263話 団長との約束
両断されたパペットモンスターが地面に倒れた直後、俺の背後から真っ白な手袋をした巨大な両手が地面を突き破って現れた。
巨大な手のひらはお互いに近づいていくと、合掌しているような形に変化する。
まだ戦う必要があるのかと思い、聖剣を握り直した俺を見て、二人が説明を始めた。
「終わったから大丈夫よ。ほら、その証拠に、あなたの姿も元に戻ってるでしょ?」
「あれは帰還用の扉だよ。最後はあそこを通って戻るんだ」
二人の説明を聞いて、身体強化を維持したまま警戒を少し緩める。
出現した手のひらを眺めていると、ぴたりと合わさった手のひらがゆっくりと回転し、横向きで静止した。
合わせられた手の中心に細い裂け目が走ると、中から細かな光が漏れ出してくる。
「これで一件落着ね。無事に終わったからよかったわ」
「そうだね。僕もお腹空いちゃった。早く戻って休憩したいな」
理沙はなんでもないように俺の肩を優しく叩き、紬はお腹をさすりながら扉へと向かう。
「……何も、聞かないのか?」
「あなたは話したいの? そうならいくらでも付き合ってあげるけど、今は違うでしょ? 顔に出てるわよ」
「……すまん」
「レオさん、僕たちは一足先に帰ってご飯食べてるから、ゆっくりここで休憩してから戻ってきてね。もうここにいても魔力を吸収されることはないから」
二人はそれだけ伝えると、出現した手のひらに触れる。
すると中心に出来た裂け目から、外開きに開いていった。
扉の先には俺たちがいた階層である、五十階層の風景が広がっている。
二人が扉の先へと抜けると、ゆっくりと扉が元に戻った。
辺りがしんと静まりかえる。
残された俺はその場に立ち尽くしていた。
二人は気づいているだろうか――先程の光景に潜む違和感に。
イレギュラーの力は、過去のトラウマに基づいて作用する。
つまり、もし俺があの時点で気絶させられていたのなら、仲間たちの戦いは再現されなかったはずだ。
……そう。俺は気絶などしていなかった。
団長の指示で一芝居うつように命じられ、ことの発端である俺は反論することなく受け入れた。
自分のケツすら自分で拭かずに。
絶対に俺はこの戦いで生き残るべきではなかった。
それが俺の後悔。
たまさか良いところを持っていったとしても、失った命が戻ってくることはなく。
きっと俺は、この想いを一生引きづり続けるのだろう。
もしもあの時、みんなと一緒に死ねていたのなら――
「……何だ?」
俯く俺の胸元から、拳大の光の球体が抜け出る。
やがて光はゆっくりと人の形をとりはじめ、少しずつ鮮明になっていった。
現れた人物を見た瞬間、思わず顔をしかめる。
光が変化したのは――かつての自分の姿だった。
折れた剣を抱え、膝をついたまま呆然とした俺の口から、カタカタと震える歯の音が漏れている。
ちらりと横目で確認するも、横たわるパペットモンスターは動かない。
まだ息の根があったのかもしれないと思い、パペットモンスターに体を向けた時――前方の倒木の影から、くぐもった呻き声が聞こえた。
その声を聞いた瞬間、胸を締め付けられるような痛みが走る。
俺はこの声を知っている。忘れられるはずがない。
目で追うよりも先に、自然と体が声の先へと向かう。
『団長!』
呻き声に反応して、過去の俺も動き出した。
過去の俺は持っていた剣を投げ捨てると、足をもつれさせながら、声の方へ駆け出していった。
俺の幻影が倒木の側で膝をつく。
足元には今にも死に絶えそうな団長の姿があった。
浅い呼吸を繰り返す団長の両足は、膝から下が欠損しており、全身も焼けこげている。
幻影は必死の形相で団長に詰め寄ると、団長の肩に手を置いた。
『何で俺なんかを庇った! 動けなかった俺なんか、放っておけばよかっただろうがっ!』
『クソガキがビビってしょんべんチビらないか心配でな……勝手に体が動いちまった。悪いが拭くものを持ってなくてな。しばらく我慢……ガハッツ!』
こんな姿になってもまだ軽口を叩こうとする団長の口から、赤黒い血痰がこぼれ落ちる。
『確かアスティのテントに上物の回復薬があったはずだ。それを使えば――』
彼女が大金叩いたとはいえ、致命傷を治せるような代物ではない。それでも縋らずにはいられなかった。
団長もそれを知っているのか、短く無駄だと告げる。
団長は幻影の顔を見つめて、小さくため息を漏らす。
そして、ぽつり、ぽつりと今まで話すことのなかった自分のことを話し始めた。
『俺はよう……ガキの頃、勇者になりたかったんだ。あんな見せかけだけの勇者じゃなく、みんなの希望になれるような勇者によ』
誰よりも現実的な人だった。
仲間が死んだとしても、動揺することはなく、常に冷静でい続けたのがこの人で……
そんな団長から『勇者になりたい』なんて子供じみた言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
ポカンと口を開ける俺の幻影を見て、団長はどこか恥ずかしそうに話を続ける。
『そんで、戦って戦って戦って……最後は感情や立場すら全部脱ぎ捨てた、何もないところで果てるんだ。そうだ。俺はそんな景色が見たかったんだよ』
その横顔にはわずかな悔しさが滲んでいた。
『ごめん。俺のせいだ。あの時、俺がオルトの代わりに死んでたら、こんなことには――』
団長は謝罪する幻影の頭に手を置いた。
焦点が合わず、うつろな目で団長は言う。
『だからよう、代わりにお前が見てくんねえか? 俺にできなかったことも、お前ならやれる気がするんだ』
『わかった。やる! やるよ。だから死なないでくれ。お願いだ!』
その言葉に満足したのか、団長は無理やり口角を上げて幻影の頭を乱雑に撫でる。
『なら、それまで死ぬんじゃねえぞ。……俺たちの後を追おうなんて考えるなよ』
目を閉じる団長に、幻影の俺も終わりを悟る。
『何でこんな……俺が、俺が死ななきゃいけなかったのに……』
『ははっ……これ以上ガキを失うなんて、ごめんだね』
ゆっくりと手が落ちる。この時から俺は一人になった。
何度死にたいと思ったのかわからない。
そんな俺を繋ぎ止めていたのは、たった一つ。この時に交わした団長との約束だった。
道半ばで死ねない。せめてもの報いとして、団長が見たかった景色を見てから死のうと……
声を押し殺して泣く幻影を見ながら、俺はもう、動かなくなった団長に声をかける。
「なあ、団長……約束はまだ先になりそうだ。だから少しだけ待っててくれるか? ちゃんとそれまでは頑張って生きるからさ……」
幻影が消え、団長もその後を追うように、体に無数のヒビが入る。
団長の体がポロポロと崩れていき、無機質な砂に変化し、最後は風によってどこかに運ばれていく。
団長がいた場所には、手鏡が一つ、残されていた。




