266話 海外勢のクレーム
放出した食料を調理するために、しばらくの間探索は休みとなった。
最近の日課になりつつある食べ歩きから帰ってきた俺は、受付の前で叫び散らしている集団を発見する。
武装しているその集団は迷惑そうに見ている周囲を威圧するように、中指を立てて威嚇していた。
『早く新宿ダンジョンを探索させろ! 何のために来ていると思ってんだ』
『ダンジョンの探索許可を与えることはできません。条例がありますから』
受付にいた如月はそれだけ告げると、話は終わりだと言い放つ。
だが、お相手は引き下がる様子はなく、受付の前を陣取っていた。
「面倒なことになったねえ」
近くにいた女性が嘆息を漏らす。
その声に顔を向けると、パーマをかけている年配の女性――ギルドの食堂で働いている料理人が、嫌そうな表情を浮かべて立っていた。
「もしかしてあいつらは海外勢か?」
「うん? おお、レオくんじゃない。最近酷いもんでさ、あんなのがひっきりなしにくるから、受付の業務も圧迫しているみたいなんだ。それに加えて全員が全員、外国語が堪能ってわけじゃないから、シフトを組むの大変だって如月ちゃんが言ってたわよ」
そう言われると、受付でやり取りをしている者たちも、どこか疲れているように見える。
先日如月から「レオさん、警備員の仕事に興味はありますか」と声をかけられたことがあり、その時は冗談だと思って流したのだが、もしかするとあれは本気の頼みだったんだろうか?
「力尽くで帰ってもらうのは駄目なのか?」
「できなくはないんだろうけど、探索者が海外のダンジョンに潜ることってのは、普通にあることだからねえ。塩梅が難しいんだと思うよ」
「大変そうだな」
「全くだよ。最近じゃあご飯食べに来てくれる子も減っちまってる。早く落ち着かないもんかねえ……」
たまたま時間が合わないからと思っていたが、実際にギルドに寄りつく人が減っているらしい。
新宿ダンジョンにショップができた時のように、上位の探索者が無理やり勧誘してくることを危惧しているのかもしれないが……
そうやって二人で話していると、かなり年配の女性が声をかけてきた。
「美和子ちゃん、おはようさん。もう帰るところかい?」
「あらふみさん。おはよう。今日は私も旦那も夜勤明けだから、一緒に帰ろうと思って」
料理人の女性、美和子が返答すると、ふみと呼ばれた老婆はにんまりと笑う。
「そうかい、そうかい。仲良さそうで何よりだ。じゃあ旦那がくるまでちょっと聞いとくれ。ここにくる途中でね、子供が海外の探索者に絡まれてたのよ」
老婆は間髪を入れずに洪水のように話し始める。
話を聞き終えた美和子は表情を歪めた。
「そんなことがあったんだ……。警察とかには連絡したの?」
「警察は早い段階で来てたよ。最近柄の悪い輩が多いから、警戒してたみたいだ。本当物騒な世の中になってきたね。あの金髪の可愛い女の子も可哀想に……」
「ちょっと待ってくれ。絡まれてるやつは金髪の女だったのか?」
二人の会話を黙って聞いていたが、見覚えのある容姿が出てきて思わず口を挟んでしまった。
最初に俺と話していた美和子も、同じ人物を思い浮かべたのか、眉根を寄せる。
昨日聞いた話では紬は鏡花の部屋で一泊し、今日の朝帰宅すると言っていたが……。
老婆は声をかけられて驚いたようだったが、俺の顔を見て目を丸くする。
「あんた見覚えが……確か有名な探索者じゃなかったかい? うちの孫が見せてくれた人に似てるわね」
「そんなことはいいから教えてほしい。絡まれていたのは俺のパーティーメンバーかもしれないんだ」
「そんなこと言ったって、私は最近ここで働き始めたから、まだ出入りする人の名前覚えられてないのよ」
「レオくん、多分ふみさんは紬ちゃんと面識ないと思う。だから写真とかあればそれでわかるかも」
美和子の言葉に俺は携帯を取り出して待ち受け画面を見せた。
そこには俺たちパーティーメンバーと、鏡花が一緒に映った写真が表示されている。
俺の右隣にいる紬の顔を指差すと。
「そう! この子、この子。改めて見るとすごい美人さんね。日本人なのかしら?」
「ふみさんそれはいいの。どこで絡まれてたの? 紬ちゃんは無事⁉︎」
「他の人がいっぱいいたから、手は出されてないわよ。絡まれてすぐに警察が飛んできたのを見てるから、注意されて終わりじゃないかしら」
美和子が焦ったよう聞き返すが、怪我どころか手は出されていなかったと老婆が答える。
「レオさん、ちょうど紬ちゃんから連絡入ってる」
「何? 見てみる」
俺の携帯を見た美和子がそう口にすると、確かに紬からメールが入っていた。
内容を確認すると[きょうはいっぱいりょうりつくったから、たのしみにしててね]とだけ書かれている。
「……大丈夫そうだ。でも後で一回電話してみる」
「そうするといいわ。じゃあ私は夫が迎えにきたからそろそろ帰るわね」
美和子がそう言うと、入り口の横で立っている一人の男の方に歩いていく。
「じゃあ私もそろそろ仕事に行ってくるよ。にいちゃんも達者でね。今度会った時にサインもらうかもしれんでな」
ふみは俺の肩をぽんぽんと叩くと、笑いながら去っていった。
俺は受付でまだ声を荒らげている集団を見ながら考える。
他人の喧嘩に首を突っ込むつもりはないが、それが仲間に向くのであれば話は別だ。
紬はまだまだ発展途上。
降りかかる火の粉を払いきれないかもしれない。
……何かいい対策はあるものか。
『順番とかどうでもいいから早く許可を出せって言ってんだよ! こっちはわざわざ高い金払ってここまで来てるんだぞ! 俺たちは戦いに飢えてんだ』
受付と揉めていた紫髪の男の言葉に、俺は解決の糸口が見つかった気がした。
「それはいいことを教えてくれた。剣を振るしかできない至らぬ身だが、俺がお前らの相手をしてやろう。なあに、大丈夫だ。金は取らない。高い金を払って日本まできたんだろ?」
無表情で対応していた如月の表情が歪んでいるように見えるのは、多分俺の気のせいだろう。




