エピローグ
遅くなって申し訳ありません。
今回で完結です。よろしくお願いします。
もう冬休みが終わる。あっという間だったな。
わたしは、自室から窓の外を見てゆっくりと息を吐く。夏休み明けから今の今までが濃かったと振り返る。
結果的に、真琴はわたしの侍女に戻り、元通りに過ごしている。真実お爺様の件があったので、おいそれと戻ってしまうのはどうか、という話もあったのだが、わたしたっての希望ということもあり、受け入れてもらえた。真実お爺様とのやり取りの中の次期当主としての振る舞いが追い風だったのだが。
そして、真実お爺様は完全に春名家の実権を失って、別邸へと移動になった。分家のことを黙っていたのが、やはり大きかったようだ。移動と春名家当主から言い渡された真実お爺様は荷物や引継ぎのこともあるだろうから、時間がかかるのかと思ったのだけど、二、三日ほどで移動を終わらせてしまった。おそらく、別邸への移動を待っていたのかもしれない。これは完全に予測になってしまうから、本当かどうかはわからない。結果、春名家は完全に、父、母、兄、真琴の四人暮らしとなった。真実お爺様がいなくなったこと、兄・諒との和解もあり、真琴自身も週末は家に帰るようになった。毎日、帰ってもいいのよ、とは伝えたのだけれど、真琴は「いきなり百戻してしまうと、混乱するので」と言って断った。もしかすると、ゆくゆくは毎日帰宅になるかもしれない。
あと、これが一番困っていることだが、諒がわたし付きとなった。父様に付いていたのは仕事を覚えるためで、決して父様付きとして育てていたわけではない、と言われ、いいタイミングだから正式に、と話になった時、目の前が真っ暗になった。
だって、あれを言われた後だよ!? ギャルゲー好き枯れ女には耐性ないよ!?
手の甲に触れた諒の唇の感触。それを思い出すと今でも顔が赤くなる。
「お嬢様、顔が赤いですが、どうかされましたか?」
お茶を入れながら諒が尋ねてくる。ああ、真琴と交代でいるのをぼうっとしていて忘れていた。わたしは気を引き締め直した。
「少し、思い出しておりまして…」
つい先日の貴方の行動のことを、という後に続く言葉は濁しておく。しかし、諒はにこりと笑顔になると、お茶を入れる手を止めてわたしに近づいてきた。
「熱があるのではないですか? ここのところ、冷えますし…」
そう言って、わたしの額に手を当てる。諒の手はひんやりとしていて、暖かい部屋にいるわたしにとって心地よかった。そう思っていると、ずいっと諒の笑顔がそのままわたしの顔に近づいてきた。
「それとも、思い出していただけたのですか? 意識されていると思い上がってしまいますが」
囁くような甘い声に、わたしはまた顔が赤くなるのがわかった。
ほらぁ! もう、こんなんばっかり!!
がたっと座っていた椅子から立ち上がり、後ずさる。当の諒は、にこにこして楽しそうにわたしを見つめている。
「諒! 楽しんでいるでしょ!?」
「お嬢様の反応があまりにも可愛らしくて、つい」
つい、じゃないでしょーー!
わたし付きになってからずっとこんな調子だ。顔を近づけられて甘い言葉を吐かれたり、ちょっとでも怪我をしたらお姫様抱っこされたり、髪の毛を撫でられたりと隙あらば、わたしを攻めてくる。特にあのイケメンの顔を近づけられて、「可愛い」だの「触れたい」だの、年頃の女の子なら喜ぶセリフを言われるのは、枯れ女でもドキドキしてしまう。
「もう、楽しんでいるだけなら本当にやめてって言ってるじゃない!」
高鳴る鼓動を何とか鎮めようとしていると、諒が近づいて言う。
「楽しんでいるのは否定できませんが、私は本気ですので」
諒は笑顔から一転、真剣な顔をして言った。というか、近いです! いつの間に近づいたんですか!?
わたしが想定外の出来事であわあわしていると、扉がばたん、と開いた。
「兄様、交代ですよ!」
入り口には真琴が仁王立ちしていた。救世主だ! と、油断した諒の脇を抜けて真琴の元へ駆ける。
諒が小さく舌打ちした。おおう、怖い。
「なんて間の悪い…。交代まで十分ほど時間があるではないですか」
「お嬢様の意に沿わないことを防ぐのも私の役目です」
時計を見ながら反論する諒に対して、同じ笑顔で真琴は言い返す。真琴、マジ天使!!
わたしは、すすす、と真琴の後ろに隠れた。イケメン過剰摂取は枯れ女には本当にきつい。
「兄なんだから恋路を応援しようとは思わないのですか?」
「兄だから暴走を止めなければなりません」
笑顔の睨み合いをしている二人を見ると、前までならあり得ない姿なので嬉しい気持ちだが、なんせ今の状況は如何せん怖い。二人とも美形だから、笑顔も違った見方をすると怖すぎる。
「お取込み中?」
ひょこ、と出てきたのは主人公だった。真琴と付き合い始めてまだ数週間だが、真琴はとても大事にされていることが分かる。本人は顔を真っ赤にしてあんまり話してくれないけれど、雰囲気は可愛らしすぎる乙女のものだから、上手くいっているのだろう。
「匠様!」
ほら、ぱっと明るくなった。花の咲いた笑顔になったよ。
その様子に、諒はまた舌打ちすると「何の用ですか?」と尋ねる。かなり面倒くさそうな声だ。
「七宮さんに渡したいものがあって…」
そう言って紙袋を掲げて、にこっと笑った。
「私も一緒に選んだのです」
真琴は諒との睨み合いを放棄して、主人公の元へ駆けていった。かなりいい笑顔。
主人公は紙袋をわたしの目の前に差し出した。
「誕生日おめでとう」
そう言われて、今日が誕生日だったと思い出す。年明けてすぐが優樹菜の誕生日だったのだ。
わたしは目の前に差し出された紙袋を手に取った。
「ありがとう」
「開けてみてよ。せっかく真琴さんと選んだんだ。反応も見てみたい」
隣で真琴がこくこくと頷いている。せっかくなのでその場で開封させてもらうことにする。丁寧にラッピングされたプレゼントを慎重に開けようとすると、諒が出てきて開けてくれた。
「これって…」
プレゼントは、ハーバリウムだった。ゲームの世界なら黄色のミモザを贈られるはずだったが、今回は違った。カスミソウと紫の小花のものだ。どちらも小さな花をつけているので、細々とビンの中で咲き誇っているので可愛らしかった。
「カスミソウとスターチスのハーバリウムなんだ。俺は良く分かんなかったけど、真琴さんがこれがいいって」
「カスミソウの花言葉は『感謝』、紫のスターチスの花言葉は『上品』ですが全般的には『変わらぬ心』なので、お嬢様にぴったりかと思いまして」
真琴と主人公を見ると、二人ともとてもいい笑顔だったので、わたしはハーバリウムを手に取り、きゅっと抱きしめた。
「ありがとう、大切にしますね」
こみ上げてくるものを必死にこらえてそう言うと、真琴は満足そうに頷いた。
真琴も含めてみんなが幸せになれてよかった。
ゲームの世界ならば、真琴はこの場から消えてしまっていた。それを阻止することができて本当に良かったと思う。
「真琴」
咳ばらいをしながら諒が言う。なんに事だかわからないわたしは首を傾げていると、真琴はわかっているのか、にこりと笑みを浮かべた。
「兄のお願いですので仕方がないので、少し退室しますね。匠様、あちらに行きましょう?」
そう言って主人公の腕を取って部屋から出ていこうとする。え、さっきの状況から救ってくれるんじゃなかったの!?
真琴を引き留めようと真琴の手を引こうとすると、くるりと真琴をは振り返った。
「貸しを返さねばなりませんので…。兄様、お嬢様に変なことをしないでくださいね!」
可愛らしい怒り顔で言い放つと、そのまま主人公と一緒に部屋を出ていってしまった。
もう、部屋には諒とわたしの二人。急に恥ずかしくなってきた。
「お嬢様」
思わず身構えてしまうが、諒は優しい顔で近づいてくる。
「お誕生日おめでとうございます」
そう言って箱いっぱいに入った花を差し出してきた。ピンクの花を中心に、カスミソウや葉が添えられていてとても可愛らしいアレンジだ。
よく見ると生花ではなく、プリザーブドフラワーのようだ。
「ありがとう」
素直に受け取って間近でよく見る。ピンクの千日紅とアジサイがふんだんに使われており、隙間に白のヒナギクやカスミソウが散りばめられている。端にはユーカリの葉が添えられており、ピンクを引き立たせている。
見れば見るほど気に入っていくプレゼントだった。
「とても可愛い。大切にしますね」
「気に入っていただけて良かったです」
一瞬ほっとした表情をしたが、諒はすぐに優しい笑みを浮かべた。一生懸命悩んでくれたのだろうなと思う。わたしは花を持って机の前までに行くと、机の上に花を飾った。真琴たちからもらったハーバリウムも忘れずに飾る。
「これでよし」
位置を調節して満足そうに頷いて後ろを振り返ると、諒が迫っていた。驚いて思わず後ずさってしまった。
「な、な、なんですか? 急に…」
「私はお嬢様を大切に思っています。周りの者の気持ちを汲んで行動されるお嬢様は、私にとっても真琴にとってもかけがえのない存在です。今後もお嬢様の生まれた大切な日をお祝いさせてください」
かしづいてわたしの右手を取った。そして、手の甲に軽くキスを落とすと、胸に手を当てる。それがとても優雅で美しくて、つい見惚れてしまっていた。
顔を上げた諒の瞳は黒く、吸い込まれそうになる。
「これからも側に」
胸が高鳴るのを押さえられないまま、わたしは「はい」と頷いてしまっていた。
その後、部屋に戻った真琴が顔を真っ赤にしたわたしと涼しい笑顔の諒を見て、怒り狂ったのは言うまでもない。
千日紅の花言葉は「変わらぬ愛情」
おそらく諒はゆっくり優樹菜を落としていくんだろうな…、と思います。
読んでいただき、ありがとうございました!