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北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
20/20

置き土産

 王国 ワルシャワ近郊  201Y/3/21 15:02 

 FS-04 12-0326号機"ハンター"



 デジタル迷彩に塗られた二機のライアーが低空を飛びながら前線へと急ぐ。どちらも限界まで爆弾やミサイル、ガンポッドを搭載しさながら対地攻撃用の兵装の見本市といった出で立ちだ。

「エクリプセより攻撃隊各機へ、撤退命令発令。ワルシャワ上空の航空優勢は完全に失われた。航空支援に上がった各隊は帰投せよ」

「コンドル1よりエクリプセ、どういうことなの?」

 狂鳥が不服さと疑念の混じった声で管制機に聞き返す。

「敵のミサイル攻撃により制空隊が壊滅的被害を受けた。司令部は後退を決定」

「ここまで来たってのに……帰ろう、サンダー」

 狂鳥が悔しそうに呟いて機体を左に傾ける。

「了解」

 ランクも数十マイル先の砲煙を一瞥すると機体を傾けて狂鳥の機に従った。吹き上がる黒煙に時折オレンジ色の爆炎がちらついて見えた。



「ラズーリ3より誰か! ……ている! E‐20地区だ、また戦車がやられた!」

「こちらコンドル1、ラズーリ3、聞こえますか?」

 狂鳥がノイズ混じりの呼び出しに答える。

「空軍か? 現在応戦しながら後退しているが敵が予想以上に速い。このままじゃ追いつかれる!」

「了解。コンドル1よりエクリプセ、付近の味方部隊から支援要請、応じますか?」

 答えを聞く前にランクは狂鳥がどうするかを予想していた。

「エクリプセよりコンドル1、安全は保証できないぞ」

「そんなのもうとっくに諦めてる。ハンター、エンゲージ!」

 狂鳥の機が増槽を切り離して高度を下げる。切り離された増槽が錐揉みしながら地面にぶつかり、僅かに残っていた燃料をぶちまける。

「サンダー、エンゲージ!」

 ランクも増槽を切り離して高度を下げる。尾翼に描かれた真新しい雷のマークが傾き始めた太陽の光を反射してきらめいた。

「ラズーリ、間もなくそちらに到着する」

「了解! こっちを撃たんでくれよ」

「見つけた」

 狂鳥が後退する味方部隊の上げる土埃を見つけ、サブディスプレイの赤外線画像と照らし合わせる。黒い背景の中に装甲車が白く浮かび上がっている。

「周囲に敵対空兵器なし」

 ランクが周辺を警戒し、脅威のないことを狂鳥に伝える。

「ハンターより地上部隊、これより航空支援を行う」

 狂鳥は馴れた手つきで火器管制装置を対地攻撃モードに切り替える。レディ、ガンポッド。37ミリ砲に取り付けられたセンサーと機体の赤外線センサーが連動し、ヘッドアップディスプレイに照準を表示する。

 狂鳥は操縦桿とラダーを操作して敵戦車に照準を合わせ、トリガーに指をかける

「ハンター、ガンズ! ガンズ!」

 ライアーの胴体中央に装備されたガンポッドの先端から飛び出した37ミリ機関砲が雄叫びを上げる。

 タングステンの弾芯が大地に突き刺さり、焼痍榴弾が砲塔側面の増加装甲を吹き飛ばす。砲塔と車体の隙間を徹甲弾が貫き、ハッチから火柱が上げがる。

「サンダー、損害評価を」

「敵戦車二両が炎上中、装甲車一両大破」

 ランクが遠巻きに旋回しながら地上を俯瞰し、無力化された敵の数を数え上げる。

「掃討して、もう一度南から仕掛ける」

「了解。サンダー、ライフル1!」

 ランクも生き残った装甲車と逃げ惑う戦車をロックオンし、翼下の対戦車ミサイルを切り離す。ミサイルの先端に取り付けられた電子制御の瞳が戦車を睨みつけ、ロケットモーターに点火して戦車めがけて突進する。戦車に突き刺さった成形炸薬弾が灼熱の金属を車内に流しこみ、爆発反応装甲でなんとかミサイルを凌いだ戦車に狂鳥の放った37ミリ砲弾の雨が降り注ぐ。

 戦車の砲塔の上に取り付けられた機関銃が曳光弾を撃ち上げるが、7・62ミリごときで怯む二人ではない。

 慌てて後退しようとする共和国軍装甲車の側面を今度は120ミリ徹甲弾が貫いた。

「命中! 空軍だけにいい顔させるな!」

 戦車長の言葉に頷いた装填手が素早く次弾を装填し、砲手が次の目標を探す。

「こちら陸軍第43戦車隊、助けを呼んだのはどこの隊だ?」

 畑に轍を刻みながらやってきた王国軍の主力戦車がくさび型の増加装甲をまとった砲塔を旋回させ、共和国軍の戦車に照準を合わせる。120ミリ砲が周囲の大気を震わせ、徹甲弾が空気を引き裂いて共和国軍の戦車を射抜く。

 つい先程まで圧倒していた共和国軍は突如現れた攻撃機と戦車によって窮地に立たされていた。指揮官は無線機を引っ掴んで本部に救援を求める。

「61戦車中隊より司令部! まだ敵の攻撃機がいる。話が違うぞ。制空権は確保したんじゃなかったのか! くそったれめ、今度は戦車まで来たぞ」

「司令部より61戦車中隊、無人戦闘機がそちらへ向かっている。その位置を維持せよ」

「了解、このままじゃ全滅しちまう、急がせてくれ」

「ラズーリ、そちらの状況は?」

「味方の戦車隊が到着した、こっちはもう大丈夫だ。航空支援に感謝する」

 爆弾も対戦車ミサイルも使い果たした二機は高度を上げる。炎上する戦車の噴き上げる黒煙が翼を撫でた。

「エクリプセよりコンドル、そちらへ向かう機影有り。小型の機影八」

「ただでは帰してくれないってわけね」

 狂鳥はやる気だ。しっぽを巻いて逃げるなど、彼女のプライドが許さないだろう。

「燃料は十分」

 ――ミサイルはヒートシーカーが合わせて四本……か。

 翼端のパイロンに申し訳程度にぶら下がった短距離ミサイルを振り返るとランクは機首を敵機の来る方向へ向けた。

「敵機発見。ヘッドオン、50マイル」

 ヘッドアップディスプレイに四角い枠が現れる。敵の姿はまだ画面上にしか見えない。

「接触まで40マイル」

「サンダー、先行して。あんたのほうが早い」

 狂鳥の機体は重い37ミリ砲を抱えている。ランクの機体のほうがずっと身軽だ。

「了解。前に出る」

 ランクはスロットルをわずかに押し込み、狂鳥の機を追い抜く。

「30マイル」

 敵機のレーダーがこちらを捉えてきたことを機載コンピューターが電子音を鳴らして警告する。

「20マイル、まもなくアイリスの射程距離」

 王国軍の標準的な短射程ミサイルの射程距離は15マイルだが、今回は正面から撃ち合うために有効射程は短くなる。ミサイルがエンジンの発する熱を捉えにくくなるためだ。

「10マイル、シーカーオープン!」

 ミサイルの先端にあるシーカーの冷却が始まり、赤外線を捉える機械の瞳が研ぎ澄まされていく。

「サンダー、FOX2!」

「ハンター、FOX2」

 散開を始めようとした無人機に4発農地三発が命中し、ある機は指向性の破片によって穴だらけにされ、またある機は尾翼を失って錐揉みしながら墜ちてゆく。

「ブレイク……ナウ!」

 二機のライアーはフレアをばら撒きながら無人機とすれ違い、弾かれたように二手に分かれる。

 どちらを追うべきか迷いをみせた一機に27ミリ弾が降り注ぎ、タービンブレードを粉々に打ち砕かれる。

「後ろ、危ない!」

「任せたっ!」

 ランクはバックミラーに映る敵機を確認すると操縦桿を斜め左に引き、緩やかなバレルロールを打つ。

 素直にそれを追いかけた無人機に狂鳥がすかさず食らいつく。

 コンマ数秒のバースト射撃。それで十分だった。徹甲弾が布に針を通すようにやすやすと主翼を打ちぬき、榴弾の近接信管が制御機器を引き裂く。

「サンダー、後ろはクリア」

「了解、そっちの後ろに二機まわった。回避を……」

 ランクの言葉を聞き終わる前に狂鳥はスロットルを最大まで引き、操縦桿を手前に強く引く。

 進行方向に対して機体が垂直に立ち、抵抗の増えた機体が一気に減速する。衝突を避けるために敵機はこちらを回避し、そこに一瞬の隙が生まれる。狂鳥はそこにつけ込むつもりだった。

「えっ……?」

 しかし敵機は避ける素振りなど見せず、まっすぐこちらに突っ込んでくる。

 ――これが無人機。最初から死を受け入れている。

 もう回避は間に合わない。加速も減速も反応までタイムラグがある。緊急脱出レバーに手を伸ばそうとした時、無人機がにやりと笑ったように見えた。次の瞬間、無人機の機首が風船のように膨らんではじけた。

 粉々に砕けた複合材のかけらが機体を叩き、残骸が狂鳥の機のすぐそばを黒煙をあげながら通りすぎる。入れ違いにデジタル迷彩に身を包んだライアーが緩いロールを打ちながら狂鳥の目の前を飛び抜ける。尾翼には見慣れた雷のマークが描かれているのがはっきりと見えた。

「サンダー!?」

「ふぅ、間に合った……」

 ランクは胸を撫で下ろすと機体を斜め下方に旋回させて進路を変え、後方につこうとした無人機を引き離す。追う無人機は二機、進路を先読みするリード追跡と大回りに追いかけるラグ追跡でこちらを追いかけてくる。

「おっと」

 曳光弾がすぐそばを掠め、ランクは機を横滑りさせて機軸をずらす。すれ違った時に見たとおり、この無人機たちは一機たりともミサイルの類を装備していないらしい。

「サンダー、そのまま引きつけて」

 機体を立てなおした狂鳥がランクを追う無人機のさらに後ろにつく。37ミリ砲の照準が表示され、無人機の未来位置にそれを重ねる。

 37ミリ砲弾が空気を震わせ、発砲炎が狂鳥の機の腹を何度も鮮やかな金色に輝かせる。

『ステーション7残弾残りわずか』

 残弾を示すカウンターが減っていき、ゼロになると同時に警告音がヘルメットの中に響く。最後の3発が無人機の主翼と胴体を撃ち抜き、敵機は爆炎に飲み込まれる。

「わかってる!」

 狂鳥は操縦桿の武装切り替えスイッチを素早く二度押し、トリガーコントロールを固定装備の機関砲に切り替える。

『ステーション7、BK-372残弾ゼロ。パージします』

 機械音声と共に爆砕ボルトが砕け、胴体中央に装備された37ミリ砲が切り離される。軽くなった機体がふわりと浮き上がり、カナードが機体の動揺を抑えるべく絶妙な角度を維持する。

 最後の一機に照準を合わせトリガーに意識を向けたとき、ふいに無人機が翼を傾け、そのまま一気に機首を持ち上げて急減速した。その灰色の翼が白い水蒸気に隠れたことからとんでもない急減速であることがわかる。

「なっ……」

 狂鳥は奥歯を噛み締め、回避のため機体を傾ける。パイロットという脆弱な部品を搭載したライアーではアレと同じような急減速はできない。

「こんのくそイカァ……」

 ――ダメ、間に合わない。

 無人機はこちらに機首を向けようとしているが、速度差がありすぎるために衝突する方が早い。

 ――だったら、こうしてやる!

 狂鳥は右足に全力を込めてラダーペダルを踏む。ライアーの機首がわずかに左を向き、横滑りをはじめる。

「いっけええええぇぇぇっ!」

 狂鳥は操縦桿を僅かに押しながらトリガーを絞り、横薙ぎに27ミリ弾をばらまく。

 衝撃が全身を揺さぶり、一瞬意識が途切れる。機体と体をつなぐハーネスが全身に食い込む痛みがもう一度狂鳥の意識を呼び起こした。機体損傷の警告音が聞こえる。

「ハンター、応答を! ミリィ!」

 ランクが機体を狂鳥の機の横に並べて何度も呼びかける。

「つつ……聞こえるよ、サンダー。そっちからどうなってるか見える?」

「こちらから見える損傷はなし。右エンジンからわずかに黒煙。まったく、なんて無茶を……」

「敵機は?」

「ばらばらになって堕ちていったよ」

 安堵と呆れの混ざり合ったため息をつくとランクは狂鳥の右後ろにつく。狂鳥が後ろを振り向くと無人機がいたであろう空域に黒煙の塊が残っているのが目に入った。

「エクリプセ、こちらコンドル1、敵機は全て撃墜」

 管制機に報告しながら狂鳥は機体の各所を確認していく。

「エクリプセよりコンドル、ヴィットムントハーフェンまでの飛行は可能か?」

「エンジン不調、トロレンハーゲンには降りられないの?」

 太もものポケットから取り出した地図を見た狂鳥が首を傾げる。トロレンハーゲンの基地なら無補給でも降りられそうだ。

「現在後退してくる味方の受け入れで手一杯だ。F―7地区にタンカーが待機している。空中給油の後ヴィットムントハーフェンへ向かえ」

「了解。進路315。合流地点へ向かう」

 

 王国 ヴィットムントハーフェン航空基地 

 201Y/3/21 16:02 作戦室



「……以上です」

 報告を終えた鷲がライチェ少佐に敬礼し、彼女も返礼する。

「ご苦労だった、ヘンシェル大尉」

 魔女は鷲と共に敬礼を解くと気をつけの姿勢に戻った。基地に戻ってくる機体は出撃の度に減っている。この基地はまだ安全が保証されているだけマシだった。

「新型の対空ミサイル、しかもアウロラとも違ったタイプか。ますます空が狭くなるな」

 ライチェ少佐は大きくため息をつくと鷲の戦闘報告書を自分のファイルケースに仕舞った。

「224飛行隊、ヘンシェル大尉及びハヅキ中尉に命ずる」

「はっ」

 鷲も魔女も姿勢を正し、少佐の言葉を待った

「ライアー用の自己防衛装置を受領し、機体の整備が完了し次第ルドルフ基地へ移動、別命あるまで待機せよ」

「了解です」

「この状況でルドルフへですか? 少佐」

 東の要衝を突破されたというのになぜ戦力を減らすのか鷲は疑問を口に出した。

「この状況だからこそだ。衛星偵察でアルハンゲリスクの共和国艦隊が動き出しているとの情報も入っている。こんなところで本職でない諸君らを消耗する訳にはいかない」

「なるほど。了解しました」

「明日には作業が終わる。今のうちにゆっくり休んでおけ」

「わかりました」

 鷲は小さく頷くと部屋を後にした。魔女も小さく礼をすると部屋を退出する。

「あぁー、相変わらずあの女は駄目だ。気が滅入る」

 廊下に出た鷲は肩をぐるぐると回して大きく伸びをする。

「隊長は以前にライチェ少佐と会ったことが?」

「お前がペラ付きで操縦桿の扱いをお勉強してるころ俺と同じ部隊だった」

「ふぅん……」

 魔女は訝しげな視線を鷲に突きつける。

「ヤキモチか?」

「いえ、隊長の昔話をあまり知らないから気になっただけです」

「あとで飯でも食いながらゆっくり話してやるさ」

 鷲がそう言って鼻を鳴らした時、警報が基地全体に鳴り響いた。

『ランウェイ24クローズ、滑走路上でライアーが行動不能』

「戦闘機が立ち往生だと? 塞いだのはどこの馬鹿だ」

 鷲は放送を聞き終えると舌打ちした。後方にあるとはいえこんな状況下で滑走路が塞がるのは手痛い。

 

 王国 ヴィットムントハーフェン航空基地  

 201Y/3/21 16:09  FS-04 12-0326号機"ハンター"



 狂鳥の機体は滑走路の中央で白煙を吹き出して停止した。機体そのものも、エンジンも。

「コンドル1、無事か?」

「無事です。エンジン再始動不能、動けません」

 管制官の呼びかけに応えた狂鳥は自動消火装置が動作していることを確認し、酸素マスクを外す。キャノピーのロックを解除して解放するとジェット燃料の匂いが乗せた春風が頬を撫でた。

 シートの上に立って自機の背中を眺める。真新しいデジタル迷彩は破片に抉られて傷だらけになり、ところどころが煤けている。

「おぉーい、無事か」

「なんとかー!」

 狂鳥はドーリーに乗ってやってきた整備兵とランクに手を振り返す。

 機体に梯子がかけられ、狂鳥はゆっくりとそれを降りる。滑走路に降り立ち、ヘルメットを脱ぐ。汗でぐっしょり重くなった髪を解いてかき上げる。

「ミリィ、怪我はない?」

「わたしがあんなチンケな爆発で怪我するわけ無いでしょ。ありがとう、また助けてくれて」

 狂鳥は心配そうな声をかけてきたランクに親指を立て、やさしく微笑みかけた。

「でも、また潰しちゃったな……」

 機を振り返った狂鳥が悔しそうに呟く。

「仕方ないよ。あの距離じゃ」

 ハンガーに運ばれてきた狂鳥の機体を見るなり、整備長はひゅう、と口笛を吹いた。

「こいつは手ひどくやられたな。基地まで飛んでこれたのが不思議なくらいだ。あんたはツイてるよ」

「砂粒一つ分くらいの信仰心に感謝しなきゃね」

 狂鳥は腕を組んで整備長の横に立ち、機体を見上げる。改めて見てみると動翼やエンジンのそばにも破片が突き刺さっているのがわかった。

「とりあえず外してみないことには始まらないな、ロック外すぞ、何人か手伝え」

「せーのっ」

 狂鳥の機体に四人の整備兵が取り付き、エンジンナセルに手を添える。

 ライアーは整備時の利便性ために数本のピンを外せばエンジンがそのまま取り外せる構造になっている。しかし大きく広がるはずのエンジンナセルは申し訳程度に開くと苦しそうにヒンジを呻かせて動きを止めた。若い整備兵がエアインテークの中に入り、ライトで中の様子を覗く。

「ブレードと複合材が溶けてへばりついてます。トーチで焼き切らないと無理です」

 整備兵は申し訳なさそうに首を横に降った。

「こりゃナセルごと交換だな……一週間は動かせんよ」

「そんなぁ……」

 狂鳥はがっくりと肩を落として力なく息を吐いた。

「当分はお前さんたちの乗ってきた複座型で飛ぶことになるだろうなぁ」

「ミリィ、報告の方は代わりに行ってきたけど……機体の方は……だめそう?」

 険しい表情の整備クルーとすっかりしょげた様子の狂鳥に気づいたランクは本能的に不味いことを察知し、狂鳥から目をそらす。

「ランク!」

「あ、はい」

 呼ばれたランクは狂鳥と目を合わせないように斜め上の格納庫の天井に視線を向けながら答える。

「明日からまた後席、よろしくね!」

「あー、ちなみに僕はいつ操縦桿を握らせてもらえるんでしょうか」

「自分のでも握ってればいいでしょ!」

「えぇー……」

 下手な男性パイロットよりもキツい言い方に堪えかねた皆の笑い声が格納庫の中に響いた。



『……宣戦布告により、市場経済にも大きな影響が出ています。戦闘が始まって以来、ロンドンにおける平均株価は4・3%下落、皇国、合衆国でも売り注文が相次ぎ、証券取引所は戦場の如き様相を呈しています……』

 ユーモアを交えたいのかそれとも真面目に言っているのかわからない経済ニュースを眺めながら鷲はミネラルウォーターを流しこむ。微炭酸の溶けた硬水が身体に染みわたる。

「こんな時まで金の心配か。呑気なもんだ」

「かといってワルシャワの映像でも流せば士気は崩壊ですよ」

「もともとうちの土地じゃないだろう。防衛計画でも捨て駒にすることは決まってたはずだ」

「それはそうですが……」

 魔女は反論の言葉を言いよどんだ。均衡が崩れた時の計画は彼女だって知っている。

「敵機がオーデル川を超えてベルリンに爆弾が落ちるようになったらどんなに頑張ってもこっちの負けだ。ロンドンに巡航ミサイルが飛んできても、な」

「はい」

 魔女は静かに頷いた時、食堂の扉が開いた。何の気なしに視線を向けた魔女の目が見開かれる。

「リーデル中尉……」

「っ!……アヤメ! 無事だったの?」

 魔女の声に気づいた狂鳥が駆け寄り、椅子から立ち上がろうとした魔女を力強く抱きしめる。魔女よりも狂鳥のほうが身長が高いので、必然的に魔女の顔は狂鳥のやわらかな膨らみに押し付けられる。

「あなた、なんでここに……ラジフは消滅したんじゃ……?」

 顔をあげた魔女が狂鳥に問いかける。

「基地も機体もなくなっちゃったけど、わたしはこのとおり。ランクもね」

「いやもう本当に、人生最悪の思い出したくもない72時間でしたよ」

 髪をぞんざいに掻きながらランカスター少尉が右手を差し出し、魔女も右手を重ねて握手する。

「ハヅキ中尉、ご無事なようで何よりです」

 その優しげな目の奥には以前よりも強い意志の光が見えた。ここまで来るまでの間に色々とあったのだろう。

「感動の再会ってやつか、俺は仲間はずれか?」

「ヘンシェル大尉! ご無事でしたか」

「なんとか、な。少し焼けたか?」

 鷲はランカスター少尉が以前より日焼けしていることに気づいた。

「ちょっと砂漠で宝探しをしてたもので」

「見つかったか?」

「なんとか」

 魔女との会話に夢中な狂鳥を横目で見たランクははにかんだ笑みを浮かべる。

「そいつは結構。大事にしろよ」

「ええ」

 ランクは静かに頷いた。


 

 共和国 クビンカ基地 201Y/3/21 18:13 作戦室



「第1小隊、全員戻りました」

 ミハイル以下、ワルシャワ上空の制圧から戻ったパイロットたちが指揮官の前に整列する。

「諸君、まずは初陣ご苦労だった」

「ありがとうございます、閣下」

 ミハイルは深々と頭を下げる。

「バリスタはどうだったかね、サフォーノク少佐」

「はっ、既存の戦術航空機全般に対してはきわめて効果的かと」

 周りのパイロットたちも一様に首を縦に振った。一方的に敵の射程外から攻撃できるバリスタはアウトレンジ攻撃には最適だった。問題といえば、撃ったパイロットに自分の手で仕留めた実感が沸かない事くらいだろうか。

「何にせよ、良くやってくれた。さて、早速で悪いが、次の作戦目標だ」

 指揮官の握った指示棒が壁に貼られたヨーロッパの地図の上側、スカンジナビア半島を指し示す。

「我が海軍によるグダニスク上陸作戦に先立ち、スカンジナビア半島に展開する王国軍の航空基地を制圧する」

 グダニスク上陸という言葉にざわめきが広がる。キールほどではないにしろ造船の活発なグダニスク――王国式に呼ぶならばダンツィヒ――は重要な拠点だ。そこに正面切って上陸を仕掛けるのだから、海軍の本気さが伺える。

「目標はロトハイム・ルドルフ・ロンネビューの航空基地だ。シュトルモビクおよびジュラーヴリクが基地付近の制空権と対空兵器を制圧する。ロンネビューには既に特殊任務部隊が潜伏している。ルドルフには空挺部隊、ロトハイムには戦略爆撃機による滑走路の徹底的な破壊を行う」

 指示棒の先端がスカンジナビア半島南側に突き刺さった3つの青いピンを指し示す。いずれも王国軍の基地のある場所を指し示している。

「諸君らの任務は無人機の管制と敵のあらゆる通信の妨害、味方爆撃機および輸送機の直接護衛だ。第1小隊のサフォーノク少佐とヴォルコフ大尉はルドルフ基地、残りはロトハイム基地攻撃に参加せよ。ロンネビュー攻略は第2小隊が行う。詳しい説明は明日1000時に再度行う。以上、何か質問は?」

 部隊の編成の説明が終わったところで、ミハイルの後ろに立っていた若い士官が手を挙げた。

「一点、よろしいでしょうか」

「ヴォルコフ大尉か、なんだね」

 指揮官はヴォルコフに顔を向けた。

「ルドルフには確か名のあるパイロットがいたはずです。"彼女"は以前MQ‐99を返り討ちにしたとか」

「"魔女"か。確かに標準型のジュラーヴリクには荷が重いかも知れんな」

 魔女という言葉にミハイルの横に並び立つシェスタコフ中尉の肩が震えた。何か彼女なりの事情があるのだろう。

「必要とあれば"介入"したいと考えております」

「いいだろう。ただし墜とすからにはしっかりと記録を持ち帰れ」

「了解しました」

 作戦室の壁には『二人の女性エース誕生』という見出しの王国の新聞記事の1面の切抜きが貼られている。その中央の写真には、少し困った表情を浮かべる魔女と、満面の笑みを浮かべる狂鳥が写っていた。


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