子供達との海《2》
学校が終わり、イルーナ達が帰宅すると、大人達が「おかえり」と言いながら、何やら準備している様子が窺える。
それは、多くの食材の用意だったり、普段はユキのアイテムボックスの中にしまわれている、幾つかのキャンプ用品だったり。
その様子に、イルーナ達はピンと来る。
「うわぁ、今日バーベキュー!? やったぁ!」
「おー! みなぎってきたぁ!」
「……漲るのは食べてからだと思う。でも気持ちはわかる」
ちなみに、一緒に学校へ通っているレイス娘達は、魔王城に帰ってきたところで別れたので、もういない。
が、基本的には物を食べない彼女らも、バーベキューは普通に楽しめるはずなので、後で呼びに行こうとイルーナは胸に留める。
「おう、お前ら。そう、今日はバーベキューだ。リウ達に海を見せたら、やりたくなってな。しっかり海鮮も買って来たぞ。ほら見ろ、新鮮な魚だ! 勿論肉もあるぜ!」
とりわけユキが好きなため、事あるごとにバーベキューが行われるが魔王一家であるが、その影響でイルーナ達もバーベキューが大好きである。
肉、野菜、魚。ビバ、バーベキュー。好きなものを好きなだけ食べられるというのは、この上ない幸せだ。
「うおー、美味しそー! よーし、わたし達も手伝うよ!」
「うし、それじゃあビーチの方行って、テーブルと椅子、用意しといてくれないか? いつもの折り畳み式のヤツだ。あっちにはもうリル達が待機してるからさ。あ、火の方はやんなくていいからな」
「わかった、任せて! みんな、準備するよー」
「バーベキューのいいところは、じゅんびでワクワクするところ!」
「……いざ、食の楽園に向けて」
そう言って少女組は、学校の荷物等を片付けた後、出してあったテーブル等を持って扉を開く。
慣れた手付きでドアノブを操作し、繋がる先を変え、向かったのは砂浜。
ここがどこなのか知らないし、何ならユキも知らないが、イルーナ達にとってもおなじみとなった場所である。
広がる、透き通る美しい海と、白い一面の砂。
もはやここも、我が家の一部として認識している彼女らだが、ただ草原エリアと違って、どちらかと言うと魔境の森に近いような場所なので、残念だが彼女らだけで遊びに来ることは許されていない。
実はイルーナ達が、学校で魔法などを学ぼうとするモチベーションの一つである。
魔境の森はともかく、それ以外の場所にある我が家の範囲くらいは、大人組がいなくても自由に行き来出来るようになりたいという思いがあるのだ。
「リル、セツ、ただいまー! リル奥さんも、こんにちは!」
「ただいまとこんにちは!」
「……一緒にバーベキュー、楽しもう」
「クゥ」
「クゥウ」
「くぅくぅ!」
先に来て周辺の魔物の様子を確認していたリルとリル妻は普通に挨拶を返し、だがセツはいつも遊んでくれる少女組が来たことで、嬉しそうに彼女らへ突撃していく。
「わっ、はは、もー、セツはどんどん身体が大きくなってるから、そうやって飛び掛かられたら倒れちゃうよー」
「くぅ~?」
「そう、今日はバーベキューするの! ――って、セツはバーベキューはまだしたことなかったね」
「ばーべきゅーはね~、たのしいよ! いっぱいおにくたべて、おさかなもあって!」
「……舐めてはいけないのが、焼き野菜。焼き野菜はとても美味しい。そんなに野菜が好きじゃないイルーナなんかも、焼き野菜ならいっぱい食べる」
「べ、別に普段も野菜食べるもん!」
「おやさいおいしいのにね~」
そんなイルーナ達の言葉を聞くにつれ、セツの尻尾の振られる速度が、期待からかどんどんと増していく。
「くぅ!」
「手伝ってくれる? ありがと、セツ! あ、でも、どうしようかな~。セツに何手伝ってもらったらいいかな……?」
元気いっぱいに「準備、手伝う!」と鳴くセツだが、何をしてもらったら良いかとちょっと悩むイルーナに、リルが助けるように鳴く。
「クゥ」
「ホント? わかった、じゃあセツ、お父さんと一緒に、この辺りのパトロールをお願い!」
「くぅくぅ! くぅ~、くぅ!」
「クゥ」
セツは、「任せて! お父さん、早くー! お母さん行って来ます!」と鳴いて駆け出していき、リルは「お前、こちらは頼んだ」と妻に言って娘に付いて行く。
なお、この辺りの生態系の頂点には、すでにリルが立っているので、周辺の魔物は襲ってくることはない。
それどころか、リル達の気配を感じ取り次第、即座に近くから逃げ出していくので、実際のところパトロールの必要は欠片も無いのだ。
張り切っているセツだが、正直おっちょこちょいなところがあり、このままだと何か壊しそうな気がしたため、それを回避するためのリルの方策である。
リル妻も夫の思惑がわかっていたので、笑って二匹を見送り、それからイルーナ達に「さあ、準備なら私も手伝いましょう」と鳴く。
「ありがとー! それじゃあ、私達がテーブルと椅子、組み立てるから、それをあそこに並べて欲しいな! リル奥さんも、一緒にバーベキュー楽しもうね!」
「クゥ」
「よーし、じゅんびするぞー! おにく、たのしみだなぁ~! リルおくさんは、なにがすき? シィはね~、やっぱりおにく!」
「……フェンリルなんだから、リル奥さんもお肉が好きに決まってる。お肉があれば、世は事も無し。けど、海鮮も美味しい。マグロステーキは最高」
「海鮮なら、おにいちゃんが好きな、おっきなアサリが私は一番好きかな~。醤油とバターで味付けしたやつ! リル奥さんにも食べてほしい――って思ったけど、フェンリルサイズの貝が無いか……」
「あー、あれおいしいよねぇ! なんだか、ぜいたく~ってかんじのあじで!」
「クゥ、クゥ」
少女達の言葉に笑みを浮かべながら、リル妻は「フフ、小さなのでも大丈夫ですよ。せっかくなので、皆さんが好きなものは一通り食べてみたいですね」と鳴く。
のんびりする日と、騒がしい日と。
リル妻にとって、ここに来てからの日々は、本当に充実したものとなっていた。
フェンリルであれど、野生で生きることは辛く、一つ間違えれば死に至る。
実際彼女は、魔境の森へはほぼ瀕死に近い状態でやって来ている。
だが、彼女らと共に過ごすようになってからは、そこに確かな平穏があるのだ。
夫が仕える、家族。
いや、もう……自身にとっても、彼女らは群れの仲間と呼ぶべきだろう。
「……クゥ」
「ん? 何だって、リル奥さん?」
「クゥ、クゥ」
リル妻はニコッと笑い、可愛い人の子らと共に、バーベキューの準備を行った。




