二日目 魔力制御、術式作成
「う……今何時? ……6時半か。丁度良いや」
とりあえずあれからぐっすり寝たので、寝坊はしなかった。
朝ご飯は7時まで食べられないので、とりあえずうがいや顔を洗うくらいにしておく。
それらが終わったら……。
「えっと、集音の魔法? これを改良して、使えないかな?」
ベッドに座り、借りてきた魔法の本をとりあえず読んでみる。
この集音魔法が使えたら、授業をしている教室の中に入れなくても何とかなるかもしれない。
ただ……。
「これじゃ駄目だ……。部屋の中に居ないと使えないなんて……」
そう、この集音魔法は部屋の中に居れば使えるけど、そんなことは出来ない。
もし、あの土学科の先生にばれたら、どんな目に遭うか分からない。
……そのまま使うのは却下。
「……でも、何かでこれを作って、仕掛けられれば……? それに、それをすごく小さくしたら……」
いくら土学科の人でも、指先より小さい球体が机の中の端に仕込まれていても気づかない……はず。多分。
……挑戦する価値はあるかも。でも、それをするためには――――
「魔力を完璧にコントロールしないと……」
どうやら今日も、あの訓練室に籠りっきりになりそう。仕方ないか。
……そろそろ7時だ。ご飯食べに行こう。
ーーーー
今日の朝食は具の入ったパスタだった。……朝から量のあるパスタは少し辛い、かも……。
肉、野菜の入った特性パスタと水。変に豪華な朝食だった。
それを受け取って、また昨日の場所に移動してひっそりと食べる。
「これだけ静かだと凄く落ち着くけど、一人だと寂しくなる……かな? よく分かんない」
学院内の放送でドラマらしきものを流しているらしく、一人だと寂しい、寂しくないって内容がちょっと耳に入ってくる。
「そもそも、寂しいかどうか以前に風学科は実質一人だけどね……」
だって、僕以外の生徒があの建物にやってくる気配はない。
せいぜい先生だけだ。
「……友達、か。僕には、縁が無いかも」
風学科は実質失敗した人間が放り込まれる場所だって昨日の光学科の先生が言ってたしね。
まさかそんな奴らと友達になろうなんて思わないだろう。
僕も関わろうと思わないと思う。
「……のんびりしてる暇はないね。急いでコントロールを完璧にして、使えるようにしないと!」
だって、風学科には自分以外に頼れるものは居ないし。
ーーーー
風学科の訓練室に戻ってきた。
……壁は塞がれてるみたい。壊してしまって本当にすみません。
「さて、始めよう……」
意識を自分の中に集中し、魔力を二つに分けようとする。
だが、またしても失敗する。
今度は、ちぎれる一歩手前でくっついた部分が動かなくなった。
何をしてもこれ以上引っ張れない。
「……やり方が悪いのかな?じゃあ、少しちぎってみるとか?」
もう一度集中し、今度は魔力の塊から小さな塊を分離するイメージで魔力を動かす。
すると、小さな塊が分離して、外れた。
……これはそのまま動かせるし、大きな塊に近づけてもくっつかない。
「じゃあ、この小さな塊を手の先に出そう……」
意識を小さな魔力に向け、手の先まで導き、昨日の要領で手の先に出した。
……すごく小さいけど、大丈夫なのかな? 大きくならないかな……?
「あっ、大きくなってきた……」
そう、これもイメージの問題なのだ。
魔力自体は少なくても、それを大きく見せることができるのだ。
今浮かべたのは昨日の球の大きさだ。
掌大の大きさの球体を作り出してみる。
「……昨日の物とあまり差は無さそうだけど……?」
そう、見た目には昨日の魔法と同じ大きさなのだ。だが、昨日と違って自分の中にかなりの魔力が残っていることも感じられた。
「飛ばしてみればわかるね。エアーショット!」
昨日組み立てた術式通りに、左手に構築した球を飛ばす。
昨日と同じく壁に当たったが、今度は壁は壊れなかった。
「……これが使った魔力の差かな。昨日は壁を破壊した直後に倒れたけど、今日は普通に動けるし、壁も壊れてない……」
昨日とは全く違った結果だった。
自分でも少し驚いている。見た目は全く同じだったのに。
「それに、今の感じ……魔力をちぎって分けるんじゃなく、大きい塊から吐き出させるような感覚……」
これが正解なら、さっそく練習あるのみだ。
いくつまであの小さな魔力が作れるかは知らないけど。
ーーーー
「……もう限界。無理……これ以上したら倒れる……」
16個。それが限界だった。
あれより細かく魔力を分けられなかったから、あれが最小単位なのかな?
だとすると、魔力は16ってことになる。
……少ないよね、多分。たった16個じゃ、すぐに弾切れするよ……。
「……魔力が回復するまで、この1つの魔力を使って術式の組み立てでも行おう……」
さっき分けた魔力のうちの最後の一個を使って、術式をつくることにした。
……まず、期間は僕が解除するか、壊されるまで。集音先の情報を、ある程度なら録音もできる。
そして集めた情報を、僕の耳に音量を調整してから伝える……。
術式は出来た。でも、実際にしかけるのはどこにしようか。
そもそも、これが機能するのかが分からないし。
「さて、実験しようか」
向かうのは食堂。とりあえず、適当にしかけてみる。上手くいくかな?
ついでに昼食も食べよう。
ーーーー
「さて、食堂の柱の陰に仕込んでみたけど……あ、先生が来た」
ちょうど実験が出来そうだ。離れてこっそり様子を見る。
昼食は済んだので問題ない。月見そばだった。
「お前がわざわざ呼び出すとはな……何かあったのか?」
「何かあったか、ではありませんわ! 私のクラスの生徒に、あなたのクラスの生徒が暴言を吐いたのです!」
聞こえてくる。かなり離れているのに丁度近くで話を聞いているみたいにはっきりと……。
「そのことと俺と、どう関係があるんだ」
「あなたの管理が駄目だということです!」
「俺のせいじゃねえ。それに、勝手に暴言を吐いたガキどもはお前の所のガキどもが先に暴言を吐いていたと言っていたぞ?」
……完全に聞くべき話じゃ無かったね。
でも、これで術式は完璧なはず……。
よし、あれを回収してから沢山量産して……。
「とにかく、私は、校長にこの問題を報告しますからね!」
「勝手にしろ。ますます対立を煽りたければ止めはしない」
「ぐぐぐ……なんと生意気な! これだから闇魔法の教師というのは……」
「そういう光魔法の先生は、ただ喚き散らすだけで論理を無視している」
「もういいです! 覚悟しなさい!」
あっ……光学科の先生は走って行っちゃった。
でも、そんなことよりあれを早く回収しないと。
さり気なく柱に近づいて、設置してた場所を見るけど……無い?
「お前が、今年の風学科の生徒か」
あの机の上の物は……!
しまった……。仕掛けた術式がばれてた。
でも、これって逆にチャンスかも?
「はい」
「そこに何があったんだ?」
「個人的に作った術式です」
中身まで言うつもりはないですけど。
「食堂で魔術を使うのは禁止されている。何故だかわかるか?」
は?
えっと、なんで?
「……分かりません」
「食堂は、クラスを超えた交流の場でもあるからだ。この学校のクラス同士の関係は……まあ、いやでも1週間後に知ることになるだろう。連中がオリエンテーションから帰ってきたら嫌でも分かる。その険悪な空気をなくすための場所の1つが、食堂なんだ」
初耳だよ。
それに、険悪な空気って、まだ風への土の嫌悪と光と闇の諍いしか知らないし。
「険悪な空気については分からないですけど、食堂の役目については分かりました」
「そうか、なら、なぜ最初に食堂につけた?」
「ルールを知らなかったのもありますけど、食堂が一番人が来るので、術式のテストをするには丁度良かったんです」
「……集音か。また手の込んだものを……」
それが無いと、困るんです。
光の所とか、絶対無理だから……。
「分かるんですか?」
「当たり前だ。さっきのあれと一緒にするな。術式の構成を調べる方法も闇魔法にはある」
はあ……。
どのみちばれちゃったし、素直に白状するか……。
「集音の魔法を改造して、設置型の魔法にしました」
「なるほどな。だから柱の陰にこっそりと埋め込まれていたのか」
「……はい。それしか、手がありませんから」
「光学科の授業を盗聴でもする気か?」
隠しても駄目だ。これを作った理由だし。
「はい。担当教師が役に立たないので、自作したもので他のクラスの授業を盗み聞きするつもりでした」
「それを堂々と言い切るのはここでは不味いな。場所を変えるぞ」
「え?……は、はい……」
ーーーー
ここが闇学科の塔……。すごく立派なんだけど、暗っ……!
「まあ、今の時期ならだれも居ないから問題ないだろう。座れ」
「は、はい……」
駄目だ。全然この人の考えが読めない。
説教するならここに連れてくる理由が無いし、術式の事を聞くわけでもない。
本当に何が目的なんだろう?
「風学科は、どうだ? 楽しいか?」
風学科? うーん……自習は、いや、術式開発は楽しいけど……。
「術式の開発や魔法の使用は楽しいです」
「クラスは?」
クラス? 風学科にそんなもの無いよ。
あったとしても、居るの僕だけだし。
「無いですし、どうでもいいです」
「ほう、何故だ?」
「だって、風学科のメリットである「縛られない」が守られなくなります。それに……」
「それに?」
「わざわざ、出てこない人の事を心配する必要はないです」
「そうだな……出てこない奴はそもそも他人。面識もないか……」
「はい。別に、関わるつもりもありません」
「そうだな……置いていくしかないのも、また現実か……」
「え?」
何を当たり前のことを言ってるんだろう?
それに、出てこないのは自己責任じゃないのかな……?
「……いや、なんでもない。それより、授業はどうするつもりだ?」
「はい。一度、各々の先生方に話をしてみることも考えました。その上でお願いします」
「なんだ?」
「先生の講義を受けさせてください」
もし駄目なら、この人の授業は勉強不可能かもしれない。
仕掛けた物まで見抜かれたし……。
「……何故だ? 俺は、闇魔法教師だぞ? それでもか?」
「それでもです。授業全てを受けさせてくださいとは言えません。僕には闇魔法関連の授業を受けても、闇魔法を使うことは出来ません」
「そうだな。お前には、闇の水晶に触れさせていない。いくら聞いても無駄だろう。仮に知識になっても、使うことは不可能だ」
「ですが、先生の講義の内容が全て闇魔法だけで固められているということはないですよね?」
「ああ、魔法術式構成分野の教師だからな」
「魔法術式構成分野だけで構いません。お願いします!」
「そうだな……その日、一度盗聴してみろ、それを合図に、受けさせるために動いてやる」
「え? なんで盗聴をするんですか?」
「うちのクラスはプライドの高い奴が多くてな。堂々と他の学科の奴に受講させてやるには、俺が直接動かないといけない」
「は、はい……。ありがとうございます!」
「それと、お前に忠告をしておく」
「はい?」
「土と光は話しても無駄だ。光は盗聴術式を使えば何とかなるが、土は無理だ。いかなる方法を取っても、あの頑固教師には通用しない。奴は、風の魔力に対するセンサーだからな」
「……やっぱり土は無理なんですね。でも、諦めないでやってみます! 盗聴術式を改良してみれば……」
「恐らくすぐに気づかれるだろう。気づかれたらすぐに逃げるんだ」
「はい、そうします。ありがとうございました。……えっと……」
「クライズだ」
「クライズ先生、色々ありがとうございます」
「何、気にするな。俺はやる気のある人間には誰でも授業を受けさせる性分だ。それと、ほら」
「あ、ありがとうございます」
よかった。これが先生に壊されたらまた術式を組みなおさないといけなかったよ。
「それは、もうちょっと小型化できるだろう、それと、形を自由に変えられるようにしてみれば面白くなりそうだな。色は……今のお前では無理だな」
「ええと、はい。頑張ってより見つけにくく改良してみます」
「その意気だ。……さて、そろそろ向こうに戻らねえとな」
あ、そういえばそうだった。今他のクラスはオリエンテーションでどこかに行ってるんだ。
「じゃあな。一週間後にお前が俺の授業を聞きに来たら、受けさせてやる」
「あ、はい! お願いします!」
そう言うとクライズ先生は闇の中に消えていった。
さてと、さっそく改良してみないと。
クライズ先生でも気づけない……ってのは無理でも、あの光学科の先生くらいは出しぬきたい。
ーーーー
「うーん……術式の改良か……」
あの後、すぐに部屋に戻って考え事をしていた。
課題はもちろん、この盗聴型集音術式。
「小さくするのは……どこまでできるのかな? とりあえず、組みなおしてから小さくしていくか……」
コピーもあるし、小さくするくらいは楽勝だと思ってた。でも
「う……これ以上無理か」
爪の先程度。それが現状での限界だった。
これ以上小さくすると機能が少なくなって上手く集音できなかったり、録音できなくなったり……って、そうだ!
録音術式を別に作って、録音機能をこちらに入れるのをやめれば……!
「機能を落として、もう一度小型化を……!」
先ほどより微かに小さくなる。
けれど、それ以上は録音距離や伝達に支障が出るため、小型化は出来なかった。
でも、ここまで小さく出来れば‥‥!
「最初の状態に比べたら、大分進歩したはず、だよね?」
さらに、形も変形できるように改良した。これで、机の隙間に潜り込ませたりすれば……!
「半分反則だけど、授業が受けられるよね。これで……」
そう、当初の目的は達成できたのだ。
しかも、クライズ先生は魔法術式の授業の受講許可もくれた。
「後は……土以外にはこれを仕込むか話をするか、だよね」
でも、今は全員居ないし、どうしようもないか。……本でも読もう。
「……え? 風魔法の物質化? 何それ? こんなのあったの?」
そう、なんとなく手に取った本は、風魔法の技術の1つで、空気を固めて物質化するらしい。
まさか、これで机、椅子を作ってくださいっていうんじゃ……。
でも、それなら、今の状況が納得いくかも……。
「……この本の通りにやってみても、いいかもしれない」
今は魔力切れ寸前だけど、回復したら、やってみよう。
上手くいけば、本棚も作れるかも。
明日の予定を立てて、今日はのんびり散歩しよう。
ーーーー
というわけで、校舎の探検をしようとしたけど、余りに広すぎて移動が大変だよ。
教室が大きいのもあるけど、それに合わせて廊下も異常に長いんだもん。
校舎二階の通路の1つを端から端まで歩くだけでばてた。長すぎる……。
「はあ……しんどい。長すぎる……」
廊下がこんなに長いなんて。廊下だけで数キロあるんじゃない?
当分校舎エリアの探検は無理かも……。今日は諦めて食堂に帰ろう……。
指摘通り、本当にレイの独り言ばっかりですね。特に前半。オリエンテーションの時期が終わるまでは他の生徒が全く居ないので、仕方ないんです。この時期の独り言は大目に見てあげてください……。