お留守番
「じゃあ行ってくるね、ロミナ。すぐ帰ってくるからね、絶対に危ないことはしないで。時々俺のことも思い出して」
「私は大丈夫ですから! オルランド様もどうかお気をつけて」
翌朝、オルランド様は任務へと旅立った。
発つ直前、猫をこれでもかと撫で回した彼からは「行きたくない」という気持ちがひしひしと伝わってきた。なんとなく、本当に“すぐ”帰ってきてしまいそうな気がする。
(でも、そうはいかないわよね)
今回の任務は、王都からそれほど遠くないセリュネの森付近。森の洞窟に住み着いた魔物の討伐であるらしい。オルランド様のような魔術師の他にも、騎士達を含めたチームで臨むのだという。
しかし遠くないといっても、王都から洞窟まで行って帰るだけで二、三日はかかってしまう。さらに討伐を完遂するとなると、最低でも一週間はかかるだろう。
(しばらく、オルランド様にはお会いできないのね……)
不思議なもので、いざ会えなくなると思うと少しだけ心細くなった。あんなにオルランド様の前から逃げてしまいたかったのに。
彼のいないお屋敷で、このままお世話になり続けていいのだろうかという不安が私を襲った。当たり前だけれど、どこか遠慮が抜けきらない自分がいるのだ。誰も口には出さないけれど、猫がいるなんて迷惑なんじゃ……とも考えてしまう。
「寂しいですか?」
メイドのシェリーさんは、その様子をうしろで見ていた。彼女なりに気遣ってくれているようで、隣にスっと屈んでくれる。
「寂しいというか……ちょっと心細くて」
「なら、今日は私とボードゲームでもしませんか?」
「え? シェリーさんと?」
「こう見えて私、得意なんです。チェスも、カードゲームも」
突然のお誘いに、少しだけ驚いた。けれど、確かに表情が読めない分、シェリーさんは有利だ。これまでずっとひとり勝ちしてきたに違いない。
「……シェリーさん、すっごく強そう」
「ふふ、負けませんよ」
こうして、この日私はメイド達とカードゲームをして過ごした。
同じ絵柄を揃えればあがり、という単純なものだったけれど、宣言通りシェリーさんはとんでもなく強くて、誰ひとりとして彼女に勝てず……それでも、笑いの絶えないひとときを過ごした。
そして夜は、誘われるがままにシェリーさんのお部屋で一緒に眠った。
ランプの明かりに灯される部屋、シェリーさんのあどけない寝顔、規則正しい寝息。
気付けば、あの心細さはいつの間にか消えていた。
「おはようございます、ロミナ様」
「ロミナ様、今日はいいお天気ですね」
翌朝から、私に声をかけてくれる人が増えた。昨日メイド達とカードゲームをしたおかげだろうか。なんとなく、皆との距離が縮まったような気がする。
今朝のお魚なんて、シェリーさんだけでなくメイド達が競い合うように食べさせてくれた。
どうやらみんな猫が好きらしい。メイドだけでなく、厨房からも料理人達が食事の様子を覗きにやって来た。
もう、このまま猫でいたほうが世の中に貢献できるんじゃないかと思うほど、このお屋敷には猫の需要があり過ぎる。オルランド様を筆頭に。
(食事面の心配は無さそう……複雑だけど、ちょっと安心だわ)
「シェリーさん、ありがとう」
「え?」
「みんなと仲良くなれたのは、シェリーさんのおかげです」
私はシェリーさんに向き合い、深々と頭を下げた。気遣って声をかけてくれた彼女には、感謝してもしきれない。
「いえ、そんな……皆ロミナ様のことは気にかかっていたのですが、なにせここにいらっしゃったのは訳アリでしょう? なかなか声を掛けにくかったみたいで、きっかけが欲しかったのです」
「確かに訳アリですよね。猫にされた女なんて」
二人でうんうんと頷いた。
私なんて訳アリ以外の何者でもない。皆の気持ちは痛いほど分かる。気まずくて声を掛けられなくても仕方がない。
「オルランド様から『大切な人だからよろしく頼む』と紹介された時は驚きましたけど……今は皆、ロミナ様のことを歓迎しておりますよ。ずっといて欲しいくらいです」
そう言って、シェリーさんは微かに微笑んでくれた。
「シェリーさん……!!」
「ほら、ロミナ様ってこんなに可愛らしいでしょう。昨日だって皆に羨ましがられたんですよ。一緒に寝るって言ったら『シェリーばっかりずるい』って」
「皆さん、本当に猫がお好きなのですね」
「ロミナ様だからですよ。オルランド様のお客様とはいえ、可愛げのない猫なんて誰も好きになりません」
シェリーさんの優しい言葉ひとつひとつが、胸にじーんと沁みてくる。つい先日まで不幸のどん底にいた女が、突然こんなにも幸せになっていいのだろうか。
「幸せ過ぎて怖い……私、この間まで世界の終わりみたいな気持ちだったのに」
「良いのです。浮気した婚約者なんてこちらから捨ててしまいましょう! そして人間に戻った暁には、どうかオルランド様とご婚約なさって下さいませ」
「そんな、無茶言わないで下さいよ!」
「いえ、無茶でもないと思うのですが……」
そうだ、忘れてはならなかった。
猫として可愛がられすっかり忘れていたけれど……私は人間。元に戻れば、浮気に婚約解消に卒業試験の失敗。何も解決していない。
(でも、せめて猫の間だけはシェリーさん達との時間を大切にしたいな)
思わずシェリーさんの足元に擦り寄ると、彼女もよしよしと撫でてくれる。私はその優しさを噛みしめながら、束の間の心地良さに身を委ねたのだった。




