表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第二章 とりあえず、巣立ちます
41/94

041 ニナ様を怒らせたようだ

 三日間という貴重な休暇はあっという間に終了した。


 日常に戻った私は毎日忙しく働いていた。だから、すっかりデミアン君との約束「エメル殿下に連絡すること」を後回しにしていた。


 そもそも連絡すると言っても、殿下に用事もないため、まず出だしの一文で躓いた。


 よくある「お久しぶりです。お元気ですか?」からはじめようとも考えた。しかし相手は恐れ多くも帝国の皇子殿下だ。


 いくら何でもフランク過ぎるだろうと、目上の人への手紙の書き方を調べるため、休暇の日に図書館に行こうと決めていた。


 しかし男爵夫妻が長期旅行中の現在。使用人は交代で三連休を取得中。普段よりは仕事量が減るとは言え、休暇中の人の穴を埋めるとなると、通常とあまり変わらない。


 むしろ三連休を取った分、次の休みがなかなかこないという状況。さらに間の悪いことに、執事のアーチ様がぎっくり腰になり、それに続くように、私達メイドを束ねるハウスキーパーと呼ばれるベテランの女性が胃腸炎になってしまった。


 そのせいで、現場は絶賛混乱中。正直休みなんて新たに取れないし、めまぐるしい日々の中、殿下にエーテルリンクでメッセージを送る文章を悠長に考える余裕なんてなかったのである。


 だけどエーテルリンクで殿下へ連絡すること。それは後回しにしてはならない重要な事だった。なぜなら、その約束をした相手は、目的のために手段を選ばない鬼畜な性格を持つ男。ショーン様の皮を被るデミアン君だったのだから。




 ※※※




 その日私は、リネン室で洗濯したニナ様のシーツにご機嫌でアイロンをかけていた。


 見る間にシワが伸びていく様は、達成感がわかりやすく、気持ちがいい。


 私は家事の中で、アイロン掛けが一番好きだ。


「大変、めちゃくちゃ怒ってる」


 上機嫌でアイロンをかける私の元に、メイド仲間のジュディが飛び込んできた。


「ニナ様が?いつもの事じゃない」


 私はすました顔で答える。


「それが、今回はいつもの比じゃないくらいカンカンに怒ってる。自分の部屋の中で、手当たり次第物を投げつけてる」


「それは相当だね」


 同意してみたものの、私も常日頃からニナ様にはまるで矢を放つ練習台となるカカシのように物を投げつけられているので、別に驚かない。


 私はすいっ、すいっとアイロンを軽快に動かす。


「今は、フローラ様が何とか宥めようとしてるけど、全然駄目なの」


「それは逆効果じゃない」


 普段からニナ様はフローラ様を目の敵にしている。機嫌の悪いニナ様の前にフローラ様が現れるなんて、蜘蛛の巣にわざと自分から飛び込む蝶よりタチが悪いというものだ。


「そうなんだけど、って、やば。私はティアを呼びにきたんだった」


「え、どうして?」


 私はリネン室に備え付けられたランプを確認する。主人が使用人に用事があると、部屋のランプが光る仕組みのそれは、点灯していない。


 つまり誰からも呼ばれていないということだ。


「ニナ様がティアを呼んでこいって激おこだからよ!!」


「えっ、私に怒ってるの!?」


 一体何を私に怒っているのだろうかと疑問に思う。しかしすぐに、ニナ様が私を怒る理由など、特に必要がない事に気づく。


 なぜなら、彼女は私に八つ当たりするのが趣味のようなものだから。

 いつも理由なくあたり散らかすのは、彼女の得意技だ。


「ほら、早く。フローラ様が怪我をする前に」


「それはまずい」


 我らが女神、フローラ様に何かあったら私は自分を恨む。そう思った私は慌ててアイロンの電源を落とし、ニナ様の部屋に向かったのであった。




 ※※※




 ジュディと先を競うように、猛ダッシュでニナ様の部屋に到着した。


「ニナ様、ティアリスを連れてきました!!」


 ジュディが耳元で「ごめん」と囁き、私をドンと部屋の中に突き出す。


「遅いわよ!」


 すかさずニナ様の高い声が飛んできた。


「申し訳ございま……うわぁ」


 思わず部屋の惨状を目の当たりにし、声を漏らす。


 毎日清掃が入り、整理整頓されているはずの室内はいつもの整然とした様子が嘘のように、ぐちゃぐちゃになっている。


 ソファーの上にはわざわざクローゼットから取り出したのか、私服は勿論のこと、ドレスや靴までもが散乱している。


 それどころか、ドレッサーの上にきちんと並べられていたはずの化粧品や香水瓶は無惨に床に転がっているし、ニナ様の足元には彼女がお気に入りだった犬のぬいぐるみが転がっていた。しかも可愛らしいぬいぐるみのお腹には、ハサミが突き立てられ、中身の綿が飛び出しているという状態だ。


 あり得ない惨状に身の危険を感じ、思わず後ずさる。


「ティアリス、あなたはだめ、逃げた方がいいわ」


 か細い声がして部屋の奥を見ると、寝室に続く扉の影に隠れるようにメイド仲間達が立っていた。そんなみんなの背後からフローラ様が顔を出し、私に懸命に声をかけてくれたようだ。


「フローラ様!」


 ジュディがフローラ様に駆け寄り、「大丈夫ですか?」と問いかける。フローラ様は青ざめた顔で首を縦に振る。


「私は大丈夫だけど、ティアリスが危ないわ」


 震える手でジュデイの腕を摑みながら答えるフローラ様。


「尻軽女!!」


 突然ニナ様が叫ぶ。そして髪を振り乱し、手当たり次第あたりのものを掴み、私に向かって投げつけてきた。


「うわっ」


 私は咄嗟に次々に飛んでくる飛来物。帽子が入った箱やら、本やら、櫛やら、その他細々とした物をよける。


「私を馬鹿にして、随分楽しかったでしょうね」


 手元に手頃な投げる物がなくなったニナ様は、はぁはぁと肩で息をしながら私を睨む。


「一体なんのことですか?」


 かつてないほどニナ様が荒ぶる理由が分からない私は、素直に尋ねる。


「これはどういうことか説明して頂戴」


 ニナ様がエーテルフォンの画面をこちらに向けた。

 しかしエーテルフォンは手のひらサイズだ。


 その上ニナ様と私の距離が離れているので細部までしっかりと確認できない。少しでも良く見ようと私は目を細める。すると、ニナ様は私の方へ散乱した物を避けながら歩いてきた。


「覚えがないとは、言わせないわよ」


 私はエーテルフォンに表示された画面に表示されたものを確認し、即座に事態を理解した。

 どうやらこの騒ぎの根本原因は間違いなく私のようだ。


 ニナ様が怒りに震える手で握るエーテルフォンの画面には、ベッドの上で横になる私の髪に背後から顔を寄せる、デミアン君扮するショーン様の写真が表示されていた。


 しかも最悪なことに布団から覗く二人の肩は明らかに素肌だ。デミアン君が裸かどうか。それは定かではない。しかし少なくとも私は、下着をつけた状態だったはずだ。けれど一瞬だけ切り取られたこの写真だけを見たら、デミアン君と私は男女の関係になった後だと、勘違いしても仕方がない。


 私も当事者じゃなかったら、「これは黒ね」と断言しただろう。


 そもそも私は泥酔していて記憶がない。だからデミアン君がこんな写真を撮ったのも知らないし、本当に何もなかったかどうか。それすらだんだんわからなくなってきた。


「この写真は、一体どこで?」


 怒りに震えるニナ様に弁解をしても、今は聞き入れてもらえないだろうと悟った私は、ひとまずこの写真の入手経路を聞き出す事にする。


「掲示板よ」


「どこのですか?」


「ググールでクラブ・レベンディスを検索して、上の方に表示されるホスポスという掲示板よ。そこのショーンのスレに貼られていたわ」


 どうやら街でよく見かける掲示板ではないようだ。しかも知らない単語がポンポン飛び出し、私にはもはや理解不能。


 ただ一つだけわかったのは、デミアン君がニナ様にその写真をエーテルリンクで直接送りつけた訳じゃないということ。どうやら目の前の画像は何者かによって、ショーンのスレとやらに貼られたようだ。


「でもこんな写真を一体誰が……」


 そもそもこの構図の写真を撮影するためには、デミアン君の家に誰かがいなくては無理だ。でも私が起きた時、誰もいなかった。ということは、デミアン君が撮った可能性が高い。


「謎は深まるばかり……」


 私は顎に手をあて考え込む。


「ふざけないで!!」


 アッと思った瞬間、私の頬は打たれる。


 数名のハッと息をのむ音が部屋に響く。


「なんてこと。ニナ、やめなさい!」


 フローラ様が叫ぶ。


「飼い犬に手を噛まれるとは、まさにこういう事なんでしょうね。あぁ、でもあなたは犬なんて可愛いものじゃないわ。ドブネズミかそれ以下よ」


 ニナ様は罵倒しながら、再度私の頬を叩いたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ