034 これが現代の淑女の楽しみですと?
裕福な女性が訳アリの恋を楽しむ場所、それがクラブ・レベンディス。私の中ではそういう位置づけのお店だと思って納得していたのだが。
「なんとなんと、ショーン主任の素敵な姫様からクリスタルロゼ、しきも二本も頂きました!!」
現在私は、部屋に入り切らないほど沢山の男性に囲まれている。いや、埋もれているが正しいかも知れない。
「さあ、皆様!今宵も華やかな夜をお楽しみください。ここはホストクラブ、その名も?」
「「「レベンディス!!」」」
「尽きることのない輝きと愛、それを姫に与えるのは?」
「「「レベンディス!!」」」
「さあ、姫からいただいたシャンパンの輝きで心躍る夜を共に!幸せと喜びがここに溢れる、特別な一夜を刻みましょう!!」
「「「かんぱーい!!」」」
よくわからないけれど、男性陣はグラスを掲げ盛り上がっている。
「それでは、可愛い姫様から一言お願いします」
先程からこの場を盛り上げていた男性が、アイスクリームをコーンに乗せた形そっくりの黒い棒を、ニナ様に手渡す。
「さんさん、にーにー、いちいち、はいどうぞ!!」
私達の座るソファーを取り囲む男性陣が、ニナ様にキラキラと手を揺らすジェスチャーをする。
「いつも、私に愛情をくれてありがとう。ショーンがいる世界が私は好き……ってキャー、もう恥ずかしい!!」
ニナ様は顔をパタパタ仰ぎながら、隣に座るショーン様にもたれかかる。
「素敵な言葉をありがとうございます。続いて我らがショーン主任、一言よろしいですか?」
笑顔で自分にもたれかかるニナ様から、黒いコーンアイスのようなものをショーン様が受け取る。
「さんさん、にーにー、いちいち、はいどうぞ!!」
またもや謎の掛け声が部屋の中に響き渡る。
「あーあー。先ずは姫、いつもありがとう。姫が応援してくれるから今月もナンバーワンを取れたんだと思う。ほんと感謝してるし、何か返さなきゃって思うけど、なかなかできなくてごめんね。愛してるよ、姫」
チュッとニナ様の頭のてっぺんにショーン様はキスをした。
「いやー、ショーン主任の姫への愛の告白はいつ見ても感動しますね」
「ほんとそれな」
「末永くお幸せにー」
部屋に集まった男性陣の浮かれた熱量が、もはや建物を吹き飛ばす暴風レベルだ。
「いったい、何がおこっているの……」
密やかなる恋を楽しむ場所であるクラブで、どうしてこんなにお祭り騒ぎをしているのか、私には全く理解できない。
唯一理解できたのは、ニナ様がお酒を注文したらこうなったということだ。
「もしかして、ティアちゃんはホストクラブに来るのは、はじめて?」
貝殻ソファーに座る私の耳元に、お酒くさい人の息と声が飛んできた。
「うわぁ。って近い、近い、近いです」
私は慌てて距離を取ろうと横にずれる。
「かわいい」
にこっと微笑む青年は、私が知る皇子殿下よりもずっと皇子殿下らしい、キラキラした見た目のステア様だ。
なんでも彼は今日、私の相手をしてくれるとのこと。
別にそんな気をつかわなくてもいいと断りたかったが、向かい側に座るニナ様が「余計な事を言うな」とナイフの切っ先のような鋭い視線を送ってきたので、身の安全を優先し隣に座ってもらった。
「ティアちゃんはお酒が強いほう?」
「そ、そんなに強くはないです」
「じゃ、アルコール多めに入れなくちゃね」
「は?」
ドボドボドボと目の前のグラスに注がれるのは、薄くピンクに色づくシャンパンだ。
先程ニナ様が注文し、恐ろしい数の男性が部屋になだれ込んできた諸悪の根源である。
気づけばお祭り男達は部屋からいなくなり、私はホッと一息つく。
「ううん、いいの。あと半年だもの」
向かい側ではニナ様がショーン様の胸に顔をあて、ぐすぐす涙を流している。対するショーン様は、ニナ様を抱き込む形で、髪を優しく撫ででいた。
「なんで泣いてるの……」
ちょっと目を離したすきに、一体何が起きたのか。私はその原因を探ろうと、目を細める。するとショーン様と目があい、意味深な表情で微笑まれた。
「はい、どうぞ。ステアスペシャルだよ」
ニコリと悪びれぬ様子で、目の前に溢れそうなほどなみなみに注がれたシャンパングラスが、コトリと置かれた。
数秒前、確か私は「お酒が弱い」と申告したはずだ。それなのに、なぜシャンパンが並々と注がれたグラスが私の前に置かれているのだろう。
とはいえ、甘い匂いが鼻に漂い、ちょっと美味しそうだと感じてしまう自分もいる。
「あ、ありがとうございます」
お祭り男達の熱気にやられ、喉が渇いていた私は、ついついそれを一気に飲んでしまう。
「ティアちゃん!一気はやめなよ」
心配そうに顔を覗き込んでくるステア様の手をするりと抜け、私はグラスを見つめる。
「なにこれー。美味しい」
いつもならこんな無茶はしない。しかし、今日ばかりは飲みたい気分だ。
だってわからないことが多すぎる。
それに、日頃の溜まりに溜まった鬱憤を晴らすいいチャンスだ。
「お代わりをください」
私は驚くステア様の顔の前に、グラスをぬっと差し出したのであった。
※※※
「えー、ティアちゃんエーテルフォン持ってないの?」
「そんなの知らないし、持ってないー」
私はステア様にくたりともたれかかる。
なんだか彼はとてもいい匂いだ。
「魔導具店で売ってるし買いなよ。そうだ、今度一緒にデートしよ?その時買いに行こうよ」
「でえと?」
「そう。それでその足でお店にまた来よう。これ僕の名刺。ここにあるエーテルコードを読み取れば、すぐに登録できるから。デートの日まで捨てちゃダメだよ」
はいっと小さなカードをステア様に渡された。
ステア様の写真がついたカードは、キラキラしていてとても綺麗だ。
「でも私、エーテルフォンなんて持ってない」
「大丈夫、僕が連れていってあげるからさ」
いいこいいこと、ステア様が私の頭を撫でてくれた。
こんな風に誰かに頭を撫でてもらうなんていつぶりだろう。そういえばエメル殿下は元気かなぁと、なぜだかふと思った。
「今どきエーテルフォンを持ってない帝国人なんて、ティアくらいよ。早く買いなさいよね」
向かい側からニナ様の声が飛んでくる。
「でも私、そういうのよくわからないから」
口にしてなんだか悲しくなってきた。
「そっか。でもその悩みは、エーテルフォンを買えば解決するから、大丈夫。はい、かんぱーい」
カチンとグラスがぶつかり、私はまた美味しいピンクのお酒をグビグビ喉に流し込む。
「殿下も教えてくれなかったし」
「殿下?」
「そう、私を遺物扱いする嫌なやつ。でも時々いい人。わりと、ね」
自分でも言いたい事がうまくまとまらなくなってきた。ふわふわとした楽しい気分がずっと続いていて、とにかく楽しいし、悲しい。
「ほら、ステア。その子にはもう飲ませちゃだめだ。それにニナ、君もそろそろ門限の時間だろう?」
ショーン様が自分にもたれかかっていたニナ様の体を引き離す。
「えー、やだ。今日はお父様もお母様もいないもの。だからショーンと一緒に寝るの」
ニナ様がショーン様に抱きつき、手足をばたつかせる。
「お姫様の魔法は十二時に解けちゃうって言うだろう?ほらニナ、立てる?」
ショーン様の声なのに、不思議とどこか懐かしく感じる。
「ティアちゃん、立てそう?」
「そりゃもう!!」
私は勢いよく立ち上がる。すると一気にめまいに襲われガクリと全身の力がぬけた。
脳裏に浮かぶのは、目の前の魔物から放たれたもやもやとした黒い影。
「まずい、魔物のライフタップ攻撃だ。クラリス様、エリオドア様にキュアオーラを!!」
「なにそれ、劇の練習?かわいいねぇ、ティアちゃんは。よいしょっと」
誰かがひょいっと私の体を横抱きにした。
「私は大丈夫だよ、歩けるから……」
瞼が重い、体に力が入らない……私は今何をして、どこにいるんだろう。
早く宿屋のベッドで寝たいなぁと思ったところで完全に意識が途切れたのだった。




