8.気持ちを込めて
昨日の雨が嘘のように、今日は気持ち良く晴れている。
青く澄んだ空に雲はない。穏やかな春の風が木々を揺らし、葉擦れの音を奏でていた。
薄く開かれた窓からはその音と、薔薇の香りが風に乗って入り込んでくる。
過ごしやすい春の日だった。
そんな気持ちのよい風を感じながら、わたしはレオシス様の膝の上に座っていた。横抱きにされる形で、背中にはレオシス様の腕が回っている。
ここはローヴァイン公爵家のサロンだ。私的な空間とはいえ恥ずかしい体勢ではある。だけどこれはもういつもの事だから、誰も口を挟まない。
扉は少し開けられていて、廊下には侍女が控えているけれどサロンの中にはわたしとレオシス様しかいなかった。
「それで……パウラさん達はどうなったの?」
「パウラ嬢は神殿で暮らす事になった。希少な聖属性だという事を差し引いても、彼女を引き取るデメリットの方が多いからね。うち以外に名乗りを上げる家もないし、陛下も納得したそうだよ」
「では学院も退学?」
「そう。もう彼女に煩わされる事はないよ。エミリアとゆっくり過ごせそうで、俺は嬉しい」
そう言いながらレオシス様はわたしの事をぎゅうぎゅうに抱き締める。甘えるような様子にわたしは笑みを零しながら、ピンク色の髪に触れてそっと撫でた。
少し固めの髪を乱すのが好きだ。こうやって触れられるのは、わたしだけだもの。応えるようにレオシス様は、わたしの髪に飾られたピンクトパーズの花を指でなぞる。
「スヴェン殿下は離宮で謹慎。婚約も解消された」
「あら、婚約解消も随分と早かったわね」
「公爵令嬢が婚約解消に向けて動いていたのは知っているだろ?」
「ええ。でもこんなに早く承認されると思っていなかったから。第二王子殿下に今まで婚約者はいなかったけれど、もしかしてそちらも決まった?」
「その通り」
スヴェン殿下の婚約者だった公爵令嬢は第二王子と婚約を結んだのか。
でもきっとそれが最適だったのだろうと思う。
「側近候補のあいつらもそれぞれ、生家から何かしらの処罰を受けている。婚約を破棄された奴もいるらしい」
「それも当然でしょうね。婚約者が自分ではない他の女性に想いを傾けているなんて、許せないもの」
「エミリアも?」
「わたし?」
「そう。君も許せなかった?」
わたしの頬を指でなぞりながら、レオシス様はそんな事を口にする。薄い唇に笑みを乗せた、悪戯な表情で。
わたしは大袈裟に溜息をついてから、頬に触れるレオシス様の指を掴んだ。
「わたしは他の女性に想いを傾けたら許せない、って言ったのよ。レオ様の心は全てわたしの元にあるのだから、許す許さないの話じゃないわ。前提が違うの」
「ふは、それもそうか」
わたしがそう答えるのを分かっていたはずなのに、レオシス様は嬉しそうに笑う。
「君が俺の愛を疑う人じゃなくて良かったよ」
「疑う隙もないほどに、わたしの事を愛してるって顔をしているもの」
「あー……ほんっと、可愛い。これからも俺の愛を疑わないでね。エミリアが俺から離れたら、もうこの世界に意味なんてないんだ」
レオシス様からの気持ちを疑った事なんてない。
琥珀の瞳も眼差しも、触れてくれる熱も、速まる鼓動も、何もかもがわたしの事を愛していると伝えてくれるから。
そしてレオシス様はわたしの気持ちも全て受け入れてくれる。だからわたしも安心して、心のままに愛を囁けるのだ。
わたしは顔を近付けて、レオシス様に触れるだけの口付けをした。
嬉しそうに笑う彼が、またきつく抱き締めてくれる。苦しいけれど嬉しいなんて、もうどうにかなっているのかもしれない。
「レオ様が世界に絶望して死んでしまうというなら、一緒に死んでもいいと思うくらいに愛してるわ」
「……俺の事、本当に好きだよね」
「お互い様でしょう」
「確かに」
レオシス様は啄むように口付けを降らせてくるから、それが少し擽ったい。
彼の首に両腕を回すと、それを合図としたように口付けが深くなった。
「……あーもう、好き。大好き」
「知ってるわ。意地悪な事を言ってしまうわたしも好きでしょ?」
「もちろん。でもその意地悪だって可愛いものだよ。綺麗なのも可愛いのも、それを維持するのに努力している所も。いつも真っ直ぐ在ろうとする所、自分が嫌いなものでも理解しようとする所、自分に厳しくあろうとする所も本当に可愛い。甘いものを食べて綻ぶ顔も、眠たくなると口が回らなくなる所も、俺の事が大好きな所も……本当に全部愛してるよ」
吐息の重なる距離で、少し掠れた声でそんな事を言われたら、恥ずかしいけれど嬉しいに決まってる。
伝えたい気持ちが言葉に乗る気がしない。こんな睦言を言われて、それ以上の言葉を今は返せないもの。
だから、今度はわたしから口付けた。
愛していると気持ちを込めて。




