大魔王の最後! そして
大魔王は不死身なのではないかと思った。
私たちはもてる力のすべてを出しつくして戦った。体力も魔力も鍛えられるだけ鍛え上げたつもりだった。道具も持てるだけもってきたし、事前に綿密な作戦の打ち合わせもやってきた。私たちに勝てない相手はいない。今日の朝までは私たちはそう思っていた。
だが、考えていた以上に大魔王は強かった。戦いながら何度も後悔した。もっと技を鍛えておけばよかった。もっと作戦を練って来ればよかった。こんな無謀な戦いに来るんじゃなかったとすら思った。多くの虐げられた人々の嘆きと祈りを背負ってきたつもりだったのに。地上最高の賢者だとすら思っていた自分は、こんなにも弱い女だったのだろうかと情けなくなった。
折れそうな心とは裏腹に、体はよどみなく呪文を唱え続けた。火炎を放ち、攻撃を防ぎ、仲間たちの傷を癒した。頭で考えるより先に体が反応して呪文を唱えていた。それができたのはやはり、仲間の存在があったからだと思う。
女戦士も、武闘家も、体力に劣る私を何度も助けてくれた。前線で矢面に立っている二人のほうが、ずっと私よりもつらいはずなのに、思えば私は彼らの文句を一言も聞いたことがない。そんな二人の想いにこたえようと絶えず私は戦いつづけた。
だが、なによりも私の心に力を与えてくれたのは勇者様だった。戦っている勇者様には、恐れなどなにもないかのように見えた。どんな攻撃を受けても、どれだけ打ちのめされても、まったく彼の瞳には恐怖の色は見えなかった。
私たちは知っている。勇者様は恐怖を感じないわけではないと。彼も人並みに怯え、恐怖を感じる、まだ十代の男の子なのだと知っている。私たちは旅の中で何度も彼が泣き言や愚痴を言うのを聞いたことがある。重圧に負けて涙を流すのを見たことがある。
彼は人々の前では絶対に泣き言や怯えを見せようとしなかった。私たちの前でも、戦いの間だけは決してくじけるような顔を見せなかった。勇者とは恐怖を持たない者のことではない。恐怖に打ち勝つ、勇気を持っている者。そして、その勇気を人々にわけ与える者のことを言うのだ。
私も、女戦士も、武闘家も、さして特別な人間だったわけではない。少しは才能らしいものはあったが、それでも天才というには程遠い人種だった。たまたま、もっとも身近な場所で勇気をもらう機会に恵まれただけだ。彼から勇気をもらったから、私はここにいることができる。ここでこうして、戦うことができる。胸の奥に燃える勇気があるからこそ、私は世界最高の賢者でいられる。
きっと、彼に出会わなかったら私はちょっと魔法の上手い町娘として凡庸な一生を送っていたのだろう。人並みに暮らし、人並みに恋をして、人並みに結婚して、人並みに幸せな家庭を築いたのだろう。
でも、そんな「もし」はありえない。私は知ってしまった。この燃えるような想いを。焦がれるような熱さを。勇気とともにもらった、けして消えない恋の炎を。
大魔王が膨大な魔力を高めていくのを感じ、私はとっさに防御呪文を唱えた。目の前に魔を遮る光の壁が出現する。その一瞬後、大魔王が強烈な光熱波を放った。かつて経験したこともないような衝撃。あらゆる呪文を防ぐはずの光の壁が耐え切れず、漏れでた熱がじりじりと肌を焼いた。
「は、あああっ!」
私は光の壁に魔力を注ぎ込む。光熱波を完全に相殺させたと思った瞬間、大魔王が片手に新たに魔力を貯めるのを感じた。魔王の魔力が爆裂呪文の方陣を描いているのを見た瞬間には、光の壁は力を失い霧のように散ってしまっていた。
「くっ」
再び光の壁を発動させるべく印を結び呪文を唱える。防御呪文の発動の速さには自信がある。大魔王が詠唱を始めてからでも防げるはずだった。
だが、光の壁は出現しなかった。大魔法の連発でついに魔力がつきたのだ。魔力を回復させる秘薬もすでに使い切っている。限界まで体力も消耗していたため、魔力が枯渇していることに気がつけなかった。
致命的な判断ミスを呪う間もなく、強烈な爆風が襲ってきた。爆風のなか、女戦士が私をかばうように抱いてくれるのが分かった。魔力の尽きた賢者など、もうなんの役にもたたないのに。普段は乱暴な感じなのに、いざとなると仲間を助けてくれる優しい彼女が嬉しく、もどかしかった。
爆風が過ぎ去ったあと、私たちは地に倒れていた。私をかばってくれた女戦士はもちろん、私ももう立つこともできなかった。武闘家は呪文の前に攻撃を叩き込もうとしたようだ。大魔王の目の前で前のめりになって倒れているのが見えた。
わたしは、どこかで満足していた。やれるだけのことはやった。出せるだけの力は出した。これで負けてしまったのなら、私たちはここまでだったということだ。きっと、次の誰かが引き継いでくれる。私たちが戦ってきた旅路に芽吹いた勇気の種が、かならずやもっと大きな力となってここにたどり着くだろう。
最後に、死ぬ前に勇者様の顔がみたいと思った。やっとのことで首を動かしながら想い人の姿を探す。
勇者様は
勇者様は立ち向かっていた。
ただ一人、大魔王へと向かって剣を握りしめて。全身傷だらけになりながら、走り方ももう無茶苦茶で、みんなが考えるようなかっこいい英雄像とはかけ離れた姿だった。それでも、私たちはその姿を美しいと思った。
あれこそが人々の勇気の結晶。祈りと願いを注がれた英雄の器。義に立ち、情を汲み、理を正し、すべてを救おうとする、馬鹿な一人の人間。
ああ。
ああ。
まだだ。
まだ、死ねない。
勇者様が諦めないかぎり、私も諦めてはいけない。
この想いを伝えないまま、死ぬことなんかできない。
私は残った力を振り絞って手を動かした。残りカスみたいな魔力を集めて、回復呪文を唱える。ぼうっ、と癒しの光が勇者様の体を僅かに包んだ。
私が与えられたのは、ほんの僅かな力でしかなかった。吹けば飛ぶようなわずかな体力が回復しただけだ。ないよりはマシといった程度のものでしかなかったはずだ。
だがその瞬間、勇者様の体に力がみなぎるのがわかった。ふらふらだった歩みが力強くなるのが見えた。
「頼むぞ! 勇者」
武闘家が叫んだ。その声を受けてさらに勇者様は堂々と剣を構えた。
「頑張って、勇者様!」
女戦士も叫ぶ。
勇者様は盾を投げ捨て両手で大きく剣を振りかぶった。その剣にはきっと、世界中の人々の想いが託されているのだ。とてもとても重いその剣。勇者様がそれを持ち上げることができたのは、私たちがもらった勇気をちょっとでも返すことができたからだろうか。
「おおおおおっ!」
勇者様が吼える。私たちの想いに応えるように、人々の祈りを代弁するように。そして、自らの心を刻み込むように。
大魔王と勇者様の影が重なる。
白と黒。光と影。聖と邪。善と悪。此方と彼方。相反する二つの極点がぶつかり合い、混ざり合う。重なりあった二つの影が一瞬、灰色に見えたような気がした。
永遠とも思えるような一瞬。そのわずかな静寂のあと、耳を引き裂くようなおぞましい絶叫が起こった。
大魔王の断末魔である。
私は大魔王の顔をみた。この世すべての魔を統べる王。その顔は苦悶に歪みつつも、どこか満足気に見えた。
大魔王は直立したまま、闇色の灰となって崩れ落ちていった。最後の一片まで灰が消滅するのを見届けると、勇者様はその場に倒れこんだ。
「勇者様!」
私たちは身体がぼろぼろなのも忘れて勇者様に駆け寄った。もう立てないと思っていたはずなのに自然と足はうごいた。ふらふらの私を女戦士が支えてくれた。
近くにいた武闘家が勇者様を介抱していた。気を失っている勇者様を仰向けに寝かせ、気功の技で体力を癒しているようだった。魔力が尽き、見ているしかできない自分がこんなにももどかしく感じたことはなかった。
しばらくすると勇者様は目を開けた。目が覚めた瞬間はまだ敵を、大魔王を探しているようだったが、自分を囲む私たちの表情を見てすべてを察したようだ。
「終わったな……みんな」
憑き物が落ちたような、安らかな表情だった。
「ありがとう……、ありがとう、俺、みんながいたから、今日までがんばれた。俺一人じゃきっと、勇者になんかなれなかった。みんなが、俺を勇者にしてくれたんだ。ありがとう」
勇者様は笑っていた。笑いながら、泣いていた。私たちもいつの間にか涙を流していた。
それから私たちは世界中を凱旋した。
本当はすぐに故郷へと帰りたかったのだが、近くの村で一晩ぐっすり眠るともうすでに近くの王国の宮廷から迎えの使者がやってきていたのだ。断るわけにもいかず歓待を受けると隣の国から招待され、その繰り返しだった。連日お偉いひとたちと会うのは、ある意味で魔物と戦うよりも疲れたが、人々が歓喜の声で私たちを迎えてくれるのは悪い気分ではなかった。
私たちがやってきた旅路を逆にめぐるような形になり、故郷の王国についたのは大魔王を倒してから二ヶ月以上もたってからだった。
故郷の王国は小さな国だ。もっと豊かな国も大きな国もたくさんある。だが自国の英雄の帰還ということもあり、これまででいちばん盛大に祝ってくれていた。それに、故郷の人々、家族や友人たちが迎えてくれたのが何よりも嬉しかった。
「勇者殿……ほんとうに、ほんとうによくやってくれた」
国王陛下は涙を流しながら私たちを労ってくれた。小さな国ということもあり、王宮ではなく庭園を開放して祝宴が開かれた。王族や貴族だけでなく、平民や私たちの友人らも招けるようにしてくれたのだ。
私はこの祝宴が終わったら、勇者様に想いを伝えるつもりだった。私たちの旅は今日で終わりだ。今日ここまでで、勇者一行としての義務は完了なのだ。やっと、勇者様は一人の男の子に戻ることができる。そうしたら私も、一人の少女として彼に向きあえるはずだ。
宴もたけなわといったころ、国王陛下がおもむろに言い出した。
「のう、勇者殿。もし良ければ、わしの末の娘を娶ってはくれぬじゃろうか」
飲んでいたお酒を盛大に吹き出しそうになるのをなんとかこらえた
(どどどど、どうしよう。末の姫ってあの超絶美少女よね? ゆ、勇者様も男の子だしきっと悪い気はしないはずよ。じゃ、じゃあどうすればいいの? 私は? 二号さん? いや、もとは僧職の身でさすがにそれは、ああでも! どうすれば)
国王の発言に落ち着いてきていた宴の席はいっきに盛り上がった。末の姫は近隣の国にも噂されるほどの美人であり、救国の英雄との婚姻は国民にしてみればすばらしい縁談に見えるだろう。みれば姫もまんざらでもないようすで勇者様を見つめている。
(このクソ姫がああああああ。なに色気づいてんだこらああ! 物事には順序ってもんがあるだろうが。宮廷ではそんなことも習わねえのかこの箱入りが!)
私があわてふためいていると、勇者様はにっこりと笑って答えた。
「陛下、大変光栄なお話です」
「おお、それでは!」
(え? マジ? ほんとに結婚しちゃうの? ホントに?)
勇者様のことばに周囲がわっと沸く。
「ですが、このお話はお断りさせていただきます」
(よっしゃぁああああああ!)
「な、なぜじゃ? 末の姫では不満だというのか?」
「いえ、四海の宝ともうたわれる姫に不満などあるはずもありません。殿下を手に入れる栄誉はこの世で最上のものでしょう」
「ならばなぜ?」
一同はしんとしずまって勇者様の言葉を待った。勇者様は国王陛下だけでなく、場のみなに聴かせるように話しだした。
「うぬぼれた言い方になりますが、大魔王を倒した俺は、今や世界で最大の力と名誉を持っていることになります」
それは慢心でもなんでもなかった。勇者様は世界最高の武力と栄誉を手に入れている。教皇だろうと皇帝だろうと、勇者様に勝てるものはいないだろう。勇者様が突然そんなことを言い出し、庭園に集っていたひとたちは固唾を飲んで続きをまった。
「そんな俺が、一国の姫と婚姻を結べば各国はどう考えるでしょうか? 世界中がこの国に野心ありと見て警戒し、痛くもない腹を探られることになるでしょう。俺は、故郷をそんな憂き目にあわせたくないのです。俺はあくまで邪をはらう一本の剣であり続けようと思っています」
勇者様の言葉に、国王陛下も、私も皆聞き入っていた。勇者様の武力と名誉は、勇者様個人、いや、この国にすら手に余るものなのだ。それは世界のものであり、もはや誰かが私有することは許されない。
国王陛下は涙を流して勇者様に頭を下げた。
「そ、そうじゃ。そのとおりじゃ。勇者殿、わしの浅慮を許してくれ。すまぬ、すまぬ勇者殿。大魔王討伐という重責を終えたにもかかわらず、貴殿は更に重いものを背負っておったのだな。それに気づかず、何が国王じゃ……」
国王だけでなく、会場にいた全員が勇者様の深い考えに心打たれていた。
「頭をお上げください、陛下。実を言うと、お断りする理由はそれだけではないのです。今申し上げたことと比べればささいなことと思われるかもしれませんが、俺にとっては同じくらい大切な理由です。俺には、他に心に決めた女性がいるのです」
(え、ええ? えええええええええええ?)
ふたたびの爆弾発言に、しんみりとしていた会場がわっと沸いた。
「お、おお! そうか、そういうことじゃったか。いや、すまんのう! わしも野暮なことを言ったわい。で、誰じゃ? 世界の英雄を夫にする栄誉に預かるそのものは?」
「その……彼女はずっと一緒に旅をしてきた仲間でもあるのです」
(キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
勇者様ってば大胆! 私の気持ちを知っててこんなところで告白だなんて! ああどうしよう、心の準備ができてない。キキキキ、キスとかこんなみんなの見てるところでしたりするのかしら?)
とにかくはやく勇者様の隣にいかなくては。会場のみんなを待たせてはいけない。主役が出て行かなければ盛り上がるものも盛り上がらない。私がおずおずと席をたとうとしたその時、すっと誰かが隣を通り過ぎていった。
それは女戦士だった。いつもの鎧姿ではなくて、綺麗なドレスに身を包んでいて一瞬だれだかわからなかった。いつのまにか女戦士は勇者様のとなりに寄り添っていた。
「勇者様」
「女戦士」
(へ?)
二人は見つめ合い、お互いに手を取り合った。
「俺は、女戦士と結婚することを、今日この場の皆様の前で誓います!」
勇者様が高らかに言うと、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
(はああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?)
真っ白になって石像のように固まっている私のすぐとなりで、ひときわ大きい声が聞こえた。なんとか体をきしませてそちらを見ると、武闘家が満面の笑顔で祝福の声を送っていた。
「まったく。いつ打ち明けてくれるのかとずっと待っていたんだぞ! こんなときまで言い出さないでこの馬鹿どもが!」
(…………へ?)
「あ、あの……武闘家さん」
私は固まった喉からなんとか声を出して尋ねた。
「その、いつ頃から……?」
「む? そうだな……半年ちょっと前か? あれだ、船を手に入れたときには気がついていたかな? いや、何しろ武骨者だからな。こういった機微には疎くてな。あの感じだと随分まえから好きあっていたのだろうな。やはり賢者殿はもっとはやくから気づいていたのかな?」
(半年……半年……毎日寝食を共にして死線をくぐり抜けてきた仲間のことを、半年……、この筋肉ダルマすら気がついていたことを……私だけ気づかないで半年も……)
悔しさと情けなさで半泣きになったが、周りからは嬉し泣きと思われたようだった。涙でにじむ視界のはじで、勇者様と女戦士が照れながら口づけをするのが見えた
「もももも、もちろんじゃありませんか! 私、賢者ですから! あんなラブラブな二人に気が付かないはずがないじゃないですか!」
私は涙をごまかすようにお酒を一気に流し込んだ。
つづきます




