027 プランBのため、職業紹介所へ
宿屋のリッチな朝食に舌鼓を打ち、私は後ろ髪引かれる思いでチェックアウトを済ませた。
その足で職業紹介所に駆け込む。
長いこと待たされ、ようやく自分の名前が呼ばれたと思ったら、沢山書類を記入させられた。主に身分確認の書類と今までの経歴を記すものだ。
その段階で私は物凄く嫌な予感がしていた。
案の定、出来上がった書類は空欄ばかり。
私はどうしたものかと、目の前の職員さんをチラ見する。
私を担当してくれている職員さんは、眼鏡をかけていて目元には深い皺が刻まれている。先程から私が書く書類に鋭い視線を落とし、こちらの不正は許さない。そんな厳格な感じを醸し出している。
「ええと……こんなもんかな」
就職のために書類を出さないわけにはいかず、おずおずと職員さんに提出すると。
「記載もれが多いですね。まずこちらをしっかりと嘘偽りなくお願いします」
返された書類に黒丸をつけられた部分は、学歴と書かれた部分だ。
「えっと」
そんなもの、出てないですけど?
飛び出しかけた言葉を何とか飲み込む。
私の過ごした時代、子どもは労働力として数えられるのが当たり前だった。学校に通うのは貴族やお金持ちの子だけ。
大抵の子は出来る仕事をし、読み書きは実生活で覚えたものだ。
私は運良く健全な孤児院に引き取られた為、そこで読み書きと簡単な計算をならうことが出来た。
それから私に魔法の才能があることがわかり、孤児院の先生が近くにたまたま住んでいた、隠居した魔法使いのおじいさんを「慈善事業だから」と説得し、私につけてくれたのである。
そのお陰で早い段階でギルドに加入でき、私は孤児院から自立することができた。
しかし今の時代、エメル殿下によると義務教育というシステムがあり、誰しもが幼少期は学校に行き、学ばなくてはいけなかったような。
学歴についてどう誤魔化したらいいか。そんな悪巧みを必死に私は考える。
「あら、あなたはパトーラの出身なの?」
急に職員さんが大きな声をあげた。
「えっ、パトーラをご存知なんですか?」
職員さんから生まれ故郷である小さな村の名前が飛び出し、私は驚く。
「ご存知も何も、帝国市民であんな大きな地方都市を知らない人はいないわよ。それに賢人ティアリス様が、幼少期を過ごされた場所として有名ですもの」
「たしかに」
私が幼少期を過ごした場所。それは間違いない。けれど私の知るパトーラは、小さな町だった。目の前の職員さんが嘘をついているとは思えないので、百五十年の間に近隣の小さな村と合併でもして、大きくなったのかも知れない。
「だとすると、あなたはパトーラにあるセントステラ孤児院のご出身ってことですね。あの地には孤児院はそこしかないはずだから」
「はい。まさにそこです」
「だったら、ここにセントステラと書いて下さい」
職員さんが記したのは、義務教育終了校という欄だ。
私は言われるがまま、空欄にセントステラと書き入れる。
「あの孤児院の建築は、帝国第三時代の有名な建築家、ブルーノ・ゲーリーが建てたものなのよね。私もいつか見学に行ってみたいわ」
うっとりとした表情を浮かべる職員の女性。
一方私はというと記憶を遡ってみるも、私がいたころのセントステラ孤児院は、そんな立派で大それたものではなかった事を密かに確信する。
「ブルーノは、塔に一人残ったティアリス様に感銘を受け、自らの私財を投げうって孤児院を改築した。その時孤児院で先生をしていた方と後に結ばれるの。ティアリス様が繋げた恋だなんて、当時はとても話題になったそうよ。とても素敵な逸話よね」
お喋りな職員さんのお陰で、私の古いセントステラ孤児院に関する記憶はどんどんアップデートされていく。
どうやら知らないところで、私キッカケで幸せになった人がいるようだ。
実にうらやましい。私の知っている先生だったら、もっと嬉しい。
「パトーラって、今でもティアリス様の聖地巡礼地として、毎年多くの歴史マニアの人が訪れている、とても賑やかな街なんでしょう?」
「ええ、それなりに」
私はしれっと嘘をつく。
「そう、あなたはセントステラ孤児院出身なのね。だとしたら、丁度いいお仕事を紹介できるかも知れないわ」
ひとしきり話し終えた職員さんは微笑む。
「是非、お願いします!」
私は前のめり気味に即答する。
「じゃ、早速先方に連絡するわね」
よくわからないけれど、私は確実に前にすすめたようだ。




