036 またもやお邪魔します
ついにエーテルフォンを入手した私は、次なる一歩を踏み出すこととなる。すなわちそれは、エーテルリンクという便利な通信アプリに、誰かの連絡先を登録する方法を教えてもらうことだ。
「確か昨日もらっていたような」
薄っすらと残る記憶の中。私はニコリと笑うステア様の写真が入ったカードをもらったはずだ。ちょうど昨日の事も謝っておきたいし、何ならエーテルフォンを買ったら、登録しておいてと言われた気がする。
おぼろげながらもステア様との約束を思い出した私は、ポシェットの中に手を入れ、昨日渡されたはずのカードを探す。すると、バックの内ポケットから、なぜか二枚のカードを発見した。
一枚はもちろん、陽気なステア様だ。
そしてもう一枚は……。
「あれ、これって」
どう見てもカードの写真はニナ様の恋人であるショーン様だ。片側だけシャツをはだけ、生肩を出しているという、特徴的な写真なので彼に間違いない。
「やだ、なんでティアがホストクラブの名刺を持ってるのよ」
シャローゼ様が訝しげな表情を私に向ける。
「ほすとくらぶ?」
そういえば、昨日は頻繁にその単語を聞いたような。
「男性がお客としてきた女性を接客するお店のこと。ティア、ホストはやめておきなさい。ホストにのめり込んだら人生終わりよ?それにホストにハマるくらいなら、エメルの方がマシだと思う」
シャローゼ様は、突然真剣な表情で私を諭す。
「違うんです。昨日ニナ様に無理やり……あっ」
私は慌てて口をつぐむ。屋敷の内情を他人に漏らすことは守秘義務違反で即クビだと、私達メイドはきつく言いつけられている。
「なるほど。あの子がホス狂いだって噂は本当だったんだ。ちょっと詳しく聞かせて欲しいな」
ニコリとシャローゼ様が微笑む。
「いえ、無理です。クビになっちゃう」
「でも、屋敷ではどうせニナ嬢にいじめられてるんじゃないの?」
「う、そ、ソンナコトハ……って駄目です。言えません」
私はたとえシャローゼ様の頼みであっても、断固拒否すると首をふる。
「あれ、入手困難な最新式エーテルフォンがここにあるのは、いったいどうしてかしら?」
シャローゼ様の瞳がきらんと光る。
「うっ、そ、それは」
「普段はアリスター伯爵家の名前をあんまり使いたくないのに、今回は存分にそのコネを使ったのにな。親友であり、妹みたいな誰かさんのために」
シャローゼ様は本気だ。これは最悪エーテルフォン没収。もしくは白状するまで解放されないかも知れない。
「わかりました。誰にも言っちゃ駄目ですよ?」
私は根負けし、昨日起こったあれこれをシャローゼ様に全て報告してしまったのであった。
※※※
私はステア様に会いたいわけじゃないし、ホストクラブに行きたいわけでもない。それなのにまた、写真が沢山並ぶ、地下への階段を降りているところだ。
「へぇー、ここがそのホストクラブなんだ。うわ、ホントだ。写真がいっぱい飾ってある」
シャローゼ様は興味津津といった感じで、階段に貼られた男性の写真を眺めている。
「本当に行くんですか?」
「ここまで来て、それ聞く?」
「だってホストにのめり込んだら人生終わるって」
そう言っていたのはシャローゼ様だ。
「でも社会勉強のために一度行ってみたかったし、ニナ嬢の恋人って人も気になるし。あっ、この子タイプかも。なんで社交界にはこういう庇護欲そそる可愛いらしいタイプの男の子がいないんだろう。だから私は結婚出来ないのよ、たぶん」
だめだ。シャローゼ様は完全に浮かれている。
「大丈夫ですよ、まだ二十四歳じゃないですか」
階段を降りながら、いつものシャローゼ様に戻って欲しいと、私はあえて年齢を口にする。
「二十歳のティアに言われると、グサリとくるわね」
「私の本当の年齢は百七十三歳です」
「はいはい、おばあさま」
「ローゼ様、いいかた」
「ふふ、ごめん、ごめん」
いつもより明らかにテンションが高いシャローゼ様を連れ、私はとうとうゴージャスな扉の前に到着してしまった。
「ほんとに行くんですか?」
「もちろん。さぁ、勇気を出して」
シャローゼ様は私の背中をポンと押す。
私は扉に手をかけ、深呼吸を一回。
「おかえりなさい、姫様」
「うわっ」
勝手に扉が空いて、昨日と同じ。ムスクの香りと共に、クラブ・レベンディスのマネージャーだという、高価そうなスーツに身を包む、長身のウイリアム様が笑顔で出迎えてくれた。
「今日は素敵なお友達を連れてご来店くださったのですね。誠にありがとうございます。本日はどのようになさいますか?」
「一番可愛い子でお願い」
私の背後から顔を出し、ちゃっかり自分の好みを告げるシャローゼ様。
だめだ。今日は私がしっかりしないと。
私はギュッと下ろした手を握る。
「かしこまりました。ではどうぞこちらへ」
ウィリアム様は、扉を押さえたまま、私達に中に入るよう促す。もはや後戻りができない状況だ。
「失礼します!」
私は覚悟を決め、店内に入る。
「姫様二名、ご来店でーす!!」
「「「おかえりなさい、姫様」」」
昨日とだいたい同じ流れだ。そう気付くと少しだけホッとする。
「本日はどちらのお席になさいますか?」
「き、昨日と同じで。あと、ス、ステア様がいたらちょっと謝罪したいので、その……」
「かしこまりました。そのように承ります」
案内係の男性はニコリと微笑む。
「よろしくお願いします」
緊張のあまりどもってしまったが、何とか要望は伝えた。正直どのくらいの金額がかかるかわからない。なぜなら、昨日はニナ様に奢ってもらったからだ。
今日は割り勘にしようと、事前にシャローゼ様と打ち合わせしている。最悪、貯金をきり崩すことになるかも知れないが、それも致し方ない。
シャローゼ様に全てを打ち明けてしまった、口が軽い私が悪いのだから。
「かしこまりました。ではご案内いたします」
昨日と同じ人なのか、それとも違う人なのか。もはや記憶が曖昧だ。
「お足元にお気をつけ下さい」
私は昨日と同じようにムードたっぷりの店内を横切り、奥の部屋へと案内される。そして一日ぶりに、貝殻のような背もたれの形をしたソファーに腰を下ろす。
「お飲み物は何になさいますか?」
「紅茶でお願いします」
「えっ!?」
片膝をついた男性に驚きの顔を向けられた。
「この子は二日酔いなのよ。私はシャンパンを飲みたいのだけれど、メニューはある?」
シャローゼ様の口から諸悪の根源、シャンパンという名が飛び出し、私は思い切り頭を振った。
「いたたたた……」
しまった。ようやくマシになった二日酔いが、ぶり返したようだ。
そうこうしているうちに、気づけばオーダーを聞いてきた男性が部屋からいなくなっていた。
「ま、まさかシャンパンを注文したりしてませんよね?」
「え、クリスタルロゼを入れちゃったけど、まずかった?心配しないで、私が奢るから」
ニコリと微笑むシャローゼ様。
「クリスタルロゼですと?」
私の脳裏に昨日の悪夢が蘇る。
あれはいけない。シャンパンの味は美味しかったけれど、もれなくついてくるわけのわからないお祭り騒ぎが、いただけない。
なぜなら彼らの勢いにのまれ、気付けば記憶をなくす羽目になるかも知れないから。
「キャンセルした方がいーー」
「お待たせしました」
ガチャリとドアが開き男性が登場する。
「げっ」
何故か現れたのは、ショーン様。
私は今日「ステア様で」と頼んだはずだ。
まさかお店の伝達ミスだろうか。
「ティアちゃんごめん。ステアは今日お休みなんだよね。だから僕で」
「チェンジで」
私は被せ気味に拒否する。昨日記憶をなくす前、私はこの人とは分かり合えない事を肌で感じ取っていた。だからいくら顔がよくたって、絶対にいやだ。
それにショーン様に接客されたとニナ様に知られたら、それこそ私への嫌がらせはエスカレートするに違いない。
「ごめんね。今日は僕しか空いてないんだ。あ、この子は新人のアラン君。ちなみにアラン君までが名前だよ。というわけで、素敵な姫のご指名通り、可愛い子を連れてきました」
ショーンが隣に並ぶ青年を私達に紹介し、私の「チェンジ」をなかった事にしようとする。
それに、アラン君までがアラン君だとかもうちょっと意味がわからない。
「はじめまして、アラン君です。姫様、お隣りいいですか?」
コテンとあざとく首をかしげるアラン君。確かに可愛いし、なんだか子犬みたいだけれど、あれはあざとすぎる。
私はてっきりシャローゼ様も同じ気持ちだろうと思ったのだが。
「ふふ。どうぞ、おかけになって」
シャローゼ様の目がすでにアラン君。たぶん正式にはアランくん君に釘付けになっていた。
「恐るべし、ホストクラブ」
私は一人、呟くのであった。




