セツとリルとユキ
リル夫妻の娘。
セツ。
サラサラで、モフモフで、フワフワな毛並みを持つ、フェンリルの幼い子供。
リウの妹であり、サクヤの姉であるという立場の彼女は、生まれてからまだまだ日が浅いものの、ヒト種とは違って成長が早いため、すでに自身の意思を鳴き声で表せるようになっている。
多少だが、会話が出来るようになっているのだ。
理解する力も発達してきており、自分の家族が父と母だけではなく、もっといっぱいいることも、すでにわかっているのである。
そんな、家族がたくさんの彼女の毎日は、ワクワクと楽しさが溢れている。
「クゥ」
朝。
父と母の間で丸まって眠っていた彼女は、父の「起きなさい」という優しい声で目が覚める。
「……くぅ~」
「クゥ?」
まだ眠いよ~、と応える娘に、リルは笑みを浮かべて「それなら、朝食はいらないんだな?」と問い掛ける。
「く、くぅ!」
今までの眠気はどこへやら、彼女は一瞬で跳び起き、その様子を見てクスクスと笑う母。
セツは、ダンジョンが生み出した存在ではないが、父親がリルであるためか、ある程度ダンジョンの魔物としての力を受け継いでいる。
つまり、ダンジョン領域内にさえいれば力が流れ込んでくるため、食事をあまり必要としない、という特徴があるのだ。
幼体であるからか、それともハーフだからか、リルとは違って完全に食事がいらないという訳ではないようなのだが、ダンジョンから力が流れ込んでいることはユキとリルの二人でしっかりと確認を取っている。
ただ、ダンジョン関連について、具体的に何が出来て何が出来ないのかはわからないことの方が多く、まだまだ幼いセツでは上手く説明出来ないことばかりであるため、その辺りは彼女が大きくなってから、ということに決めている。
今はただ、お腹いっぱいになるまで食べて、好きなだけ遊んで身体を動かし、健やかに成長していけばいいと、そう決めたのだ。
「くぅ!」
朝食を食べた後は、母に「行ってきます!」と言って、リルと共に日課の縄張りのパトロールだ。
と言っても、この辺りはすでにリルが完全に支配下に置いている地域であるため、敵対生物が現れることはほぼ皆無である。
なので、セツは張り切っているものの、これは、ただの散歩だ。
また、支配下に置いている魔物達へのセツの顔見せ、という思惑もリルの中にはあるのだが、セツ自身はそのことを理解していない。
彼ら二匹を見かけた配下の魔物達は、揃って頭を下げ、「おはようございます!」「おはようございます。お嬢、元気そうで何よりです」と声を掛ける。
セツは、リルと関わりの多いペット軍団以外、まだまだ誰が誰だかわかっていないのだが、すでに配下の魔物達の方は、自分達の支配者の娘として、皆彼女の顔と臭いと魔力の質を覚えているのだ。
「くぅ~?」
多くの魔物達が声を掛けてくるため、みんなお父さんのお友達なの? と不思議そうな顔で問い掛けてくる娘に、リルは頷き、話す。
彼らは、皆守るべき、群れの仲間達だ。
狼とは、群れを成して、群れと共に生きる者。
お前も狼の子として生まれた以上、その生き方を学びなさい、と。
「……くぅ~?」
でも、彼らは狼じゃないよ? と首を傾げるセツに、リルは笑って言葉を返す。
それなら、お前の姉のリウと、弟のサクヤはどうだ? その家族の皆は? と。
「! くぅ!」
群れの仲間! と答える彼女。
リウとサクヤは、同じ群れの仲間だ。だから、その家族のユキ達も同じ群れの仲間。
あの二人は種族がヒトで、さらに自分よりも成長が遅いようだが、しかし間違いなく自分の姉弟。自分の家族である。
「くぅ!」
そっか、これが群れか! じゃあ、家族として、みんなと仲良くしないとね! と納得の様子を見せるセツを、褒めるようにリルは舐める。
それが嬉しくなり、セツはリルの足に身体を擦り付けた。
――そうして、日課の散歩を二人がしていた時、ふとリルが顔を空へと向ける。
その先には、セツは何も見つけられず……いや。
よく見ると何かが飛んでおり、少しして、それが何なのかに気が付く。
全身から強い圧力を放つ、だがセツにとっては父親と同じように安心出来る気配。
「よー、お前ら! 散歩中か?」
飛んでいたのは、ユキだった。
彼は二人の近くに降りると、三対の翼を消し、ワシャワシャとセツと、そしてリルを撫でる。
「くぅ!」
「クゥウ」
「はは、そうかそうか、パトロール中か。いや、特に用事って訳でもないぞ。暇だから遊びに来ただけだ」
「! くぅくぅ!」
彼の言葉にピンと反応し、遊んで遊んで! と飛び跳ねて纏わり付いてくるセツを撫で回すユキ。
それから、空間に亀裂を作ってアイテムボックスを開くと、中からボールを取り出し……。
「よーしよし……それじゃあセツ、取ってこーい!」
「くぅ!」
ぽーん、と軽く投げられたボールを、セツはブンブンと尻尾を振りながら、一目散に追いかけていく。
ころんころん、と転がっていたそれにやがて追い付き、口で咥えると、ユキのところまで戻る。
「くぅくぅ!」
「ははは、いい子だ。それじゃあ、もう一回……ほい!」
再び投げられたボールを、思い切り追いかける。
ボール遊びは大好きである。こうして追いかけているだけで最高に楽しいのだ。
この楽しさは、日課の散歩、ではなくパトロールと比べても、どっこいどっこいだろう。
わずかに、散歩、じゃなくてパトロールの方が好き……いや、嘘だ。どっちも最高に楽しい。
あと、似ているところでフリスビー遊びがあるが、あれは難しい。
走って行って、追い付くところまでは何とか出来るのだが、上手くジャンプしてキャッチが出来ないのだ。
でも、クルクルと回っていくあれを追いかけるのもやっぱり楽しいので、遊んでくれるのならフリスビーでもいい。
ユキのことは、よく遊んでくれる、親戚のおじちゃんであるとセツは認識している。
安心出来る、リルの臭いをさせているヒト。
ペット軍団以外の、野良の配下の魔物達はユキが現れるとかなり緊張するのだが、セツにとってはそれこそ生まれた間近から知っている存在なので、その気配の強さを恐怖に感じたことは一度もないのだ。
こうやって会う度にいっぱい遊んでくれるし、いっぱい撫でて可愛がってくれるし、とても美味しいものなどを出して食べさせてくれるので、もうセツはユキに懐きまくっていた。
ちなみにリルは、自分の娘が大分遠慮なくユキにじゃれついているのを見て、若干申し訳ないような気分になるのだが、ユキ自身が非常に楽しそうなので何も言えないのである。
「くぅ、くぅ!」
「わかったわかった、セツが満足するまで、何度でもやろうか」
ユキは再び、ボールを投げ――。
◇ ◇ ◇
散々に遊びまくった故に、疲れて昼寝に入ったセツ。
ユキは彼女を両腕に抱え上げ、しっかり寝かせてやるためリル達の住処へと向かう。
「クゥ」
「なに、気にすんな。お前の娘は、俺にとっても娘みたいなもんだからよ。それに、自分の子じゃないから、もう教育とか考えず好きなだけ甘やかせるしな!」
「……クゥ」
あなたねぇ、と言いたげなリルに、ユキはおどけたように肩を竦める。
「ははは、悪い悪い。だってお前の娘、可愛いんだもんよ。まあ、お前んところも奥さんしっかりしてるから、そこんところは大丈夫さ。しっかりした子に育つって」
「クゥ……クゥ」
「あぁ、その感覚はわかるぜ。レフィも勿論そうなんだが、リューとかさ、子供が出来てから本当にしっかりした感じになってよ。俺も自分が心情的に変化した部分があるように感じてたが、それで母親ってのはすごいなって思ったんだ」
「クゥ」
「そうだな……それなら俺達は、って話だな。男親として、子供を守る。けど、それは大前提も大前提で、親なら当たり前のように果たさなきゃならん義務だ。論じるまでもないことだ。じゃあ、それ以上にいったい何が出来るのかは……一生、探り続けていかなきゃならないものなんだろうな」
真面目な顔で、少し無言になって歩く一人と一匹。
的確な正解の存在しない問。
親となった彼らは、しばし考え……そしてユキは、確実なことを一つ話す。
「……ま、俺にはお前がいる。妻達は別にしても、俺にとっての一蓮托生の相棒と言やぁ、お前なんだ。お前と一緒にいれば、どんな強敵が相手でも、どんな難問が立ちはだかっても、何とかなるってもんだ。だから――これからも、よろしくな」
「……クゥ」
娘と似たような動作で、頭を擦り付けてくるリルを、ユキは笑って撫でた。
 





