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8.異民族の村


 視察の日程は五日間。


 二日目からは村の視察に入り、街道沿いの村から一日に数ヶ所ずつ回って行った。


 この領地では特産品である小麦や酪農が盛んだ。

 だが、他にもビーツやジャガイモなど様々な作物が育てられている。

 小麦の種まきは終わっていたものの、他の作物の植え付けと牛の出産時期が重なり、どの村も慌ただしかった。


 初めは私を前に緊張していた村人たちも、話していくうちに少しずつ心を開いてくれた。


 このまま最終日まで予定通りに進むはずだった。


 ところが——。


 「申し訳ありません、奥様。最終日だというのにお供ができず」


 最終日、メイサは館の業務に入ることになった。

 急病で欠員が出て、勝手がわかるメイサが応援に呼ばれたのだ。


 「いいのよ。気にしないで」


 メイサの代わりに、いつも身支度を手伝ってくれる別の侍女が同行することになった。

 さらに——。


 「領官長は急な別件ができまして、私がご案内いたします」


 そう言って、領官長の補佐役が頭を下げた。

 メイサだけでなく領官長まで。

 突然の人員変更に少し不安を覚えたが、代理を務める彼らも十分優秀だ。 


 ——そうよ。今まで通りやれば大丈夫。


 「奥様、よろしいでしょうか」


 出発直前。変わらず同行する副団長が、私に声をかけた。


 「最終日は、こちらの者も同行させて頂きます」


 副団長が伴ってきたのは、彼とそう歳の変わらない騎士だった。その騎士の顔を見た私は、あっと声を上げる。


 「あなたは、王都からこちらの道中に護衛をしてくださった方ですね」


 そう言うと、騎士は一瞬驚いたようにこちらを見た。

 けれども、すぐに表情を引き締める。


 「覚えていただき光栄です。王都からの道中、護衛を務めさせていただきました、ラウル・プラドです」


 護衛騎士——プラド卿がそう言って騎士の礼をとる。


 「彼は最後に視察予定の村の出身者です。……奥様は、その村についてはご存知ですか?」


 副団長がわずかに声をひそめた。


 「ええ。家令のサイモンから少し……」


 前日に、村についてサイモンから説明を受けている。


 「さようでございますか。その村へ向かうにあたり、プラドがいれば心強いだろうとの、大旦那様と騎士団長のご判断です」


 おじい様が……。

 その心遣いに報いるためにも視察をやり遂げないと。


 私は改めて気を引き締めた。



******



 最終日に近づくにつれて、視察する村は次第に隣国との国境へと近づいていく。


 最後に訪れたこの村も、川を挟んだ森の向こうには休戦中の帝国との境がある。

 森越しに見えるのは、辺境伯領側の砦だという。


 直前に視察した村からの移動に手間取り、予定より一時間遅く到着した私たちを迎えたのは、気難しそうな老人だった。


 「村長、お待たせいたしました」


 担当の領官が老人に駆け寄る。どうやら彼が村長のようだ。

 村長はじろりと私たちを一瞥する。


 「ふん。異民族の村など、どれだけ待たせてもよいというわけか」


 「そ、そんな事は……」


 村長の嫌味に、領官がオロオロとしながら汗を拭う。


 「はじめまして。アンジェリーナ・ブラッドレイです。本日はよろしくお願いいたします」


 村長に歩み寄り挨拶をすると、村長はじろじろと値踏みするような視線で私を見る。


 「あの……?」


 「ふん。あんたが領主夫人か」


 村長が私を鋭く睨みつけた。


 「わしは村長のロウ・プラドだ」


 プラド?

 プラド卿と同じ姓だわ。

 そう思って彼の方を見ると、


 「……父です」


 苦笑を浮かべながら頷いた。

 プラド卿の言葉に、村長の表情がますます険しくなる。


 「父だと?この村を捨て、騎士団などに入ったお前に父などと呼ばれとうないわ!」


 「捨てたわけじゃない!俺は、この村を、領地を守りたくて——」


 プラド卿の言葉を村長は嘲笑った。


 「はっ!村出身のお前を騎士にしたのはな、戦になったらお前を切り捨てる為だ!」


 「違う!領主様達はこの村のことも考えて下さってる!現に、こうして奥様が視察にいらっしゃったじゃないか!」


 「視察だと?都から来たばかりの小娘に何ができるっていうんだ」


 「おい!!奥様に失礼だぞ!」


 「いいのよ、プラド卿」


 「しかし」


 プラド卿を制して、私は村長を見つめる。


 「たしかに、私はまだこの領地やあなた達の事をよく知らない小娘です。でも、あなた達がここを良い場所だと思えるよう努力します」


 そう言うと、村長は私をしばらく睨みつけていたが、


 「……ふん。着いてきな」


 顎をしゃくると、さっさと歩き始めた。


 「奥様を置いて先に行くな!」


 村長の背に向かってプラド卿が怒鳴りつける。

 すると、すぐ後ろでネイルズ副団長が咳払いをした。


 「……プラド卿。今は視察中だ。私的な物言いは慎しみたまえ」


 プラド卿は何か言いたげに副団長を睨みつけた。

 けれど、ゆっくりと息を吐くと私に向き直って頭を下げた。


 「奥様、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません。父——いえ、村長と同世代の者は、領主ご一家を良く思ってないのです」


 「ええ。その事はサイモンから聞いているから大丈夫よ」


 私はそう言って頷く。


 ——五十五年前、おじい様の父君がご当主だった頃に隣国が攻めてきた。


 その時、まだ移住間もない異民族という理由で、この村の多くの男性が危険な前線に送られ、亡くなった。

 村にいる高齢者の多くは、その時に父や兄を亡くした者なのだ、と。


 彼らはその時のことを恨んでいる。

 それは無理もないことだった。


 その後の視察では、村長以外に対応する村人は、プラド卿と同じか少し上の世代ばかりだった。

 その人たちはプラド卿達と親しげに話し、私に対しても好意的に接してくれる。


 高齢の村人達はというと、やはり家の中や物陰からこちらを睨みつけていた。

 声を掛けようとすると、目を逸らして姿を隠してしまう。


 あの方たちと打ち解けるのは、時間がかかりそうね……。


 彼らの心の傷にどう寄り添えばいいかわからず、私は胸の奥が苦しくなった。




次回更新は

6月6日(土) 20時です。


※10話まで毎日更新です

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