19 シレの自分探し(2)
長い間、投稿できず、失礼しました
また、ちょこちょこ更新していきます
「自分の能力とスキルを考える、過去を理解する。あとは、人生の意味と目的を求める、だって」
自分探しとは何をすればいいのか。
真桜の指示に従うことにしたはいいものの、具体的な案が出てこなかったため、とりあえず2人でネットで調べてみることにした。
電子の海に潜ること数分、心理学者という人が書いている記事から、カウンセラーのブログまで様々なサイトがみつかった。
どこまで信憑性があるかは怪しいところだが、ヒントにはなる。
「とりあえず、ここらへんに載ってることを片っ端からやってみるか。って思ったけど、もうこんな時間か」
ふと部屋の壁を見上げると、時計の針が6時30分を示していた。
普段、夜月家では7時30分頃に夕飯を食べることが多い。
そのため、香奈太はまだしばらくは自由に時間を使えるが、柊は家に帰る時間もある。
あまり遅くなるのも良くないだろう。
「シレくんはまだ時間大丈夫?」
「……だいじょうぶ」
「何時くらいまでならいれる?」
「……誰も家にいないから、何時でも、いい」
「あれ、一人暮らしだっけ?」
「……両親とも帰って来ないだけ」
呟いたその言葉は、柊には珍しく硬質な響きを含んでいた気がして、思わず顔を上げて柊を見る。
しかし、柊は相変わらずどこかぼーっとした眼差しでスマホを見ており、表情に違和感は感じられなかった。
気のせいだったか、と思い直し再び香奈太もスマホに目線を落とした。
「ふーん。なら、どっちみち家着くのが遅くなりそうだし、夕飯うちで食べてく?今なら、まだ間に合うと思うけど」
「…………いいの?」
「買い出しには行くことになるかもだけど、それでもいいなら」
「……食べたい」
「わかった。じゃあ、父さんに伝えてくる」
香奈太が部屋を出ようとすると、柊も黙って立ち上がり着いてきた。
ふたりで1階に降りてキッチンを覗くと、ちょうど徹が料理を始めようとしているところだった。
「父さん、シレくんも夕飯一緒に食べてもいい?家に人がいないらしくて」
「そうなの?もちろんいいよ」
突然の事ではあったが、徹は笑顔で快諾してくれた。
なんなら、徹は人に料理を振る舞うのが好きなので、嬉しそうですらある。
そんな徹に頭を下げている柊を横目に、キッチンの台に出してある食材を指さして尋ねる。
「なんか足りないものある?あるなら買いに行くけど」
「うーん、一人当たりの量が少なくなるから、もう一品おかずを足そうかな。ひき肉とほうれん草、あと揚げ豆腐も買ってきてくれる?」
「ん、了解」
キッチンを出て、財布と携帯を取りに一度部屋に戻る。
すぐに部屋を出ようとした時、ふと鏡に映る柊の姿が目に入った。
「シレくん、そのまま出かけるつもり?」
柊の今の格好は、白いシャツとグレーのゆったりしたノースリーブのパーカーの重ね着に、明るめの青のスキニジーンズ。
シンプルながら、しっかりバランスの考えられた着こなしだ。
髪もしっかりセットされており、あげられた前髪が爽やかな印象を与えている。
うっすらとされたメイクも全体の完成度に一役買っていた。
「……仕事のままだけど。ダメ?」
「いや、似合ってはいるけど。ちょっと"柊シレ"すぎる」
柊がここに来る前にしていた仕事とは、ドラマの撮影。
そのまま来たということは、今の柊はテレビの中の人そのものなのだ。
いくら演技をしている時とは雰囲気が違うとはいえ、俳優の柊シレを知っている人なら、すぐに本人だと確信するだろう。
芸能科のある高校が近い場所なので、それほど騒ぐ人はいないかもしれないが、制服を着ていない以上、学校のルールはあまり当てにならない。
何より、隣にいるもう1人は誰なのかと注目されて、知り合いにバレるのが香奈太は嫌だった。
「ちょっと待って」
香奈太は柊に一言告げると、おもむろにクローゼットに入って棚をあさり出した。
帽子やスカーフをいくつも出しては仕舞っていく。
「んー、これだと冬っぽすぎるし。こっちは色味が合わない。でも、顔を隠せないと意味ないし。……あ、これいいじゃん」
「……カナタ?」
「シレくん、これ被ってみて」
香奈太が差し出したのは、ベージュの帽子。
キャップとクロッシェの間のような変わった形をしている。
柊が受け取ってよく見てみると、一周あるつばとゆとりのある上部が一箇所だけくっついていることで空間が生まれ、元が釣鐘型でありながらキャップに近いシルエットを作っているのがわかった。
「それなら顔の上半分は影になってよく見えなくなるから、簡単にはバレないはず」
香奈太に促されて、そっと帽子を被る柊。
顔が隠れるよう少し角度を調節して、ようやく二人は近くのスーパーに出かけた。
なんとか柊シレとバレることも、知り合いに出会うこともなく買い物を終わらせて、徹に食材を渡すことができた。
別に荷物も重くないし、柊を家に置いて行けばよかったのでは、と香奈太が気づいたのは夕飯を全員で食べ終わった後だった。
「結局、咲のゲームに付き合わされたせいで、話が進まなかったね。ごめん」
「……楽しかった」
「そう?なら良いけど。確か、明日レッスン一緒だったよね。その後、またカメラ対策について話そうか」
帰り道、街灯がぽつぽつと灯る夜道を二人で歩く。
前回ので道は覚えたとは思うが、日が暮れてるのと柊のぼーっとした雰囲気に心配になって、駅まで香奈太が送っていくことにしたのだ。
柊は元々口数が少ないし、香奈太も沈黙が気にならない人種なため、自然と道中の会話はほとんどないまま、駅前に着いた。
「じゃあ、また明日。おやすみ」
「……うん」
***
ガチャリと鍵を回してドアを開けると、いつも通りの静かな部屋が柊を出迎えた。
まっすぐ自分の部屋に向かい、荷物を置いたら、洗面所で手を洗う。
いつもと変わらない流れのはずなのに、自分が出す音しか存在しない静寂が、今日はやけに気になった。
(なんでだろう?……まあいっか)
手を拭いた後、なんとなく自分の部屋に戻る気にならなくて、リビングのソファーに膝を抱えて座る。
一人きりの薄暗い部屋の中、微動だにせず時計が進む音に耳を傾けていると、ポケットに入れたスマホが震えた。
取り出して見てみると、香奈太から家に着いたのか確認のメッセージが来ていた。
(……カナタ。不思議な子。めんどくさそうな表情をするのに、人のための行動を当然のようにする)
プロデューサーの息子だが、きっかけは高岡と五十嵐が偶々スカウトしたことだと聞いた。
元々アイドルに憧れていたわけでもなく、目立つのが特別好きなわけでもなさそうなのに、香奈太はなぜか指示された以上のことを自分からやっている。
ランニング然り、このメッセージ然り。
幼いころから、蹴落としあいやなすりつけあい、最低限しかやらない人を芸能界で見てきた柊からすると、香奈太は不思議な存在だった。
(『家にはもう着いたよ』と。そういえば、もらった帽子のおかげか、帰りはあんま人に見られなかったな)
買い物に行く前、急に自分の世界に入ったのには驚いたが、満足げな雰囲気で帽子を押し付けてきたのは少し面白かった。
これまで、人から見られたり、勝手に撮られたりするのをなんとも思っていなかったが、誰にも見られない帰り道の空気は少し軽かった気がする。
再び震えたスマホを見ると、香奈太からの返信が来ていた。
駅前での会話が脳裏に浮かぶ。
一言だけ返事を送って、ソファーから立ち上がった。
(この言葉を最後に聞いたのはいつだったっけ。……まあいっか)
もう、静寂は気にならなかった。
『おやすみ』
この度は作品を呼んで頂きありがとうございます。
何かしら反応を貰えると、作者が喜びやる気が出ます(*^^*)




