


「とにかく間に合って良かったわ」


「ごめんね、なんにもしてあげらなくて」


 フローラ様の背後にもう一つ明るい光が揺れ、ジュディの涙声が聞こえた。


 ぼんやりとする頭で、これは夢なのかも知れないと思う。


 とにかく眠くて、眠くて仕方がない。それにまぶしい。だから私は目を閉じる。


「ようやくニナが家を開けたの。多分ショーン様のところに行ったんだと思う。逃げるなら今しかないわ。ジュディ、彼女のエーテルフォンはある?」


 いつもはニナ様にビクビクしているフローラ様。それなのに今日は何だか頼もしい気がする。


「ニナが隠していたあなたのエーテルフォンよ。誰か連絡を取れる人がいる?お父様とかお母様とか」


 フローラ様に肩をゆさぶられる。目を開けると、エーテルフォンをしっかりと握らされた。


「フローラ様、ティアは孤児院出身って言ってたから、親類関係は頼れないと思います」


「そう、だから頑張っていたのね。でも困ったわね。誰かティアリスを匿ってくれる人はいないのかしら」


「例の、写真の男はどうなんですか?」


「ニナが会いに行っているもの。頼めないわ」


「あ、そっか」


 納得した声をあげるジュディ。

 もう泣いていないようで、良かった。


「拉致があかないわね。ちょっと貸してもらうわよ?」


 フローラ様が私の手からエーテルフォンを奪う。


「やだ、セキュリティーロックアウトしちゃってる。どうしようかしら」


「ニナ様が暗証番号を間違えすぎたんですよ」


「勝手に人のエーテルフォンを見ようとしたのね。普通は身内にアンロックのコードを送る設定をしてるはずだけれど」


 フローラ様が黙り込み、沈黙の時間が流れる。


「そう言えば、ティアには仲良くしてるお友達がいるみたいで。エーテルフォンもその友達がセットアップしてくれたって言ってました」


「だったら、きっとそのお友達のところに番号がいってるわよね」


「ですね。って、そもそもその友達が誰かわからないんじゃ、アンロックするためのコードを聞けないじゃないですか」


「あっ」


 私は二人のやり取りがおかしくて、クスリと笑みを漏らす。


「ティア!大丈夫?意識はあるのね?」


 グラグラとジュディに揺さぶられる。


「そんなに強く揺らしちゃだめよ。骨が折れちゃうわ。とにかく、下にティアリスを運びましょう」


 フローラ様はジュディの持つ懐中電灯を受け取る。


「ティア、あと少しだから踏ん張って。いつもみたいに立てるよね?」


 ジュディに言われ私は頷く。そして彼女の肩を借りながら何とか立ち上がる。


「ありがとう」


 よろける私を支えてくれるジュディに伝えた。


 久しぶりに楽しい会話を耳にし、私はだんだん頭がクリアになっていく。


「そういうのいいから。ほら、歩く」


 頷いて、ジュディに引きずられるように歩きだす。そして明るく照らされ出口へと伸びる道をゆっくり一歩進むたび、まるで枯れ木に水と光が与えられるように、私の中に残る生命力が活動を再開する。


「大変、大変、大事件です。フローラ様いますかー」


 突然新たなメイド仲間の声が屋根裏に響く。


「いまティアリスを連れて降りるところよ。あまり大きな声を出すと、ティアリスの骨が折れちゃうわ」


 そう告げるフローラ様の声もかなり大きい。そしていくら私でも、大声を出されたくらいで骨は折れないような気がする。そしてすぐ、そんな風に思える自分に気づき、自然と笑みがもれる。


「まさか、この上にいるのか?」


 咎めるような声は、エメル殿下だ。

 なんで、この屋敷にいるのだろうか。


「だれかしら?」


「さぁ?ティアの知り合いかな?」


 呑気な二人の会話の後、梯子を登る力強い音がして。


「いてっ、なんだよここ。立てないじゃないか」


 ミシミシ床の音を鳴らし、文句を言うエメル殿下の声がこちらに近づく。


「こんばんは、あなたはティアリスのお知り合いかしら?」


 フローラ様が尋ねた。


「一体どうなってるんだ。って……嘘だろ」


 エメル殿下が私を見て言葉を失った。


 驚く顔をこちらに向ける殿下の紫色の瞳に吸い込まれるように、私はしっかりと視線を合わせる。


「お久しぶりです、お元気でしたか?」


 私が掠れた声で挨拶をすると、中腰のエメル殿下は顔をグシャリと歪めた。


「この人はティナの知り合いなのね」


 ジュディに問われ、私は頷く。


「ちょっとティアを梯子で下ろすので、下で待っていてもらえます?ここじゃ狭くて、あなたは役に立たないだろうから」


 殿下にテキパキと指示するジュディ。


「そうね。先に下に降りてティアリスを受け取ってもらえると助かるわ。お願いできるかしら?」


 フローラ様もエメル殿下だと気付いていないようだ。全く呑気な人たちだけれど、今の私には誰よりも頼りになる英雄だ。


「わかった。いてっ」


 ガツンゴツンと天井の梁に頭をぶつけながらエメル殿下が侵入経路を戻っていく。


「さ、あと少しだから。頑張って」


 ジュディに支えられ、なんとか中腰のまま、四角く光る外界との連絡口へ進む。


「ここを降りたら、ゆっくりできるから」


「うん」


 私は屋根裏から下がる梯子に足をかける。手すりをしっかり握りながら、梯子を一歩ずつ下りていく。身体が疲弊しているため、足元がふらつく。


「大丈夫か。支えるから触れるぞ」


「はい」


 私を見守る人達の中で一番背が高いエメル殿下が、私の両脇に大きな手を入れ支えてくれた。


 やがて、地上に足をつけると全身の力が抜けて、私は地面にヘタリ込む。そんな私をエメル殿下が片膝をついて、しっかりと支えてくれた。


「ごめんね、ティア」


「私達、何もしてあげられなくて、ごめん」


「うぅ、でも助けられて良かった」


 下で待ち構えていたメイド仲間が涙声で私を温かく迎えてくれた。彼女達の優しい声と想いで、私の心は安堵と感謝で満たされた。


「水、飲める?」


 メイド仲間にグラスを差し出され、私は左右に首をふる。


「でも、何か飲まないと」


 そう言われても、からっぽな私の胃は受け付けないだろう。


「舐めるだけでもいい、とにかく口をつけてみるんだ」


 エメル殿下に命令され、グラスを受け取りカップに唇をつける。それからゆっくりと水を口に含み飲み込んだ。


「美味しい」


 乾いて地割れした土のひび割れに、じんわりと水が染み込んでいくようだ。私は潤う感覚をより感じようと目をつぶる。私の全身にゆっくりと水が巡る。そして身体が忘れかけていた機能が再起動をはじめるのを確かに感じた。


「ありがとう」


 改めて周りの人達を見回した。みんな泣きそうな顔で私を見ている。


「じんわりとしちゃったけど、まだ救助隊の任務は終わってないわよ。とりあえず、ニナが帰宅する前にティアリスを逃さないといけないわ」


 フローラ様が目尻を優雅に指先で拭いながら、指示を出す。そしてみんなの視線が私を背後から支えるエメル殿下に集中する。


「あなたは、安全な人ですか?信じても平気なのかしら」


 単刀直入すぎる問いかけは流石フローラ様だ。


 するとメイドの一人が青ざめた顔でフローラ様の耳元に囁く。


「えっ、エメル殿下ですって?」


 フローラ様は驚き固まった。


「でもよくよく考えたらおかしいわ。だって殿下が用事もないのに我が家に来るわけがないもの」


 自分に都合よく勘違いしたフローラ様は、疑いの眼差しをエメル殿下に向ける。


「それに、夜会で豆粒ほどのサイズで見かける殿下は、もう少しキリリとしているわ。だからこの方はエメル殿下じゃないわ」


 フローラ様はきっぱり断言する。


「でも、現状この人に頼るしかなさそうな」


 ジュディが困惑した表情で告げる。


「私は彼女の身元引受人だ。だからこのまま連れて帰る」


 面倒ごとが嫌いだと言い張っていた殿下は、私の身体をひょいと横抱きに抱え立ち上がった。


「ちょっと待って下さい。あなたがティアリスの身元引受人だと証明できるものはお持ちかしら」


 いつになく頼もしいフローラ様が殿下の前に立ちふさがる。


「そんなもの、いつも携帯するはずがないだろう」


「では、ティアリスは渡せませんわ」


「君が私を阻む権利はない」


「いいえ、今この屋敷の責任者は私です。そしてこの子は私の使用人で、ここにいるメイド達は彼女の仲間ですわ」


「使用人だと?」


 とても低い声でエメル殿下は呟く。

 それから自ら抱える私に視線を落とす。


「君は本当にこの屋敷の使用人なのか?」


「……はい」


 まるでこちらを責めるような殿下の厳しい視線を受け、素直に認めた。


「嘘だろ……」


 絶句するエメル殿下。


「嘘ではありません。それにティアリスがこのような状態になったのは私の身内のせいです。ですから、この子が落ち着くまで責任を持って保護します」


 フローラ様がきっぱりと言い切った。


「でも、どこで匿うんですか?」


 ジュディがもっともな意見を口にする。


「君はどこに帰りたい。俺は君の意見を尊重する」


 痺れを切らしたらしい、エメル殿下が私に結論を迫った。

 どこか願うように揺れる紫色の瞳が私の答えをジッ待つ。


 帰っていいのかなと私は迷う。迷惑にならないだろうか、私はまた殿下の研究対象にされてしまうのかなと不安な気持ちがこみ上げる。けれど、屋敷で魔法を使ってしまった時も、一人で勝手に帝都の街に行った時も。私が失敗する時はいつも殿下が助けてくれた。


 何よりエメル殿下のそばにいれば、こんな目に遭うこともなかったはずだ。


「殿下のお屋敷がいいです」


 すっかり弱気になった私は、素直に込み上げた気持ちに従った。


「決まりだな」


 エメル殿下は目元を微かに緩めると、私を抱え直し歩き出したのであった。

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