028 期待値大、これは就職できるかも
一見すると厳しめ、その実は建築マニアふうな、話し好きで気のいい女性職員さん。
そんな彼女の話によるとセントステラ孤児院は今や帝国が誇る、歴史ある由緒正しい孤児院という位置づけのようだ。ティアリス、つまり私のお陰で潤沢な資金が各地から多く集まり、その資金力で子どもたちにきちんとした教育がなされているとのこと。
「セントステラ孤児院出身の子は、しっかりとした教育や知識を受けていると評判なの。難関大学へ特待生として進学する子も多いのよ」
まるで自分のことのように誇らしげに語る職員さん。
時代は違えど、私もそちらの孤児院出身で間違いない。
だって英雄で賢人ですから。
密かに鼻高々な気分になる私。
「あなたの名前もラッキーだったわね。なんと言ってもティアリス様と同じなんだもの。先方がすぐにでも会いたいと言って下さったわ」
「ありがとうございます」
私は心からセントステラ孤児院の頑張りと、お喋り好きな職員さん。そしてかつて頑張った自分に感謝した。
そんな経緯を経て、トントン拍子で紹介されたのはとある貴族のお宅。
どうやらそのお屋敷でメイドを募集しているらしい。
「昨日はお先真っ暗だったけど、今日はバラ色」
紹介所でもらった屋敷までの地図を片手に、私は新たな職場となるかも知れないお屋敷へ足取り軽く向かう。
途中で今までお世話になっていた、エメル殿下の屋敷と同じ地区に自分が向かっている事に気づく。
「そっか、貴族のお家だもんね」
帝都は計画都市だ。真ん中にあるアルカディア城を中心として、いくつかの特徴的な区画に分かれている。
金融機関や商業施設、政府機関が集中しているのがお城がある中央地区。まさに「シティ・オブ・インペリアル」と呼ばれる場所だ。そこはまさに帝都の心臓。一番重要な場所だと言える。
城の西部は、貴族や裕福な市民が住む「ウエスト・インペリアル」と呼ばれる地区だ。美しい庭園や大邸宅が点在し、高級商店や劇場、レストランも多く立地した、いわゆる高級住宅地。
それに対し、「イースト・インペリアル」と呼ばれる東部は工業地帯や労働者居住区とされている。昨日私が不動産屋さんにやめた方がいい。そう言われたのが、まさにこの地区。
その他にも、南部には中産階級が住む「サウス・インペリアル」と呼ばれる地区がある。住宅地や公園が並ぶ明るい場所らしい。しかし都心からやや離れたエリアで、ギリギリ帝都の仲間に入っているという感じだ。
こうして帝都はわかりやすく社会階級や産業の違いによって形成された区画が存在する。つまり、私がまるでエメル殿下の屋敷に帰宅するかのように、現在ウエスト・インペリアルに向かっているのは、仕方がないというもの。
だって貴族のお屋敷の、メイド募集の面接に向かっているのだから。
何だかんだ野生の勘が冴えたのか、私は迷わず目的のお屋敷に到着した。
やや年季の入った二階建てのお屋敷で、決して華美ではないがきっちりとした造りが好感が持てる感じだ。エメル殿下のお屋敷に比べると断然小さいが、それでも私から見れば充分大きい。
百五十年前の私なら、お貴族様の家なんて怖くなって回れ右をしているところだ。けれど今はエメル殿下の屋敷にいたお陰で耐性がついたのか怖くない。
「第一印象で全ては決まる。笑顔、笑顔っと」
キュツと口角を上げ、事前に指示されていた通り、通用口から中に侵入する。
そして敷地内にいた人に紹介所から持たされた紙を渡し、私は難なく屋敷に通された。
「私はサザランド男爵家に支える執事のアーチと申します。どうぞこちらへ」
アーチと名乗る紳士は、エメル殿下のお屋敷にいる執事のレイモン様と同じくらい年配の方だ。チリ一つない真っ黒なスーツに身を包んだアーチ様は、丁寧な立ち居振る舞いで、品よく私の前を歩いていく。
彼のピンと伸びた背中を眺めながら歩いていると、エメル殿下のお屋敷にいるレイモンを思い出し、少しだけ寂しい気持ちになる。
私が通された部屋はアーチ様の執務室のようで、書類や文書を管理するための机や書棚が備えられていた。
「どうぞこちらへお座り下さい」
「はい」
アーチ様に促されるまま、私は執務机の前に置かれた椅子に静かに腰を下ろす。
緊張して始まった面接は、紹介所から渡された書類に私の事が一通り書いてあったようで、ありきたりな質問が続いた。
内心「これはもう採用決定」などど余裕ぶっていたのだが、私は重要なことをすっかり忘れていたようだ。
「あなたの履歴書を見たのですが、身元引受人にエメル・スタインズとありますが」
訝しげな表情で書類から顔をあげるアーチ様。
そりゃそうだろう。その名のつく人は帝国で一人しかいないはずだ。つまりメイドの面接で、通常目にする機会などないに等しい名前だろう。
「こちらに来る前にいた職場の上司なんです。身寄りのない私を可哀想に思って下さって、退職祝いに身元引受人になって頂きました」
機転を効かせ、それっぽい嘘をついた。騙してしまう事に罪悪感はあれど、身元引受人がエメル殿下であるのは間違いない事実なので、問題ないと自分を誤魔化した。
「ええと、ご不安なら、殿下に確認してもらっても大丈夫です」
どうせそんなことは無理だろうと踏み、私は強気に出る。
これで断られたら、職業紹介所の待合室で小耳に挟んだ、闇バイトに応募するしかない。
盗み聞きしたところによると、何の仕事かさっぱりわからないけれど、住み込みで雇ってくれる上に、高収入で誰にでも簡単にできるお仕事らしい。
「なるほど。つかぬことをお伺いいたしますが、前職をお辞めになった理由をお聞かせ願いますか?」
「それは」
私は脳裏に殿下の顔がちらつき、言葉に詰まってしまう。
それでも何とか取り繕わなければと、咄嗟に口を開きかけたその時。
「アーチ、大変よ!!私のお気に入りのドレスをお姉様がシワクチャにしたの。今すぐ新しいドレスの手配をお願いしてちょうだい!」
バタンと勢いよくドアが開き、女性が乱入してきた。
美しく波打つ髪に、エレガントなワンピースを身に纏った女性。彼女の姿はまるで舞台から飛び出してきたようで、その存在感は圧倒的だった。
「アーチ、早くしてちょうだい。あなたは私の執事でしょう?」
彼女は執務室の中を見回し、私に視線を向けると、驚きの表情を浮かべ固まった。そして数秒後、ハッと我に返る。
「やだ、あなたなんでうちにいるの?」
少し……いやだいぶ棘のある口調で私にたずねた。
彼女の名はニナ・サザランド。
そう、私が無視すると決めた女性だ。
「サザランド……どっかで聞いたことあると思ってたけど」
まさか避けている相手だとは思わなかった。
即座に逃げ出したい気持ちになるが、今は面接中だ。流石に窓から逃げるわけにもいかない。
「お嬢様、落ち着いてください。こちらの方は、職業紹介所から我が家のメイドにと紹介された方で、今なお面接中です」
アーチ様がやんわりとニナを咎める。
「面接?まさかあなた殿下にクビにされたの?」
「違います、自主退職です」
そこだけは無視せずきちんと訂正する。
「へー、そうなんだ」
ニナが椅子に座る私をつま先からてっぺんまで、
「採用してあげてもいいわよ。私の侍女として。その代わり、夜会で殿下にあった時は、私をうまく取りついでちょうだい」
ニナは悪びれる様子もなく、私に言い放つ。
「嫌です」
冗談じゃない。そういう事はしない主義だ。
結婚相手にと望むなら、自分で何とかするべきだ。
婚活だって、魔物討伐の冒険と同じ。
弱肉強食の掟が適応されるはずだ。
「じゃ、不採用で」
「わかりました。お時間をとらせてしまい、申し訳ございませんでした」
私はすくっと立ち上がり、アーチ様にお辞儀をする。
私だって雇い主を選ぶ権利はある。
それに自ら厄介ごとに飛び込むほど暇じゃない。
私にはまだ「闇バイト」という高収入、高待遇だと盗み聞きした仕事が残されている。
こんなところ、こちらから願い下げだ。
そうと決まれば早いとこずらかろうと、私は踵を返し、入り口のドアに向かって足を踏み出す。
「ちょっと待ちなさいよ。やっぱり雇うわ」
「え」
行かせないとばかり、ドアの前に立ち塞がるニナ嬢。
「お嬢様、彼女は嫌だと口にしております。通してあげるべきかと」
「私だって嫌よ。この子から殿下の情報をもらううんだから。お姉様がこの子を雇ったら嫌だもの。それに、この子を雇わないならあなたをクビにするから」
ニナ様はぷんぷんしながら言い放つ。
思っていたよりもずっと、拗らせた人のようだ。
しかも、自分の思い通りに事を運ばせるためのやり方がずるい。
ニナ嬢は私がここで働かない選択をしたら、執事のアーチ様をクビにすると言った。彼はただ、面接をしていただけの人だ。ニナ嬢が勝手に私を恨む事になんら関係がない。
そもそも私だって、ニナ嬢に恨まれる筋合いはないというもの。
「さぁ、どうする?あなたが辞めたら、この年老いたアーチは路頭に迷う事になるのよ?」
「うっ、そ、それは」
アーチ様とうっかり目を合わせてしまった私は返答に困る。確かに年齢が高い彼が再就職を探すのは私より難しそうだ。それにアーチ様を見ていると、私によくしてくれたレイモンド様の影と重なり、なんとかしなければと思ってしまう。
「さぁ、早く決めなさい。三、二……」
「わ、わかりました。お世話になります。よろしくお願いしますッ!」
まさかの三秒前スタートで私には悩む暇などなかった。早押し問題のごとく、叫ぶように答えてしまった。
「ふふ、私の勝ちね」
ニナ嬢はオホホホとふんぞり返り、笑っている。
「ニナお嬢様、全くあなたって人は……」
呆れるアーチ様。
ニナ嬢が普段からこんな感じ全開ならば、アーチ様の気苦労は想像をはるかに超えるものだろう。
心中お察しいたします。
私は心で同情の言葉をかけておいた。そんな私の前にニナ嬢がヌッと現れる。
「いいこと?あなたは今日から私のしもべよ」
キリリと睨まれ、私はため息をつくのであった。




